第八話 宣戦布告
# 第八話:宣戦布告
「西国、すべて謀反にございます。西の空は、黒田の赤旗で埋め尽くされております……!」
駿府城の奥の間。江戸幕府を開いた大御所・徳川家康は、相次ぐ凶報にただ黙然と座していた。九州、中国、そして四国。日ノ本の西半分がわずか数ヶ月で完全に敵陣へと染まり、瀬戸内海の制海権まで奪われた。かつて関ヶ原で自らが築き上げた豊臣包囲網は、今や完全に逆転し、「徳川包囲網」となって東国を締め上げようとしていた。
「如水……やはり、生かしておくべきではなかったか」
家康は深く息を吐くと、机を激しく叩いた。
「もはや小細工は無用。全軍に通達せよ。異国の富を貪る西国の狗どもを、数の力で圧し潰す。余自ら、三十万の東軍を率いて西征する!」
慶長十八年(一六一三年)春。江戸、そして東国諸藩から集結した三十万の徳川大軍が、地鳴りを響かせながら東海道・中山道を西上し始めた。それはまさに、幕府の威信をかけた「絶対的な暴力」の行進であった。
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一方、豊前・中津城。
西国大連合の盟主となった黒田如水の体は、病魔によって確実に蝕まれていた。咳き込むたびに白い布が赤く染まる。自身の命の灯火が残り少ないことを、誰よりも如水自身が悟っていた。
「父上、もうお体に障ります。近畿への出陣は、この長政にお任せくだされ」
枕元でそう訴えたのは、長男の黒田長政であった。かつて関ヶ原で家康の勝利に大功を挙げた男が、今は徳川と決別し、黒田の嫡男として父の壮大な野心に命を懸ける覚悟を固めていた。
如水は長政をじっと見つめ、微かに微笑んだ。
「長政よ。お主が関ヶ原で家康のために走り回った時、私は『なぜ空いたもう一方の手で家康を刺さなかった』と叱ったな。……覚えているか」
「はっ。身に染みて覚えております」
「今、その『左手』が、家康の喉元へ届こうとしているのだ。この官兵衛の人生、最後の盤面だ。病ごときに邪魔はさせん」
如水は長政の手を強く握り返した。その掌には、死を目前にした者とは思えぬほどの、恐るべき執念が宿っていた。
「清正殿はすでに播磨へ入り、姫路城を拠点に防衛線を敷いている。島津の鉄砲隊も、毛利の水軍も、私の指示を待っておる。……長政、我が黒田の全軍を率いて、私を大坂へ連れて行け。家康との決着は、私がつける」
「――御意!」
長政は涙を堪え、力強く頭を下げた。
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数日後、九州王国の本陣は大坂城、そして播磨へと進出した。豊臣秀頼の「錦の御旗」が再び畿内の空に翻ると、かつて豊臣に恩顧のあった近畿・中部の浪人や小名たちが、続々と王国軍へと合流してきた。
迎え撃つ西国大連合、その数およそ二十万。
押し寄せる徳川東軍、三十万。
日ノ本を再び二分する「第二の関ヶ原」の舞台は、かつて官兵衛が若き日に駆け抜けた故郷――播磨、そして摂津の地へと定められた。老いた二人の覇王、家康と官兵衛。それぞれの執念と天下への思いが、近畿の地でついに激突しようとしていた。




