戦いは星々の狭間で6 盗み聴き
「それにしてもびっくりにゃん」
先頭を歩いていたエレノアが整備場を抜け暫く歩き周囲に整備士の耳と目が無いことを確認すると振り返りそう告げた。
「整備士ってのは偏屈が多いにゃ、中でもあのドワーフのじいちゃんはいつも怒鳴ってばっかりで話し掛けてもマトモに答えてなんかくれないにゃ、そのじいちゃんが『待ってくれ。頼む、待ってくれんか!』だってにゃ。プププッ、笑っちゃうにゃ、あの短い脚で必死にテツヒトの後を追い掛けて『待ってくれ。頼む、待ってくれんか!』」
幾度も似てないドワーフの物真似を繰り返してひとりで笑うエレノア、そんな彼女を鉄人は厳しい眼で見据える。
「ど、どうしたにゃ? あちしなんか失敗したにゃん!? い、痛いのはいやにゃ~ーーーっ」
過剰に怯えるエレノアに鉄人はやり過ぎたかと溜め息を吐き口を開いた。
「そう他人を嘲笑うものではない、今のオマエだって充分に滑稽な姿をしているぞ。
それに整備士ってヤツは意外にストレスが溜まる仕事だ、好きな機械ばっかりいじって毎日を過ごせりゃぁいいんだがそうも行かんだろうよ。
あれこれと技術も無視して我が儘な注文ばかりしてくる、そのくせ機体の使用後、整備チェック書類も面倒だからと記入しないガルガンティスのパイロット」
覚えがあるのか「うっ」っとたたらを踏む猫耳少女。
「やはり予算をぎりぎりしか出さんくせに現状を知ろうともせず口ばかりは達者な上のお偉いさん。板挟みでそりゃぁ始終機嫌も悪くはなるさ。
そう考えりゃあの小柄なじいさんはよくやってるよ。ガルガンティスの整備に手抜かりはみえなかったしな」
「………機体報告書、面倒がらずにちゃんと書いて出す様にするにゃ」
鉄人の厳しい言葉にエレノアはしょんぼりと尻尾を垂らす。
「そうしろ、良好な関係を維持してこそガルガンティスもトラブルなく動かせるってもんだ。……と、おい、猫ムスメ道はこっちで合っているのか!?」
「あ、こっちにゃ、ここを右に行った方が食堂には近道にゃ」
一行はエレノアに促され通路を右に折れる。
その後方、多々良たちの跡を追う影の存在に彼らは気が付く事はなかった。
ーミドガンド防衛基地パイロット個室ー
狭い私室でティラーニャは椅子に座りお気に入りのクッションを抱いていた。
頭を過るのは副隊長デボラ・ショウホープの叱責。
親しげにミューツを姉と呼ぶあの小柄な少年に腹が立ち咄嗟に差し出された手を払い除けてしまった。
「なんであんたみたいなヤツがっ隊長を姉なんて呼んでるのよっ!!?」
ついかっと頭に血が昇りそんな捨て台詞めいた言葉を言い放ちその場を逃げる様に立ち去ってしまった。
その後副長に言われた言葉がぐるぐると彼女の頭を飛び回り心を苛む。
「ティラ、タタラとテツヒトは自分たちと姿も違う何処から来たかも定かではないミューツを保護し手厚く看病してくれたのだ、その直前まであの恐ろしいスナークと戦うのを見ていたにも関わらずだぞ?
並の神経ならば関わるのは御免と放っておかれたかもしれんのだ。その心根の善良さは貴様にも判ろう」
その通りだ、スナークに少しでも関係する相手をその懐に匿う事は自らにも被害が及ぶ可能性も少なくはない。実際匿って数か月後、力を取り戻したスナークはミューツに襲い掛かって来たのだから。
「それにお人好しとは言えあのミューツがあんなにも親しげに接しているのだ、アタシは驚いたよ。久々にアイツの顔を見てぴりぴりと張り詰めていた感じがすっぽりと抜け落ちていた。
多分だが異星世界でミューツは今までの責務から解放されて幸せな毎日を過ごしていたんだろうな。
判るかティラ? スナークに脅かされもしない、窮屈なコロニーに閉じ込めれもしない、いにしえの楽園の様な世界、そこでやつらは過ごしていたのに、それでもあいつらはそれに文句も言わずミューツが故郷に戻れた事を喜んでいるんだ。縁も所縁もない命の危険すらある環状銀河に無理矢理に連れてこられたにだぞ? 唯一の知り合いに頼ったとしても仕方のない事だ。
ミューツの妹分を名乗るのならば弟分の少しばかりの我が儘位は大目に見てやらんか」
それだけ言いデボラは立ち去った。副官も多忙な仕事だ、その忙しい中を彼女はわざわざ時間を裂いてティラーニャの為に来てくれた。
それだけティラーニャと多々良の関係を深刻に思ったのだろう。
迷惑を掛けている。その思いがティラーニャを憂鬱な気分にさせる。
それにあの少年。彼にも謝ろう。どうみても悪いのはこちらだ、さっさと会って謝罪をしよう。
ミューツを助けてくれた事は純粋に感謝をしていた。基地でデボラ率いるガルガンティス隊が救助信号を受信したと聞き高速艦で救助に向かったと耳にした時は「もしや」と思った。
ローテーションの関係で基地待機を命じられたこの身を怨めしく思いながら何度も祈った。「救助対象がミューツお姉様でありますように」と。
そしてそれは現実となった。
帰艦の道程でデボラが基地宛に入れた通信、その要救助者の中に『ミューツ・リュー・ミリュノフ』の名前があったとき、基地の通信室は驚喜した。
直ぐ様基地全体のスピーカーに『ガルガンティス防衛隊隊長の無事を確認』の一報が流れ、基地全ての人々が喜び互いの肩を叩きあった。
ティラーニャもまた同僚と抱き合いこの奇跡の生還に涙を流した。
ミューツと共に救出されたのは異星界の民だと耳にした。
ティラーニャはこの異星からの来訪者にこの基地全ての人々が感謝している事を知って貰いたいとミューツとの再会を喜んだ後デボラにたしなめられつつも挨拶をした。
「ハッ、ミドガンド防衛隊ミリュノフ隊隊員を務めさせて頂いておりますティラーニャ・ソノン少尉であります。テツヒト殿、タタラ殿、我々が母とも姉とも敬愛するミリュノフ隊長殿を無事お返し頂き隊一同を代表し心より御礼申し上げますっ!」
自分でも少しばかり堅苦しい挨拶だな、と思いつつも敬礼をする。
テツヒトは長身の目付きの鋭い男で少し怖い感じがした。
一方でタタラは自分より少し小柄で痩せっぽっち、くるりとした黒い瞳が印象的な男の子、その口元に優しげな笑みを湛え何かを思い出している様子だった。
「仲良くなれたらいいな」
そんな事を思っているとデボラが最大級の爆弾を投下した。
「少尉、タタラ殿は我らが隊長殿の『弟』を自認し隊長殿もそれを承認している。妹分の少尉としては思うところあるのではないかな?」
何時もの副官殿の悪ふざけ、そう割り切れればよかった、だが既にティラーニャの気持ちはいっぱいいっぱいで予想外の事態に対処する術は本能によるものしか残されていなかったのだ。
……………そしてあの失態。
「はぁぁぁぁ~~ーーーーーー…………」
思い返すだに凹む、自責の念が鬱々と苛む。『謝らなければ』そう思うも身体はいっかな言うことを聞いてくれない。
それでも、それでもだ、あの少年に謝ろう。ちゃんと謝罪して赦してもらおう。
「よしっ!」
彼女はクッションを蓋の空いた睡眠カプセルに放り立ち上がった。
彼女の真面目さが背中を押す。
明るく何事も割り切った思考をするライカンスロープには珍しいうじうじと考える傾向のティラーニャにしては早い決断であったと言えよう。
決めたなら早速と部屋を出る。
「あら、ティラ、何処かへ出掛けるの!?」
ドアを開くとそこには同僚のカイリンガの姿があった。偶然通りかかったのだろう。
「ええ、ちょっとね、ねぇ、カイリンガ、今日隊長と一緒に救助されたひとたちがどこに居るか貴女知らない!?」
「え? あの異星からやって来た? 確かさっきエレノアに連れられて整備場に居たわ」
エレノア? 何故面倒事に極力首を挟まない彼女が!? とここでティラーニャは気が付いた。ティラーニャが多々良の手を払い去ってしまったおかげで彼女がするべきだった仕事をエレノアは偶然近くに居た事で押し付けられたのだ。
エレノアには悪いことをしてしまった。後で何か奢ってやろう。
「整備長と何か話してたみたいだったけど、なに? またあの男たちと一戦しようっての!?」
カイリンガがひとの悪い微笑みを浮かべる。
「そうじゃないわよ、……謝ろうと思って」
「なぁーんだ、つまらないの。別にいいじゃない、男なんて」
彼女は男嫌いだ、極端に男性の少ないこの基地では男に接する機会も少ない。精々が年を経た医師や整備長、若年の男性などここには居ない。
全員がスナークに立ち向かい破れ散っていったのだ。
若い男と言えば他の基地のパイロットであったりし、粗暴な輩も多く若い女性で構成されたミドガンド防衛基地のパイロットはよくからかいの対象となる。
結果男性をよく思わない者が多いのだ。
「そうはいかないわ、ミューツ隊長を助けて貰ったんだもの。それなのに私ったらあんな態度をとって…… それでカイリンガ、彼らはまだ整備場に!?」
「食堂に行くって話してたわ、でもエレノアの事だからまた寄り道なんか…… あ、ティラ!? ティラーニャ!?」
ティラーニャは礼の言葉もそこそこに走り出した。さっさと謝らねば心が挫けそうだ。食堂はすぐそこだ、追い縋るカイリンガの声を振り切って彼女は駆けた。
「いない!」
食堂にティラーニャが探す相手の姿は無かった。ちらほらとつまらなそうに皿を啄むパイロットが居るだけだ。
「なんで……どうしてよ……あっ!」
ティラーニャは思い出した。エレノアは近道だと称して会議室の前を通る事がある、理由なき立ち入りを禁止された場所だ。
時おり見つかりデボラや他の上官に雷を落とされているエレノアを見掛けた。
「会議室の方だ!」
ティラーニャはもと来た道を戻り『会議室』と書かれた標識のある交差点を曲がった。
居た!
案の定エレノアとふたりの異邦人、そして謎の四つ脚生物の姿が会議室の前にあった。
彼らは会議室の扉に張り付いている。何だろう? 異星界特有の儀式か何かか!? わざわざ食堂から持ってきたのかグラスを会議室の扉と自分の耳の間に挟んでいる。ますます不可解だ。
ティラーニャはずかずかと彼らの前までやって来て。
「貴方たち、何をしているの!? 会議室通路は原則立ち入り禁止よ!」
ああ、またやってしまった。
ティラーニャは心の中で頭を抱える。どうにも規則にうるさい自分の真面目さが怨めしい。
「しー、しーにゃ、中で隊長たちとウィルミンの指令が言い争ってるみたいなんにゃ」
「ウィルミンの!?」
ティラーニャは自然厳しくなる自分の表情に気が付いた。
ウィルミンの指令、ならば自ずとヴァンプだと気付く。
ヴァンプには昔からいい思い出はない、傲慢で我儘、欲張りで特権意識の高い彼らは環状銀河の鼻摘み者だ、彼らの国家、ウィルミン思想体があれほどに大きくなければ総星議会でもとっくに席を奪われていただろう。
「どいて、聞こえないわ」
「にゃ!?後から来てそれはないにゃん」
エレノアの抗議を無視して割り込み扉に聞き耳をたてる。
「……あ」
件の少年の顔が直ぐ近くにある事に気付きティラーニャはどきりとした。
「い、意外に睫毛が長いのね」
そんなどうでもいい事を考えてしまう。
しかし少年はそんなティラーニャの観察の目にも気が付かずひたすらに耳を扉に押し当てる。
「だからそれは部下が勝手に行った事なんだっ!」
中から聴こえてきたのは男の声。聞き覚えがある、あのヴァンプの指令の声だ。
「しかしログには貴公の指示であるとしっかり記載されている、発令証明も貴公の指揮印がちゃんとあるぞ!?」
反論したのは古老会の出向議員、エルフの長老のひとりだ。
「だからなんだ!? 指揮印の偽造でもされたんだろうよ。大体異星人の命など救う価値もありゃしない、撃墜してサンプルを採ろうとして何が悪いのだ!?」
「あのガルガンティスにはこちらのパイロットも居たのだぞっ! 仮にも味方を撃墜しようとするなど連合体軍規に触れる愚行だ! ミドガンドコロニーはウィルミン思想体に抗議する!」
「好きにすればいい、あの時通信は恒星の活動で不安定な状態であり我々は正体不明機をスナークと誤認したのだ。誤認攻撃は連合体軍規でも『仕方のない事』と明記されている。抗議されたとて痛くも痒くもない」
「『仕方のない事』などとは書かれてはいないっ! 『やむを得ぬ事柄』だっ! それに確認後は対象国家への謝罪と賠償が明記されておるっ! 貴公! いい加減真面目に質疑に応じろっ!!」
激昂の声はミドガンドの指令、妙齢の優しげな彼女がここまで声を荒げるなどティラーニャは初めて耳にした。
質疑は続くがヴァンプの指令はのらりくらり、いや、そもそも答えが支離滅裂だ、誤認攻撃と言った舌の根も乾かぬうちに部下の不手際、装置の故障と理由をころころと変えてくる。
そもそも真面目に答えようと言う意思がないのだ。
それでもさすがにうんざりしてきたようで。
「まったく、異星の原始人の一匹や二匹何だと言うのだ!? わたしはウィルミンの名家の出だぞ、未開の星の原始人になど………」
その暴言に耐えきれず声はあがった。
「取り消してください指令っ! タタラやテツヒトさんは原始人などではありませんっ! 彼らの星、『地球』にしたって決して未開の星などではなく素晴らしい文明を持っています。
唯星を出る科学力を地上の発展に注力しただけであり我々の文明とそうレベル差は無いのです!」
ミューツの声だ! 会議室の外の一行は更に耳を扉に押し当てた。
「おや? ミリュノフ隊長殿は随分と原始人どもの肩を持たれる」
舌舐めずりでもしそうなねっちりと嫌らしい声だ。
「勿論です、彼らはわたくしを救ってくれたのです、そんな彼らに好意を持ったとして何がいけないのでしょう!?」
感情論を全面に押し出したミューツの反論は本来ならばこの様な場に相応しくない、質疑はもっと理性的に好悪を廃して理論的になさねればならない。
だが今のミューツは感情的であった。自らを家族と慕う彼らを馬鹿にされ黙っている程にエルフは大人しい種族では無いのだ。
「それだけかね? そうではないだろう隊長殿」
「どういう事でしょう?」
猫が捕らえた獲物をいたぶるような粘度を持った声。
「そんなによかったのかね!?」
「は?」
ミューツが不信げに眉を潜める。
「あっちだよぉ隊長殿ぉ、閨の話さぁぁ、ミューツ・リュー・ミリュノフ殿は随分と原始人のイチモツがお気に召したようですなぁぁぁ。
どちらですかな!? 目付きも鋭い優さ男!? それとも幼さの残る少年が好みかぁぁっ!?? ああ、両方同時に……さすがは淫蕩なエルフは違いますなぁぁ、そのでかい胸も夜な夜な揉みしだかれ…………」
「くっ」
最早限界だった。ティラーニャが怒りに拳を震わせもう聞いていられないとその場を立ち去ろうとした刹那。
ドカァッ!!!
重厚なドアは激しい衝撃と共に蹴破られた。
蹴ったのはティラーニャの隣にいた少年。そのどこにそれほどの力を秘めているのか、ドアは蝶番も外れ宙を跳び大きな机に当たり落ちた。
「……………だれ?」
じんわりと辺りを凍らすような冷たい声が会議室に響く。
ティラーニャは始め誰の声か判らなかった。それほどに最初見た少年の明るい印象にそぐわない声だったのだ。
「……………だれ?」
再びの質問。席上の誰もが唖然としこの小さな闖入者に怯えていた。
「……………いま、ミューねえちゃんのわるくちいったのだれだってきいてるんだけど?」
暗い夜の森、深い底無しの淵から脚を掴むような根源的な恐怖を覚える声音。
「こたえて」
少年の命令に従わなくば死すらも生温い厄災が降りかかる。そんな予感に駆られ彼らは視線をひとりの人物へと向けた。
贄はヴァンプ、先程まで滔々とミューツの痴態を得意気に語っていた男だ。
「…………そっかー」
少年はうんうんと頷くとヴァンプへと近付く。その歩みに気負いはなく、まるで散歩にでも出掛ける様だ。
「そっか」
おもむろに腕を振る。びゅん、と風切り音と共に何かが宙を跳び壁に跳ね返る。
それはヴァンプの長い牙だった。
「そっかそっか」
びゅん
鼻が折れる。赤い血がだくだくと鼻孔から流れ出す。
「そっかそっかそっか」
びゅん
瞼が斬れる。男の視界が赤く閉ざされる。
がしっ
手は男の前髪を握り締めぶつぶつと不快な音がそこから聞こえてくる。
「お前かっ!!!」
ヴァンプは見た、赤く染まる視界の中で鬼神が嘲笑っているのを。
「ひっ……………………………ひぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
ヴァンプの男はようやく叫んだ。




