第一話 【衝撃】ダンジョンで美少女を盾にする探索者がヤバすぎる
「エイト、今日は焼肉じゃ」
「それ、いつ決まった?」
「今じゃな」
「却下」
春咲栄人は、拾い上げた魔石を袋へ放り込んだ。
拳大の薄青い石が、先に入っていた魔石とぶつかって硬く鋭い音を立てる。
都内某所にあるダンジョン、その第五層。
観光客が出入りする上層よりは奥だが、探索者歴三か月、F級探索者の栄人でも慎重に立ち回れば仕事になる階層だ。
「なぜじゃ?」
「高いから」
隣を歩く少女が、不満そうに眉を寄せた。
腰まで届く銀色の髪。
金色の瞳。
透けるように白い肌。
十五歳ほどに見える少女――ネフィリアは、薄暗いダンジョンの中ではひどく場違いだった。
彼女は自称、魔神である。
もっとも栄人からすれば、今の彼女は――無職の居候でしかない。
「魔神に焼肉くらい献上しても罰は当たらぬぞ」
「家賃払ってから言え」
「魔神に家賃を請求するとは不届きものが……」
ネフィリアが頬を膨らませる。
彼女は、黙って歩いているだけなら、とんでもない美少女である。
ここまで来る途中にも、何人かの探索者が振り返っていた。
栄人も最初は見惚れた。
ただし、美人は慣れるとはいうもので。
三日で慣れ、一週間で遠慮はなくなった。
今では夕飯を巡って揉める仲だ。
「あと一万円分くらい拾ったら帰るぞ」
「まだやるのか?」
「今月、余裕ないんだよ」
家賃にローン。そろそろ武器も買い替えたい。
そして何より、この居候がよく食う。
「なら帰りにプリンも買え」
「おい、今の話聞いてたか?」
「一個でよい。二個買う金はないのであろう?」
「……ちょっと遠慮して、譲歩している感が腹立つ」
ネフィリアはふふん、と鼻を鳴らした。
*****
少し離れた場所では、三人組の探索者が小型の撮影ドローンに向かって喋りながら歩いている。
配信者だろう。
最近では珍しくもない。
ネフィリアがそちらへ目を向けた。
「あれが配信というやつか?」
「そう」
「喋っておるだけで金が貰えると噂の?」
「人気があればな」
「……ほう」
明らかに興味を持っていた。
そして、ろくなことを考えていない顔だ。
ネフィリアが何か言い出しそうで嫌な予感がしていた時。
ダンジョンの奥側、岩の向こうから低い唸り声が響いた。
二人は並んで歩いていたが、先に栄人の足が止まる。
ネフィリアはまだ気が付いていないようで、栄人を追い抜いていく。
「む?」
そして、足の止まった栄人の方に振り向き、怪訝な目をして見つめる。
栄人は金属棍を構えた。
武器を構えてから間も無く、比較的近場の岩陰から、大型の蜥蜴めいた魔物が姿を現す。
「マナリザードか」
「知っておるのか?」
魔物を目にしたネフィリアは、栄人側へ近づいて、その距離を詰めた。
「講習で習った」
第五層では珍しいが、出ないわけではない。
「マナリザード!?」
少し離れた場所から声が飛んだ。
先ほどの三人組だ。
視界の端で、撮影ドローンがこちらへ向きを変えるのが見えた。
気にしている場合ではない。
マナリザードが大きく口を開く。
喉の奥に、青白い光が灯った。
「エイト」
「分かってる」
魔力弾だ。
左右は岩壁。遮蔽物もない。
避けるには少し厳しい間合い。
金属棍で受けるのは論外。
そして――幸運なことに、隣にはネフィリアがいる。
「ネフィリア」
「なんじゃ?」
考えたのは一瞬だった。
「悪い」
「は?」
両肩を掴む。
そのまま、自分の前へ。
「待て、エイト。貴様まさか――」
青白い光が放たれた。
「エイト、貴様あああぁぁぁ!!」
魔力弾を目前にして、叫ぶネフィリア。
そして。
「ふぎゃっ!?」
魔力弾が直撃した割には、緊張感のない声。
続いて、つんざく轟音。
魔力弾がネフィリアへ直撃し、衝撃でその小柄な身体が栄人へ押し込まれ、二人まとめて数歩後ろへ滑った。
「うおっ……!」
砂埃が舞う。
栄人は腕の中のネフィリアを見る。
傷一つない。
なぜか、ダンジョン内では、ネフィリアは傷つかないのだ。
「大丈夫か?」
「エイトォォォォォォッ!!」
よし。
怒鳴れるなら元気だ。
「悪い。文句はあと」
「あとじゃと!?」
「片付けるのが先だろ!」
ネフィリアを脇へどかし、栄人は駆けた。
後方では、三人組の一人も武器へ手を伸ばしていたが、その頃には栄人はもう、マナリザードの間合いへ入っている。
マナリザードが、次の魔力弾を撃つまでには少し間がある。そこを逃さず、栄人は全速力で接近する。
栄人の接近に対して振るわれる爪を、軽くかわして懐へ潜る。
金属棍を顎へ叩き込み、よろめいたところへすかさず二発、三発。
すると、巨体が石床へ崩れ落ちた。
崩れ落ちたマナリザードは、数秒と待たず体が瓦解し、魔石のみが残された。
手慣れた動作。この三ヶ月で何度も繰り返した動作だった。
――ネフィリアを盾にしたことを除けば。
「……終わった」
息を吐く。
それから、ものすごく無視したくなる視線を背中に感じた。
おそるおそる振り返る。
すると、栄人の方に向かって、ネフィリアが笑っていた。
大変美しく、見るものの視線を奪う笑顔だった。
目が笑っていないことを除けば。
「さて、エイト」
「……悪かったって」
「わらわを盾にしたな?」
「お前、傷つかないだろ」
「こんな可愛らしい乙女を盾にしたんじゃ!」
「自分で言うなよ、それに魔神なんだろ」
「魔神でも乙女じゃ!」
「あ、あの……」
知らない声が割り込んだ。
振り返ると、先ほどの三人組が近くまで来ていた。
撮影ドローンも、相変わらずこちらを向いている。
三人とも何とも言えない顔をしていた。
「……何ですか?」
女性探索者がネフィリアを見る。
「無傷なのも意味分かんないんですけど……あなた今、その子を盾にしましたよね?」
「…………」
信じられない、とでも言いたげな表情だった。
「あー、こいつ、ダンジョンの中じゃ傷つかないんですよ」
苦し紛れに、栄人が弁明する。
「私知らないんですけど、そんなスキルでもあるんですか?」
「スキルではない!」
ネフィリアが割って入る。
「わらわは魔神じゃからな!」
「……魔神?」
「そうじゃ」
可哀想な子を見るような、同情と憐憫に満ちた視線が、ネフィリアに注がれる。
「まあ、その辺は置いといて」
栄人は話を戻した。
「信じられないでしょうけど、本当に傷つかないんですよ」
「だから盾にしたんですか?」
「……まあ」
隣でネフィリアがにやりと笑った。
「わらわが嫌がるのを、両肩を掴んで無理やり前へ出したぞ」
「お前は誰の味方だよ」
「少なくとも、わらわを盾にするような奴の味方ではない!」
三人組が、揃って何とも言えない顔になる。
撮影ドローンは真正面から栄人を映していた。
そこでようやく思い出す。
――これ、配信中なんだよな。
気づくのが遅かったかも知れない。
*****
できる限りの弁明をしたあと、三人組とは別れた。
別れる直前も、納得いっていないような顔をしていたのが気がかりだが。
そして、ダンジョンを出る前には、栄人は受付でマナリザードの出現を報告した。
「念のため巡回班に共有しておきます」
「お願いします」
探索者証と顔認証を通してゲートを抜ける。
駅へ向かう途中、ネフィリアが言った。
「先ほどの配信、どんな感じか見てみたいぞ」
「帰ってからな」
「わらわにもできるか?」
「やらないぞ」
「まだ何も言っておらぬ!」
「言ってるようなもんだろ」
ネフィリアは不満そうに黙った。
どう見ても諦めた顔ではなかった。
*****
その日の夜。
栄人は自宅のソファに沈み込んでいた。
向かいでは、ネフィリアがゲームをしながら、片手間にプリンを食べていた。
一個だけと言ったはずなのに、なぜか二個買われたプリンだった。
「エイト」
「なんだよ」
「先ほどの配信を見せろ」
「配信者の名前、知らないぞ」
「探せ」
「めんどくせえな……」
栄人がスマートフォンを手に待つ。
動画サイトを開き、検索欄へ指を伸ばした。
その手が止まる。
探す必要すらなかった。
おすすめ欄の上の方。
見覚えのある銀髪。
見覚えのある男。
そして、見たくない瞬間。
『【衝撃】ダンジョンで美少女を盾にする探索者がヤバすぎる』
「…………」
再生数、38000回。
いつのまにか、栄人のすぐ近くまで来たネフィリアが、スマホを覗き込んでいた。
「エイト」
「なんだ」
「そなた、有名人になったぞ」
「嬉しくない」
動画を開く。
マナリザードが口を開く。
栄人がネフィリアを掴む。
自分の前へ。
直撃。
そこで映像が切れた。
次の場面。
『わらわを盾にしたな!?』
怒り狂ったネフィリアが栄人へ飛びかかっている。
「……ちょっと悪意があるな」
「何がじゃ?」
「編集に」
「事実しか映っておらぬぞ」
「切り抜き方が悪い」
コメント欄を開く。
『普通にドン引き』
『女の子、中学生くらいじゃね?』
『いや待て、なんで無傷なんだよ』
『盾にしてて草』
『本人めちゃくちゃ元気じゃん』
『この子防御スキル持ち?めっちゃ有望株かも』
『スキル持ちなら、結構合理的じゃね?』
『合理的でも普通女の子を盾にするか?』
『能力分かった上でやってるなら別によくね』
『本人が怒ってるんですが』
『この子可愛すぎんか?誰?』
『鬼畜盾男は草』
『探索者協会に動画送った』
『ダンジョン管理所にも通報した』
『これ警察案件では?』
「…………」
栄人はそっとスマートフォンを伏せた。
「ネフィリア」
「なんじゃ?」
「お前、あの配信者に何て言ったっけ?」
「『わらわを無理やり盾にした』とかそんな感じじゃな」
「そう言ってた気がするな」
「事実じゃ」
「傷つかないって話もしただろ?」
「まあ、あんまり信じておらんかったが」
「……終わったな」
栄人は頭を抱えた。
映像だけでも分が悪い。
本人の証言まである。
それでも、事情を説明すれば分かってもらえるはずだ。
たぶん。
「しかし」
ネフィリアは動画の再生数を見つめていた。
「これだけ見られれば、金を貰えるのか?」
「今そこ気にする?」
「重要じゃろう」
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
二人とも止まる。
「…………」
「…………」
時計を見る。
午後八時十七分。
「誰じゃ?」
「知らん」
宅配便は頼んでいない。
嫌な予感しかしない。
栄人は重い身体を起こし、インターホンのモニターまで歩く。
モニターには二人の男女。
制服姿。
栄人は黙って目を閉じた。
『夜分失礼します』
現実は非常だった。
『こんばんわ、〇〇警察署の者です。春咲栄人さんのお宅でよろしいでしょうか。少しお話を伺いたいんですが』
「…………」
背後からネフィリアがひょこりと顔を出す。
「誰じゃ?」
「警察」
「ほう」
「たぶん……お前を盾にした件」
数秒。
ネフィリアの肩が震え始める。
「ぶっ――」
「おい」
「ぶはははははは!」
「笑うな!」
「本当に来おった! 仕事が早いのう!」
狭い部屋いっぱいに、魔神の笑い声が響いた。




