第二話 事情聴取
玄関を開けると、男女二人の警察官が立っていた。
男の方が軽く頭を下げる。
「夜分遅くにすみません。春咲栄人さんですね?」
「はい」
「少しお話を伺いたいのですが」
「……どうぞ」
断ったところで、ろくなことにはならない。そう思った栄人は速やかに二人を部屋へ通した。
ネフィリアはソファに腰を下ろし、興味深そうに警察官を眺めている。
「こちらの動画について、何件か通報がありまして」
男性警察官がスマートフォンを見せた。
見覚えのあるサムネイル。
『【衝撃】ダンジョンで美少女を盾にする探索者がヤバすぎる』
「はい……」
案の定、先ほど見ていた動画だった。
「ダンジョン管理局を通して、映像の男性が春咲さんだと確認しました」
探索者として活動する上で、栄人の情報はダンジョン管理局に申請されている。映像に映った栄人の顔を見れば、名前、住所などの個人情報は一発でわかってしまう。そうやって、栄人の家を特定したのだろう。
「動画に映っているのは、春咲さんで間違いありませんね?」
「そうですね、俺です」
「こちらの女性が――」
「ネフィリアじゃ」
栄人が答える前に、本人が名乗った。
女性警察官がネフィリアへ向き直る。
「ネフィリアさんですね。まず、確認させて欲しいのですが、怪我はありませんか?」
「ないぞ」
「何か、気分や体調が悪いとか、そういうのもありませんか?」
「ない」
男性警察官がスマートフォンへ視線を戻した。
「映像では、春咲さんがネフィリアさんを盾にしていますね」
「……はい」
「盾にされたのじゃ」
「事情を聞かせてもらえますか?」
警察官の言葉に、栄人は意を決して説明する。
「こいつ、ダンジョンの中だと傷つかないんです」
警察官二人がネフィリアを見る。
「……傷つかない、というのは?」
「そのままの意味です。攻撃を食らっても怪我しないんですよ」
「そういう能力を持っている、ということですか?」
「たぶん……」
「たぶん?」
男性警察官の眉がわずかに動いた。
栄人はネフィリアを見る。
「俺も詳しい理屈は知らないんです」
「わらわも知らぬぞ」
「本人も?」
「うむ」
ネフィリアは当然のように頷いた。
「地上ではそうでもないが、ダンジョンの中では傷つかぬ。そういうものじゃ」
「いつからそうだと?」
「昔からじゃ」
「春咲さんは、なぜそれを知っていたんですか?」
「本人から聞いてましたし……実際に見たこともあります」
「どのような状況で?」
「転んだとか、魔物に襲われたとか。少なくとも、ダンジョン内で怪我してるところは見たことないです」
男性警察官は何かを書き留めた。
「今回の攻撃については?」
「自分が食らったらどうなるか分からず、避けるのも厳しかった。それで……咄嗟にやってしまいました」
その供述はまるで、罪を自白でもしているかのようだった。
女性警察官がネフィリアを見る。
「ネフィリアさんご自身は、今回のことをどう思っていますか?」
「その時は腹が立ったのじゃ」
ネフィリアは栄人を横目で睨んだ。
「何の断りもなく、いきなり盾にされたからの」
「盾にされたこと自体はいいんですか……?」
「まあ、そうじゃな」
あっさりと肯定するネフィリア。
「……つまり、事前に一言あればよかったと?」
「それならよい」
「じゃあ次から声かけるようにする」
「うむ。そうせい」
「いや、お二人とも」
女性警察官が困ったように口を挟んだ。
「人を盾にしない、という選択肢はないんですか?」
栄人は少し考えた。
「ダンジョンのことなので、状況によると思います」
「まあ、それもそうじゃな」
「……そうですか」
女性警察官はなんとも言えない顔をしたが、それ以上そこを咎めることはなかった。
「では確認ですが、ネフィリアさん自身は、今回の件で春咲さんから危害を加えられたとは考えていないんですね?」
「うむ」
「エイトは、わらわが傷つかぬと知っておったからな。わらわを傷つけようとしてやったわけではない」
「なるほど、わかりました」
女性警察官は少し考えてから確認した。
「春咲さんに無理やりダンジョンへ連れて行かれたわけでもないんですか?」
「ない。わらわが行きたいと言った」
「普段からダンジョン内外で暴力的な被害を受けていることはありませんか?そういうことであれば、今すぐ保護させていただきますが」
「それもないぞ」
あまりにも尊大で、自信たっぷりに言い切るネフィリアの様子に、警察官たちの表情も僅かに緩んだ。
男性警察官が口を開いた。
「ネフィリアさんのダンジョン内で傷つかないという性質について、こちらではその真偽を判断できません。ただ、動画では攻撃を受けたあとも行動できていて、現在も怪我はない。ネフィリアさんご本人からも、被害を受けたという訴えはない」
そこで一度、言葉を切る。
「現時点では、この件の事件性はないと判断します」
「……よかった」
栄人は息を吐いた。
「念のため、ダンジョン内での状況については現地の管理所にも確認します」
「お願いします。嘘は言っていないと思います」
ダンジョン管理所は、入退場や安全管理、魔物の出現情報などを扱う現地の施設だ。
今日のマナリザードとの接敵についても、帰りに栄人自身が報告している。
そこを確認される分には問題ない。
取り調べは終わった。
これで今日は安心して寝られる。
「それと、もう一点」
男性警察官が続けた。
残念ながら、まだ取り調べは終わっていなかったらしい。
「お二人は、どういったご関係ですか?」
気になるよな、やっぱり。と栄人は心の中でひとりごちる。
成人男性と、成人してなさそうな少女が一緒に暮らしているのだ。あらぬ疑惑をかけられても不思議はない。
栄人は、慎重に言葉を紡ぐ。
「……俺が家主で、彼女が居候です」
「居候?」
「こいつが俺の家に住んでます」
「わらわはエイトに養われておる」
二人の警察官が一瞬、栄人を見る。
「ご家族ではないんですね?」
「違います」
「ネフィリアさんは、おいくつですか?」
栄人はネフィリアを見る。
ネフィリアも栄人を見る。
「知らぬ」
「……年齢が分からない?」
「うむ」
「俺も知りません」
「生年月日は?」
「知らぬ」
「何か身分を証明できるものはありますか?」
「ないぞ」
女性警察官の表情が変わった。
「ご家族について分かることは?」
「ないな」
「日本にはいつから?」
「二週間ほど前か?」
ネフィリアが栄人を見る。
「たぶん、そのくらいです」
「春咲さんとは、どこで知り合われたんですか?」
栄人は答えづらそうな表情を浮かべ、数秒間黙った。
「……ダンジョンです」
「ダンジョン?」
「はい」
「ダンジョンというと、遭難されていたとか?」
「いえ」
瞬時の否定に、警察官は眉を顰めた。
「それでは、どうやって」
「封印されてました」
男性警察官のペンが止まった。
「……封印?」
「管理局にも報告しているんで、そっちを確認してもらえればと思います」
日時や時刻、栄人に紐づく探索者ナンバーを照合し、警察官の男性が端末を確認する。
そして、報告資料が表示された。
『発見時状況……結晶上構造物内部に封入されていた』
「これは……間違いなく封印されてますね」
報告書の記述を見て、警察官の男性がつぶやく。
「でしょ?透明な結晶みたいなものの中に入ってたんです」
「ネフィリアさんが?」
「うむ」
ネフィリアが頷く。
「エイトが触れたら、封印が解けた」
「触れただけで?」
「たぶん」
「たぶん?」
「わらわにも理由は分からぬ」
男性警察官が栄人を見る。
「春咲さんにも?」
「分かりません。近づいて、触ったら急に結晶が崩れて」
「なるほど……」
ダンジョンでは不思議なことはたくさん起こる。警察も、こういった不思議なことを見聞きしているはずだ。
だから、この受け答え自体は、ダンジョンだとこんなこともあるのかも、くらいのものなのだろう。
警察官の男性は、手持ちの端末を再度確認する。
「二週間前に、ネフィリアさんは迷宮由来者として仮登録されていますね」
迷宮由来者。ダンジョンから出てきた、よくわからない知的生物の総称である。
男性警察官は画面を読み進める。
「発見場所は第五層近辺の未登録区域。透明な構造物の内部から発見……」
そこで一度、ネフィリアを見る。
「ちゃんと報告、記録がされていますね」
「嘘は言ってないですよ」
「エイトに拾われたのじゃ」
女性警察官が尋ねる。
「仮登録の際、一時宿泊施設も案内されていますね」
「そうだったんですけど」
栄人はネフィリアを見る。
「こいつが俺の家に来るって言ったんです」
「わらわが決めた」
ネフィリアは当然のように答える。
女性警察官は端末を確認した。
「発見時の記録でも、意思疎通と自己判断能力については問題なしとなっています」
「迷宮由来者は、外見と実際の年齢が一致しない場合もあります。年齢が確認できない場合は、本人が自分で判断できる状態かどうかも確認することになっています」
「今も春咲さんのお宅で暮らしたいという希望は変わりませんか?」
「変わらんな」
即答だった。
「エイトの家がよい」
栄人は一瞬だけネフィリアを見る。
「今からでもダンジョン管理局のお世話にならないか?」
「ならん」
「美味しいものを出してくれるかもしれないぞ」
一瞬だけ逡巡するが、それでもネフィリアは答える。
「それでも嫌じゃな」
女性警察官が小さく頷いた。
「分かりました」
男性警察官が端末へ目を戻す。
「ネフィリアさんの、迷宮由来者の正式登録はまだですね」
「ああ、それは……」
覚えている。
一か月以内に管理局へ行くよう、管理所で言われていた。
まだ余裕があると思って、後回しにしていたのだ。
「行くつもりではいたんですけど」
「期限内であれば問題ありません」
「まだ二週間くらいありますよね?」
「はい」
栄人は少し考えた。
今回の騒ぎ。
警察まで来て、過去の記録まで引っ張り出された。
また何か起きるたびに、同じ説明をするのも面倒だ。
「……明日、行くか」
「嫌じゃ」
即答された。
「どうせ行かなきゃ駄目なんだろ」
「まだ期限があるではないか」
「先に済ませた方が楽だろ」
「面倒じゃ」
「身分証もないままだし」
「今まで困っておらぬ」
「金を受け取ったりするときも必要になるんじゃないか?」
ネフィリアの動きが止まった。
「……金?」
「口座とか契約とか、報酬の支払いとか。その辺でいるだろ。たぶん」
「…………」
「行くぞ」
「明日行く」
「急に素直になったな」
「善は急げという諺があると聞いたぞ」
「まあ、確かにあるけども」
男性警察官が小さく咳払いした。
「詳しいことは、管理局で聞いてください」
「はい」
*****
警察官二人が帰った頃には、時計は九時を回っていた。
玄関の鍵を閉め、栄人はそのままソファへ倒れ込んだ。
「疲れた……」
一日で魔物に襲われ、ネフィリアを盾にして、切り抜きで炎上して、警察まで来た。
ネフィリアは、例の動画を眺めている。
「エイト」
「なんだよ」
「この動画、もう四万人も見ておるぞ」
「らしいな」
「そなたがわらわを盾にしただけで、これだけ人が集まるのか」
「その人聞きの悪い言い方やめろ」
ネフィリアは画面をじっと見つめた。
「ならば」
栄人にはネフィリアが次に何を言うか想像がついた。二週間も一緒にいると、互いに理解が進むのか、ネフィリアがとても単純なだけなのか。
「わらわ自身が配信すれば、もっと人が集まるのではないか?」
栄人は顔を上げた。
「……何の配信をする気だ?」
「ダンジョン配信じゃ」
「それは分かる」
「ダンジョンで遊んでいるところを映せばよかろう」
「ダンジョンには遊びに行ってるわけじゃないが」
「人気が出れば金も入るのであろう?」
「そこまで簡単じゃないと思うけどなあ」
「やってみなければ分からぬ」
ネフィリアは満足そうに頷いた。
「決めたぞ。わらわも配信する」
栄人は天井を見上げた。
ネフィリアが決心すると、簡単には折れない。
配信の切り抜きで警察のご厄介になりそうだったのに、俺たちが配信なんてしていいんだろうか?なんて疑問が栄人の頭に浮かんだ。
しかし、疲れからか、もう何も言う気になれなかった。




