第四話 能力測定
能力測定のために案内されたのは、小さな体育館、トレーニング室のような施設だった。
意外なことに、この施設はビルの中に併設されていた。
貸し出されたジャージに着替えたネフィリアは、職員の指示で簡単な準備運動を済ませ、機器の並ぶ一角へ向かった。
「では、こちらを全力で握ってください」
「任せよ」
まずは握力測定。
ネフィリアが測定器を握り込む。
「ぬぬぬぬぬぬ……!」
白い頬を赤くし、細い腕をぷるぷる震わせる。
ピッ、と電子音が鳴った。
「二十三・一キロですね」
「どうじゃ!」
なぜか誇らしげで栄人の方を振り返る。
栄人は曖昧に頷いた。
「では、右は二十三キロで記録しますね」
「……もっと驚かんのか?」
「はい?」
職員は、ネフィリアの言葉に、あまりピンと来ていないようだった。
それも当然かもしれない。
栄人からしても、それほど高い数字だとは思わなかった。
続いて反復横跳び。
長座体前屈。
立ち幅跳び。
そして二十メートルシャトルラン。
『ドレミファソラシド――』
電子音に合わせてネフィリアが走る。
十往復。
二十往復。
三十往復。
最初は『余裕じゃな!』なんて軽口をたたいていたネフィリアだったが、軽やかだった足取りが、徐々に鈍る。
「なぜ……同じところを……延々と……!」
三十二回。
ネフィリアは線を越えられず、その場に膝をついた。
「終了です」
「こんなもの……何の意味があるんじゃ……」
「……そりゃ、体力を見るんだろ」
ぜいぜいと荒い息をしながら、力尽きた魔神は床にへたり込んでいた。
*****
すべての測定が終わり、しばらくして。
元のワンピース姿に着替えたネフィリアが、待合スペースにいる栄人のもとへ戻ってきた。
「どうだった?」
「完璧じゃ」
「所々、死にそうになってなかったか?」
「気のせいじゃろ」
妙に自信満々だった。ネフィリアはいつも根拠のない自信に満ちている。
その少し後、再び窓口に呼ばれたので、座って待っていると、結果を印刷した紙を手に職員がやってくる。
「お待たせしました。ネフィリアさんの測定結果がこちらになります」
机の上に紙が置かれた。
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測定結果 氏名:ネフィリア
身長 151.3cm
体重 42.8kg
握力 右23kg/左22kg
上体起こし 16回
長座体前屈 58cm
反復横とび 48回
20mシャトルラン 32回
50m走 8.5秒
立ち幅とび 164cm
ハンドボール投げ 14m
魔力測定
検出限界未満
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「…………」
栄人は紙を見る。
ネフィリアも見る。
職員が非常に言いにくそうに口を開いた。
「総合的には……一般的な十代女性の範囲ですね」
「…………」
「身体能力について、通常の範囲を大きく外れるような値はありません。強いていうなら、長座体前屈はかなり良いですね」
「ほれ!」
ネフィリアが復活した。
「うん、柔軟性はかなり高いと思いますよ」
「……柔軟性か」
魔神って柔軟性が高い種族なんだろうか。
「それと魔力についてですが、こちらは測定器の検出限界未満でした」
ネフィリアの動きが止まった。
「……なんじゃと?」
「測定上は、ゼロ、または極めて微量ということになります」
「嘘じゃろ?」
「いえ」
「わらわ、めっちゃ頑張ったぞ!?」
「最後など、ありったけの力を込めたのじゃぞ!」
どうやら相当本気だったらしい。
職員が困ったように笑う。
「測定機器が壊れておるのではないか? 魔力のやつじゃ!」
「先日、業者による校正を行ったばかりですので、その可能性は低いかと……」
「もう一度じゃ!」
「同じ測定はできますが、おそらく結果は……」
「そんな馬鹿な……」
ネフィリアが呆然とする。
そんなネフィリアの様子を見ていると、かわいそうになってくる。
「諦めような。帰りにプリン買ってやるから」
好物を話題に出しても、ネフィリアはピクリとも反応しなかった。
「すみません、続けてもよろしいですか?」
「あ、はい。どうぞ」
完全に黙り込んだネフィリアの代わりに、栄人が返事をする。
「こちらが、今回の検査と申告内容、これまでの記録を合わせた一次判定になります」
職員が紙の末尾を指した。
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身体能力:標準範囲
魔力:検出限界未満
ダンジョン内限定耐傷性:確認記録あり・原理不明
地上環境における他害性のある特殊能力:確認されず
一次危険度:極低
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「…………」
魔神の危険度はかなり低いらしい。
栄人は紙とネフィリアを交互に見る。
「これ、本当なんですか?」
「今回確認した項目と、現在までの記録の範囲では、ということにはなりますけどね」
「でも、この子、普通じゃないのは間違いないんですよ」
「ダンジョン内で傷を負わないという性質については、こちらにも記録しています。ただ、それ自体は現時点では他者に危害を与える性質とは確認されていません」
「……ああ、なるほど」
言われてみればそうだ。
異常ではある。
しかし、危険かと言われれば話は別なのだ。
「本人は魔神だって言ってるんですけど」
職員は一瞬だけ言葉に詰まった。
それから、ネフィリアに聞こえないようにするつもりなのか、ほんの少し声を落として言った。
「まあ……それも現状では、ご本人の自己申告ですので」
ネフィリアの肩が、さらに、がっくりと落ちた気がした。
「エイト」
「ん?」
「この国、滅ぼさんか?」
「魔力ゼロの一般人じゃ不可能だと思うぞ」
その言葉で、ネフィリアはさらに意気消沈したようだった。




