戦いは星々の狭間で3 嫉妬
デボラのガルガンティスの誘導に従い多々良の操る月影は危なげなくミドガント高速艦まで辿り着いた。
艦の後部甲板が大きく開きそこから誘導用のレーザーが照射された。
なるほど、レーザーに従い着艦しろと言うことか。とミューツに確認の意味も込めて振り返ると頷きを返した。
まずデボラ機が着艦、続いて甲板ハッチの周囲を囲むランプが赤から緑に切り替わる。
「タタラ、着艦許可が降りマシタ、ゆっくりと着艦しまショウ、月影は環状銀河のガルガンティスと規格が違います。張り出した背中の担架を天井に当てないよう注意してクダサイ」
ミューツの助言に従い慎重にスラターを小刻みに吹かしゆっくりと緑のランプが囲うハッチをくぐり抜ける。
大型筐体ゲームオメガストームに於いても着艦ミッションは存在した、だがそれは戦闘の合間の息抜きを目的としたお遊びでしかなく慣れたプレイヤーは大抵次のミッションを優先しスキップしていた。
そして多々良もその多数派のプレイヤーのひとりであった。
上部に気を取られていたせいか、足元が疎かになった。
甲板に着地した衝撃で月影の膝がガクンと傾げる。
「ヤバッ」
転ぶっ!そう思った瞬間、横から巨人の腕ががっしりと機体を支えた。
『◆$▲☆▼@◎※◇◇$□』
環状銀河統一標準語を解さない多々良には何を言っているか判らなかったが何処か笑いを含んだ声音はおそらく「こんな事も出来ないのか!?」とでも言われている様でかぁっと多々良は恥ずかしさに耳を熱くなるのを感じた。
「△☆、■■▼☆●◎◎@$€◇!」
マイクに向かいミューツが唇を尖らす。するとスピーカーから笑い声と共に再び何事かの言葉、ミューツとデボラ、その歯に衣着せぬ言い合いはふたりが気の置けない関係にある事を如実に物語っていた。
後続のガルガンティスは月影の着艦を見届けると次々に着艦してきた。
無論その中に多々良と同じ失敗をする間抜けの姿は見えなかった。
ガルガンティスを所定の位置に固定しコクピットから飛び出したデボラ、ウサ耳の生えた黒髪を靡かせ右目を覆う眼帯も勇ましく長身を形創るしなやかな筋肉をぴっちりとしたボディスーツに包み込んだ女性が早速月影のコクピットに飛び付きハッチが開ききるのももどかしいとばかりに隙間から腕を伸ばし掴んだ腕を引く。
「きゃぁ!?」
悲鳴をあげ無重力の中現れた目的の美女をしっかと抱き留めデボラはぎゅうっとその親友の抱き心地を久し振りに堪能した。
「フハハ、ミューツ、やっぱり無事だったか! 信じてはいたがやはりこうして再び再会出来て嬉しいぞっ」
「デボラは相変わらずですねぇ、でも心配掛けてしまったようでごめんなさい」
「ふ、ワタシは慣れてるさ、お前は何時だってワタシを心配させて来たんだからな。今更三ヶ月位姿が見えないからってそう慌てもしやしないさ」
それを偶々耳にした整備士は「ぶっ」っと吹き出し手にしていた工具を落とし掛けた。
整備士は見ていた。今を去ること三ヶ月前、スナークと共に消えた戦友の身を案じ食事も喉に通らない副官の姿を。
整備士は知っていた。突如休暇を申請しひたすらに彼女が最後に居た宙域を必死に探し回った女性が居た事を。
整備士は聞いていた。酒保街の片隅で慣れないアルコール片手に幼少より共に過ごした半身の不在を愁う親友の嘆きを。
それがどうだ!? 今やその長い耳もぴんと起ち溌剌とした様子でどれ程の愁いも在りはしなかったと宣う彼女。
強がりもここまで来ればいっそ清々しい。
整備士は黙って工具を拾うと黙ってその場を後にした。
ミドガント防衛隊副官デボラ・ショウホープは豪放磊落傍若無人、気っ風はよくも時には厳しい隊長の信頼も厚い隊の要、頼れるミドガント防衛隊のおっかさんである。いや、あらなければならないのだ。
「どうしました、デボラ!?」
「いや、何でもない、整備士が工具を落としそうになっただけさ、それよりミューツ、親友の命を救ってくれた恩人に礼をせねばならんな。紹介してくれ」
「そう、そうですね! デボラには是非とも紹介したいと思っていたのです。タタラ! テツヒトさん! 彼女はミドガント防衛隊のわたくしの副官で親友でもあるデボラ・ショウホープです!」
ミューツはデボラの手を握り初めての無重力に四苦八苦しつつも漸く月影から降りた黒沢兄弟の前にふわりと着地すると自慢の親友をそう早口で紹介した。
因みにおやびんは無重力もなんのその、しゅったと床に降りるとさっさと何処かへ探検しに行ってしまった。
「君たちがミューツを保護していてくれたタタラとテツヒトだな。ワタシはデボラ、デボラ・ショウホープ、ミューツが言った様にこのガルガンティス隊の副官であり幼い頃よりミューツと共にあった親友を自認している者だ、改めて礼を言う。ありがとうふたりとも、貴公らの助力なくば我らは大切な隊長を失っていた」
深々と頭を垂れる長身の黒髪美女に兄弟は戸惑いの表情を浮かべる。
「うん?ミューツ、ワタシの言葉は彼らに届いているのか!?」
てっきり向こうも名乗るか何かリアクションを返してくるかと思っていたデボラはこの薄い反応に黒い眉を訝しげにしかめる。
「あっ! タタラたちは環状銀河統一標準語を知らないんでした、デボラ、ちょっと待ってください」
慌てたミューツは目を閉じてインプラントを介して日本語のデータを送信する。すぐさまデボラのインプラントが受信、彼女の脳に日本の言葉の知識が開花する。
「ふむん、なかなかに難しい言語のようだな、特に助詞の使い方、敬語の種類が厄介か。まぁいい、では改めて。ワタシはデボラ・ショウホープ、この傍迷惑な親友が厄介を掛けた。改めて礼を述べさせてくれ、ありがとうタタラ、テツヒト」
「あ、はいデボラ……さん? ミュー姉ちゃんは僕たちの大事な家族です、家族なら厄介だなんて思いません。助けるのなんて普通のことですから」
多々良の言葉に鉄人もうんうんと頷く。
デボラはほっと息を吐く。
どうやら親友は異界で得難い味方を得たようだ。見知らぬ地で嘆いていたりしていないかと心配していただけに安心で肩の力を抜いた。
「そうか、『家族』とはな、ミューツは随分とよくして貰ったようだな、しかしタタラ、ミューツを『姉』と言うのならばひとり納得させねばならない相手がいるぞ。君が彼女をどう言いくるめるか拝見といこう」
「納得?」
「そうさ、ホラ、話をすれば影だ」
デボラが多々良の不安をよそに楽しげに笑う。すると会話に割って入る少女の声。
「隊長ッ!!」
駆け寄って来たのはピンとした三角の耳を頭に着けた赤い髪と赤い眼をした少女。尻に伸びる太い赤毛の尻尾を忙しなく振りデボラも黒沢兄弟も目に入れず一直線にミューツに向かって跳びその勢いのまま豊満な胸に飛び込む。
「ああ良かった。隊長、怪我も無くご無事な様で安心しましたっ!」
「ティラ、ごめんなさいネ? 心配を掛けてシマッテ……」
「いいえ、いいえ、私の事などどうでもいいのです! 隊長さえ無事ならば私たちの苦労などっ」
「ティラーニャ、客人たちの前だぞ! 嬉しいのは判るが節度を持て!」
先程までの自分を棚にあげデボラが厳しい口調で部下を嗜める。ついでに彼女に向いインプラント経由で日本語をインストールする。
ティラの挨拶を不自由なくふたりに聞かせる為なのだろうが何処かイタズラめいた笑顔を見せる。
はっと我に返った犬耳娘は愛しい隊長から身を離し腿に挟んだ尻尾も愛らしく少ししょんぼりとした仕草で敬礼をする。
「し、失礼をいたしましたショウホープ副長殿っ、お客人方もご容赦を」
「もう、ティラのあわてんぼは治りまセンネ。くすくす」
「い、いいえ、僕らの事は気にしないで」
「おう、鉄人だ、こいつは弟の多々良、お前さんは……」
「ハッ、ミドガント防衛隊ミリュノフ隊隊員を務めさせて頂いておりますティラーニャ・ソノン少尉であります。テツヒト殿、タタラ殿、我々が母とも姉とも敬愛するミリュノフ隊長殿を無事お返し頂き隊一同を代表し心より御礼申し上げますっ!」
堅苦しい口調だ。しかし彼女の言葉には一切の虚偽は見られずその感謝には本心が宿っていた。
生真面目な人物なのであろう。心からミューツの帰還を喜んでいるのが判った。
同時に多々良は思い出した。もうすぐ夏の到来を感じさせた夕暮れ、ミューツとふたりで散歩した田舎道、彼女が言っていた。「タタラが弟ならば彼女は妹なのでショウネ」と。
それは直感であった。しかし多々良はその直感が外れようもない事実だと確信した。
件の『妹』とは彼女を指していたのだろうと。
この娘ならばきっと仲良くなれるだろう。
多々良は一歩ティラの前に踏み出し手を差し出した。
「僕は黒沢多々良、ミュー姉ちゃんとは………」
「少尉、タタラ殿は我らが隊長殿の『弟』を自認し隊長殿もそれを承認している。妹分の少尉としては思うところあるのではないかな?」
ひとの悪い笑顔でデボラが多々良の言葉に被せるように言い放つ。
変化は如実であった。
ティラのぴこぴこ忙しなく動いていた耳はピンと立ち、振られていた尻尾はぶわりと膨れ、赤い瞳は憎い仇に出会ったかの様に燃え盛ったのだ。
パァン!
何かが破裂したような音が格納庫に響く。遠巻きに見ていたパイロットたちが音に驚き身をすくませる。
それはティラが多々良の差し出した手を払った音だった。
「……ティラ、さん!?」
「………く、よ……ないでよ」
「は!?」
急変した目の前の少女の呟きは多々良の耳には届かず聞き返した。
「気安く私の名前を呼ばないでって言ってるのよっ!! ミューツ隊長の弟!? ふざけないでよっっ!! 何であんたみたいなヤツがっ隊長を姉なんて呼んでるのよっ!!?」
呆気にとられる多々良を他所にティラは荒々しく足を踏み締め格納庫を出ていった。
「……っちゃ~ーー、まさかこれ程までの拒否反応を見せるなんてな、タタラ、済まなかったな、からかいが過ぎた」
デボラが頭を抱え多々良に謝罪をした。
「もう、デボラ、貴女は何時だって一言余計なんダカラ、ティラだってあんな言い方されたら頭に血が昇るワ」
「悪かったってミューツ、ワタシも少し浮かれ過ぎていた様で加減を間違えたんだ」
「どう、言う事!?」
思い切り叩かれ痺れの残る手のひらを見詰め多々良は事の次第を誰ともなく呟く。
「ティラのヤツはミューツの事を姉と慕ってるんだ」
それは判る。
「今より昔、まだ私たちが士官学校へ入学する前にはティラもミューツを『姉』と呼んでいたんだ。『ミューツ姉様』ってな」
だから?
「盗られたって思ったんだろうなぁ、タタラにミューツの事を」
そんな
「士官学校へ入学して卒業してけじめだって、上官を『姉』と呼ぶのは示しが付かないって、生真面目なアイツはずっとミューツを『隊長』って呼んだんだ。
そこへ突然タタラが現れて自分の呼べない名前を呼んで、かっって来たんだろう。
本当に悪かったな、ティラもしばらくすれば頭も冷えて冷静になるだろう、ワタシもちょっと様子を見てくる」
そう言い残し足早にティラの跡を追い立ち去るデボラ、ミューツもまた周囲を隊員に囲まれ帰還の無事を口々に祝われ忙しそうだ。
そんなつもりじゃなかった。
多々良は叩かれた手をじっと見る。
ひりひりと痛みの残る手の赤みはついさっき向けられた少女の怒りの瞳の色そのものであった。




