戦いは星々の狭間で4 医師の願い
「ティラは普段からあんな調子にゃ、タタラもいちいち気にしていたら身体が持たないにゃ、ティラは真面目に耳と尻尾が生えた様なヤツにゃ、あの手の優等生相手には適当に聞き流すくらいがちょうどいいにゃん」
「……うん」
「エレノアの言い分は極端だが……そうだな、一理ある。全部を間に受ける事はないんだぞ? タタラも真面目なところがあるみたいだしな………と、もういいぞ、ベットから降りてくれ。
次はテツヒト、君だ」
「先生、ありがとうございました。」
「うん、至って健康体だ。むしろ丈夫過ぎて驚いたな、惑星上で生活を送るとこんなにも筋肉は発達するものなのか」
多々良はベットから降り簡易的な更衣室で検査用の着衣を着替えた。
ここはミドガント防衛基地、コロニーに併設された環状銀河西域の防衛の中枢だ。
基地に帰艦した高速艦から黒沢兄弟とおやびん一行がまず最初に連れていかれたのは基地内部の医務室であった。
多々良たちは環状銀河の外からやって来た異邦人だ。
その身体には環状銀河の人々が知らない未知の病原体が巣食っている可能性もある。また、反対に環状銀河特有のウイルスが彼らの身体を侵す可能性もある。
最優先はコロニーと言う密室に治療法も定かではない病を持ち込まない事であった。
因みに会話は環状銀河統一標準語で成されている。
検査と同時に多々良と鉄人にもインプラントが埋め込まれたのだ。
手術の様な大掛かりな手間は一切無い、耳の裏に無針注射一本で済んだ。
ミューツは席を外している。隊長と言う要職に着く彼女は多忙だ。ましてや三ヶ月も留守にしていれば副官であるデボラが肩代わりをしていても決裁すべき書類は山の様に彼女の帰還をてぐすねひいては待ち受けて居たのだった。
「タタラ、テツヒトさん、ここでお別れです。どうぞお身体を大切に、お二人の御多幸をこのミューツ、心よりお祈りしております」
涙ながらに別れを告げるミューツ、別に永遠の離別という訳ではないのだ。書類仕事が終わるまでの話でしかない。
要は仕事が嫌なだけだろう。
「タタラァ~ーー、テツヒトさぁ~ーーん、おやびんさぁ~ーーん、お達者でぇ~~ーーー……」
愚図るミューツをデボラが引き摺って去って行った。
代わりに黒沢兄弟一行に付けられたのは小柄な少女、ピンクの猫耳も可愛らしいエレノア・カルタス嬢であった。
「それじゃぁテツヒトの検査も終わったし、あちしが基地を案内するよ! みんな、着いて来るにゃん」
長い尻尾をぴこぴこと振りエレノアは後ろも確認せず歩き出した。
「ちょ、待てって、まだ着替えが……」
「先生、ありがとうございました。それで野菜の件は……」
「ああ、基地指令と古老会には私から話しておくよ。これをコロニーで生産出来ればみんなに美味い野菜が提供できる。タタラ、ありがとう。」
礼を告げる初老の医師にもう一度ぺこりと頭を下げると多々良は兄の手を引き曲がりドアの向こうに消えたせっかちな案内役の跡を追いかけた。
医務室から立ち去る異邦人を見送り医師は机の上にある白い袋に包まれた野菜に目を向ける。
漂流中、彼らはこの野菜を生のままかじり腹を満たしたと言う。
それを耳にした医師は当初彼らを憐れんだ。「野菜みたいな美味くもない食糧で飢えを凌いだのか、しかも生のままでとは………なんと不憫な」と。
しかしその言葉を聞き憤慨した多々良に「そんな不味くはない、疑うのならば試しにひとつ食べてみてください」と薦められ恐る恐るかじった瞬間、医師の野菜に対する認識は一変した。
驚きであった。
植物の実がこれ程に美味いものだとは。
噛み潰すと汁気の多い実がじゅわりと潰れる。口腔に溢れる酸味は甘味を引き立て生命そのものを摂取している様な気さえしてくる。それはまさしく滋味であった。夢中で貪り気が付くと拳大の赤い実は全て医師の腹に収められた。
「美味い!」
なんと言う満足感だ。
合成食品とプラント生産の作物と肉に慣れた彼の舌にこの野菜の味は鮮烈に過ぎた。
はっと目の前の少年を見ると当然とばかりに頷いていた。
「そ、そんなに美味しいのかにゃ!? あちしも食べてみたいにゃん」
エレノア少尉が羨ましげに袋の野菜を窺う。
「じゃぁ今度はトウモロコシなんてどうかな? 先生も一緒に」
無論否は無かった。
煮沸器に水を入れ沸騰させる。少量の塩を振り皮を剥いだトウモロコシを二本そこへ投入する。
「今度は生では食べないのかね!?」
ゆらゆらと熱湯の中で踊るトウモロコシを興味深く見ながら医師は尋ねる。
「皮の薄いモロコシなら生食もいいんですがこれは皮の厚い火を通して食べる種類なので」
多々良はトウモロコシを熱湯から引き上げ二つに折り皿に置いた。
ゆらゆらと湯気の踊るトウモロコシ、その艶やかな色合いは茹でる以前よりも鮮やかであった。
「熱いんで注意して食べてくださいね」
「アッツ! 熱~~ーーー、手、火傷したかもにゃん」
早速とばかり真っ先に手を出したエレノアがその熱に耐えきれず皿にトウモロコシを落とした。
「だから言ったのに」と苦笑しつつ多々良がトウモロコシを布で包みエレノアに渡してやった。
「ありがとにゃ、タタラは優しいにゃん。」
エレノアがトウモロコシを口に運ぶ。しゃくりと数粒をかじり取り咀嚼を繰り返す。
「甘いにゃ! スッゴく甘くって美味しいにゃん!!」
飛び上がる勢いで歓声をあげるエレノア、医師はそんな彼女を横目に粒を千切り注意深く観察していた。
黄色く連なる光沢のあるひと摘まみ程度の大きさの粒、そのひとつひとつが種子である事に医師は驚いた。いったいこの一本でどれだけの種子が採れるのだろう。
そしてこの色鮮やかさ。枯れた訳でも無いのに黄色の植物など彼は知らなかった。しかも萎びた黄では無く活力に溢れた若い恒星を思わせる黄色。
そして味。医師は二つに折られたトウモロコシの根本側を手にすると、口を開いた。
わくわくと心が踊る。楽しみなのだ、この未知なる穀物がどの様な味なのか。
医師はふと気付く、食事を楽しんでいる自分に。
日々の忙しさにかまけいつしか彼は食事を作業として捉えていた。ブロック状の栄養素を事務的に摂取しどの様な味であったかも振り返る事無く自分を待つ患者の元へと赴いたのだ。
いったい何時であっただろう? 最後にまともな食事を摂ったのは!? そのまともな食事でさえ目の前の野菜に比べれば何の冗談かと笑える程の味でしか無かった。
医師は饗されたトウモロコシをトマト同様夢中で食べ終え、芯をさらにかじろうとしているエレノアを停めようとしている少年を真っ直ぐに見詰めた。
「タタラ殿」
「………はい」
何処かしら真剣な雰囲気を感じ取り多々良も居住まいを正した。
「貴殿は知っているかね、このコロニーにどれ程の人口を抱えているかを?」
多々良は知らない。当たり前だ、今日ここへやって来た異界の住人が知る筈もない。そもそもコロニーすら高速艦の中に居て見た事も無い。
では。と未だ名残惜しげに芯をくわえるエレノアを見る。
エレノアはふるふると慌てて首を振った。
はぁ~、ガルガンティスを駆り民を護る勇士が知らぬとは嘆かわしい。
「五万だ、最盛期、一億八百万を収容したミドガンド星域最大のコロニーにしてこの数だ。理由は様々だが尤も多い理由は人々のやる気の喪失だ。」
医師の話は続く。
「やる気の喪失は生命力の低下を招く。コロニー内はほぼ全てが自動化されており生きる分にはなにひとつ不自由は無い」
「建前上はな」何処か疲れた医師の呟き。
「だが、スナーク打倒を誓った軍の人々を除けば彼らは故郷を追われた失意の中死んでいった。………食べてみてくれ」
引き出しから質素なパッケージの長方形の包みを多々良に放る。それは医師が常食としている完全栄養素のブロック食品だ。
多々良は暫くそのパッケージを眺めるとおもむろに封を破り口へと放り込む。
ゆっくりと味わう様に咀嚼すると眉をしかめた。
「不味いだろう!? しかしそれが民に行き渡る食事なのだ。不味い食事、生きる意味も見出だせない日常、何時スナークが襲ってくるかも知れない恐怖、百年を待たず一億八百万は五万まで数を減らしたのだ。
この野菜。」
袋から転げ出したキュウリを手に取る。
「美味いな、涙が出るほどに美味い。無論コロニーにも野菜はある、とは言え栄養価だけを特化させたクローンにクローンを重ねた粗悪品だが。
この野菜には意志が宿っていた。食べて生きろ、全てを吸収し明日への活力にせよ。と、野菜の意志が」
真っ白に染まった頭を医師はひとまわり以上年齢の離れた少年に下げる。
「頼む、この野菜を譲ってくれ。先の見えない恐怖に怯え生きる意味も見出だせないコロニーの人々に食べさせてやりたいのだ。
無論食事ひとつで彼らの無力感が癒せるなどとは思ってはいない。だが人々はこれを口にした時思うだろう。もっと食いたいと、こんなにも素晴らしいものがこのちっぽけな宇宙の片隅にもあるのだと。
この野菜たちが生き永らえるだけで汲々とする彼らを救うのだと私は確信しているのだ」
医務室に静寂が満ちる。
予想以上に凄絶な話だ。この世界は多々良が予想していたよりずっと終末に近かった。ミューツがあれほど地球の自然に魅了されたのも頷ける。
「この野菜、ひと袋しか持ち合わせが無いんです、五万の人々に行き渡らせるには少な過ぎるのでは?」
「まず細胞を取り出す。それを培養し増やす。施設は今あるプラントを使用する。クローン野菜を生産しているプラントだ」
「今あるコロニーの作物と変わらない作り方にゃ」
エレノアが注釈を加える。
それを聞き多々良はゆっくりと首を横に振った。
「それでは今まであなた方が食べてきた野菜と変わらない物が出来るだけでしょう」
「ではどうしろとっ!?」
激昂し立ち上がろうとした医師を多々良は手のひらで制した。
「水、土、日の光、堆肥、気温、湿度、あらゆる要素が野菜の旨味を作り出します」
医師はどっかりと倒れる様に椅子に座る。
絶望的だ、野菜の成育にそこまで手間を要するとは。
何年も老け込んだ様に医師は疲労も隠さず頭をかきむしる。
気温、湿度、日光は何とかなろう、水もある。だが土!? 土などコロニーにはひと握りとて存在しない。ここの作物は水耕栽培が基本なのだ。
堆肥とは何だ? そもそも初めて耳にした代物だ。
「土ならば在るぜ」
うちひしがれる医師に一筋の光明を与えたのはそれまでずっと黙ってやりとりを見ていた鉄人の言葉であった。
「本当に! あんちゃん!?」
「月影の足裏に付着している筈だ、地球であれだけどたばたスナーク相手に暴れればな、ソイツの成分を解析して量産させればいい。堆肥はまぁ、言わずもがなか」
つまりはコロニーの人々の人糞を使えと、多々良は兄の言外の意味を正確に理解した。
味気無い食事で育ったコロニー人の堆肥だ、どれ程の効果があるかは不明だが無いよりはマシだろう。
その後、医師と多々良を中心に計画を煮詰めた。
話し合いを終えた頃には医師の表情にも興奮が窺えた。
「素晴らしい! 素晴らしいぞっ! この計画が成ればコロニーの人々もきっと………」
「星の海を渡りし神々の一柱、豊穣の矮神は大地に一滴の種子を投じ民の繁栄を言祝いだ」
医師は異邦人たちが去った医務室で幼少の頃、寝る前に母が耳元で語ってくれたお伽噺を思い出した。
今よりもずっとずっと昔、星にもひとが住まなかった遥かな昔、星の向こう側からやって来た原種と呼ばれた神々、彼らはエルフを、ドワーフを、ハーフリングを、ヴァンプを、獣人を、ありとあらゆる環状銀河に住まう知性種を創造し火を与え知を与え住みかを与え言葉を与えた。
神の一柱は地に穴を掘りそこへ小さな黒い珠を埋めた。
神は言った「この珠はやがて大きく育ちあなたたちの腹を満たすだろう」と。
やがて神は去った。
神の去った星で人々は生まれ、育ち、死んでいった。
何時までも彼らに幸福をもたらした神々を讃えながら。
豊穣を司る神は浅黒い肌をした少年の姿をしていたと伝えられている。
今日はここまで




