第三話 迷宮由来者登録
ダンジョン管理局は、都内でも比較的立地のいい場所にある。
ダンジョンなんてものが現れて、すでに五十年。
バブルも、バブル崩壊も、失われた三十年も、コロナ禍も、ともに歩んできた仲である。
そんな厄介なものと半世紀も付き合っていれば、国だって管理の重要性は嫌というほど思い知る。
官公庁の集まるオフィス街。その一角に建つビルの中に、ダンジョン管理局は入っていた。
「ここが管理局か」
栄人の隣で、小柄な少女がビルを見上げる。
先日、近所のGUで買った薄手のワンピース姿のネフィリアは、一見すれば外国人の少女にしか見えない。
腰まで伸びた銀髪に赤い瞳という時点で十分目立ってはいるのだが、まさか異世界から現れた魔神だと思う者はいないだろう。
そのネフィリアは、しばらくビルを眺めたあと、
「つまらん建物じゃのう」
開口一番、そんなことを言った。
「役所に何を期待してるんだよ」
「国の建物なら、もっと威厳があってもよかろう。塔を生やすとか、巨大な像を置くとか」
「税金で?」
「税金がなんなのかはよく知らんが、金なら国が出せばよいではないか」
「その国の金が税金なんだよ」
「ふむ」
分かっているのかいないのか。
ネフィリアは周囲に並ぶ似たようなビルを見回す。
「しかし、どれも同じような形をしておるな。こんなものが並んでいて楽しいのか?人間は良くわからんのう」
ネフィリアは納得しきれない顔をしながらも、さっさと入口へ向かっていく。
「エイト、何をしておる。行くぞ」
「はいはい」
栄人もその後を追った。
中に入ってみると、思っていた以上に普通だった。
外から見れば立派なオフィスビルなのに、中にあるのは役所でよく見るような受付と待合スペース。少しくたびれた椅子が並び、壁には各種申請についてのポスターが貼られている。
往来する人も少なく、閑散としていた。
ネフィリアの銀髪をちらちらと見る者はいるものの、それだけだった。
「……妙じゃな」
「何が?」
「もっとこう、魔神たるわらわの来訪を察知して、厳戒態勢くらい敷いているものかと思っておった」
「まあ、見た目だけなら、ちょっと目立つ外国人の子供でしかないし」
「誰が子供じゃ」
「どう見ても十五歳くらいにしか見えないだろ」
「わらわの威厳が分からぬとは嘆かわしいのう」
ぶつぶつ文句を言うネフィリアを連れて受付へ向かい、事情を説明すると、女性職員から番号札を渡された。
「十六番でお待ちください。順番になりましたらお呼びします」
「分かりました」
栄人が受け取った札を、ネフィリアが横から覗き込む。
「十六?」
「ああ」
受付上部の表示は十二番。
「あと四組くらいだな」
「四組も待たねばならぬのか」
「それくらい待てるだろ?」
「わらわ、この建物にいる者の中で一番格が高いと思うのじゃが」
「……格と受付順は関係ないと思うぞ?」
十分ほど待ったところで、十六番が呼び出された。
二人が案内された二番カウンターには、三十代ほどの女性職員が座っている。
「お待たせしました。本日は、迷宮由来者の正式登録ですね」
「そうじゃ」
「仮登録のお名前が、ネフィリアさん」
「うむ」
職員が端末を操作する。
「年齢は……不明。現在も分かりませんか?」
「知らん」
「ご自身の年齢ですよね?」
「数えておらんからのう」
「……では、不明のままにしておきますね」
早くも若干困っている。
「出身地は分かりますか?」
「魔神領域じゃ」
職員の指が止まった。
「……魔神領域?」
聞き慣れない単語に、職員の女性は思わず同じ言葉を繰り返す。
「うむ」
「すみません、どう書くか教えていただけますか?」
「しょうがないのお。魔物の魔、神社の神、領土の領、地域の域じゃ」
横で聞いていた栄人は思わずネフィリアを見る。
こちらの世界に来てまだ大して経っていないはずなのに、妙なところで日本語の習得が早い。
「国名などは?」
「ない」
「では、出身地は『魔神領域』として登録します」
職員は淡々と入力していく。
「続いて種族ですが、ご自身の種族は分かりますか?」
「魔神じゃ」
「……魔族、ということでよろしいですか?」
「いや、魔神じゃ」
絶対に譲る気がない。
職員が困った顔で端末を見る。
「申し訳ありません。こちらの登録システムですと、魔族、獣人、妖精種、竜人種などはいくつか選択できるんですが……『魔神』という項目はありません」
「追加せい」
「私にはできません」
「なぜじゃ」
「システムなので……」
ネフィリアの眉間にしわが寄った。
「では、魔族で――」
「魔神じゃ」
「……とりあえず、不明にしておきますね」
「しょうがないのお」
まるで自分が譲歩してやったかのような態度だったが、たぶん、この職員の方が三倍くらい譲歩してくれているだろう。
「続いて、現在の生活状況について確認しますね。ネフィリアさんは現在、春咲さんのご自宅で生活していると」
「そうじゃ」
「生活に不自由はありませんか?」
「特にない」
「そうですか」
「ただ、焼肉と寿司を毎日食べられぬのは不満じゃ。欲しいゲームも買ってくれん」
「それは諦めてくれ……」
職員が小さく笑った。
「迷宮由来者向けの生活支援制度もありますので、一応ご説明しておきますね」
説明によれば、一定期間の集合住宅の提供と、生活費の一部補助を受けられるらしい。
ただし、どちらも期限付き。
ないよりは遥かにマシだが、それだけで長期間生活できるほど手厚い制度ではないようだった。
「思ったより少ないんですね」
栄人が言うと、職員が申し訳なさそうに苦笑する。
「支援額については、以前から同じご意見をいただいていまして……なかなか予算が増えないんです」
「なるほど……」
ダンジョンからの異邦人に関する予算は、そこまで割かれていないらしい。
「そのうえで改めて確認します。ネフィリアさんは、公的支援住宅への入居を希望されますか?」
「エイトのところがよい」
迷いの一切ない返事に、栄人は思わずネフィリアを見る。
「即答なんだな」
「何か問題あるか?」
「いや、別にないけどさ」
本人がそうしたいなら、栄人としても追い出すつもりはない。
「分かりました。では、春咲さんを生活支援者として登録します」
「生活支援者?」
「迷宮由来者の方の生活を継続的に支援する方ですね。ただ、ネフィリアさんは年齢も身元も不明ですので、定期面談と、初回のみ生活環境の確認があります」
「生活環境の確認……家に来るんですか?」
「はい」
「……掃除しないとな」
「エイトの部屋はそんなに綺麗じゃ無いからのう」
昨日の警察の来訪の時も、それはちょっと気にしていた。
「お前が来てから散らかる速度が倍になったんだよ」
「細かい男じゃのう」
「あと、問題なく生活できていることが確認できれば、支援者側にも月々少額ですが給付があります」
「ちなみに、いくらくらいですか?」
「現在は月一万円です」
「一万円かあ……」
大金ではない。
だが、今の栄人にとっては十分ありがたい。
ネフィリアの食費くらいにはなる。
「焼肉何回分じゃ?」
「まず普通の飯代に使わせてくれ」
生活状況の確認を終えると、続いて能力に関する聞き取りが行われた。
「ご自身で把握されている、特殊な性質や能力はありますか?」
「あるぞ」
ネフィリアは待ってましたとばかりに胸を張った。
「わらわはダンジョンの中では傷つかぬ」
職員の手が止まる。
「傷つかない?」
「うむ。魔物に殴られようが、噛まれようが、傷一つつかぬぞ」
「地上でも同じですか?」
「いや。ここでは普通に傷つく」
「原因は分かっていますか?」
「知らぬ」
職員は端末へ入力していく。
「ダンジョン内限定の耐傷性……原理不明。現時点では自己申告、と」
自己申告。
完全に本人が言っているだけ、と言った雰囲気だ。
「本当ですよ」
栄人が口を挟む。
「俺も実際に見ています。昨日もマナリザードの攻撃をまともに受けましたけど、怪我はありませんでした」
「その件でしたら、警察からの照会記録もこちらに届いていますね」
職員は端末を確認し、小さく頷いた。
「分かりました。ダンジョン内でのみ確認されている特殊性として記録しておきます。ただし、こちらでは再現できませんので、詳細については未確認扱いになります」
「それで構わぬ」
ネフィリアは満足そうだった。
少なくとも、ようやく自分の異常性をまともに記録してもらえたのが嬉しいらしい。
「では、このあと基礎身体能力と魔力反応の測定を行います。そちらと、これまでの記録や本人申告の能力などを合わせて、現時点での一次的な危険度判定を行います」
「危険度?」
ネフィリアが反応する。
「はい。あくまで現時点で確認できている範囲での暫定的なものですが」
「なるほど」
ネフィリアの口元がゆっくりと持ち上がった。
登録手続きを一通り終えると、能力測定へ移ることになった。
ネフィリアは、つい先ほどまで不機嫌だった。
年齢は不明。
出身地は聞いたこともない。
種族欄に魔神は存在しない。
そして本人がいくら「魔神じゃ」と言っても、職員には淡々と事務処理されるだけ。
「……こやつら」
測定室へ向かう廊下で、ネフィリアが低い声を漏らした。
「ん?」
「わらわを侮っておるな?」
「いや、普通に仕事してるだけだと思うぞ?」
「よかろう」
ネフィリアが不敵に笑った。
「能力測定とやらで、わらわの偉大さを思い知らせてくれる」
「昨日まで行きたくないって駄々こねてなかったか?」
ネフィリアが栄人から視線を逸らした。
「あれは……この国の道具が、わらわの何を測れるのか分からなかったからのう」
「それで?」
「とんでもない結果が出れば、おぬしと引き離されるやもしれんと思って、少し遠慮しておっただけじゃ」
「……そうか」
栄人は少し意外に思った。
どうやら、ネフィリアなりに今の生活を気に入っているらしい。
「じゃあ、今はいいのか?」
「これだけ侮られて黙っておれるか!」
「プライドが勝ったのかよ」
「心配するな。多少は加減してやるのじゃ」
胸を張るネフィリアを見ていると、なんとなく不安になる。
栄人自身、ネフィリアが本当に『魔神』なる存在なのか、その肩書きまで完全に信じているわけではない。
だが、少なくとも普通の少女ではない。
魔物の攻撃を受けても傷一つ負わない。原理も不明。
何かしら異常な結果が出てもおかしくない。
……そのはずだったのだが。




