第六話 怨嗟の長州
# 第六話:怨嗟の長州
九州王国が異国の富で軍備を拡張していく一方、関門海峡を隔てた対岸の防長二カ国(周防・長門)では、重苦しい沈黙と怨嗟の念が渦巻いていた。
毛利家――。
かつて山陰山陽十一カ国、百二十万石を誇った西国の雄である。しかし慶長五年の関ヶ原において、総大将でありながら大坂城から動かなかった毛利輝元は、徳川家康の非情な戦後処理によって、周防・長門わずか二十九万石への苛烈な減封を言い渡されていた。
城を追われた多くの家臣が路頭に迷い、残された者たちもまた、徳川への復讐の炎を胸の奥で燻らせていた。
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慶長十七年、秋。萩城の奥の間。
毛利輝元は、目の前に座る老人を前に、驚きを隠せずにいた。
商人に変装して関門海峡を渡ってきた男――黒田如水である。
「如水殿、正気か。秀頼公を擁して『九州王国』を立ち上げたかと思えば、今度は我が毛利を巻き込む気か。これ以上、毛利を窮地に追い込まんでくれ」
輝元の声には、家康への恐怖と、過去の敗北による諦念が滲んでいた。
だが如水は、水面のように静かな目で輝元を見つめると、懐から一振りの錆びた刀を取り出して、静かに床へ置いた。
「輝元殿。これは関ヶ原の折、我が息子・長政が、貴殿の従兄弟・吉川広家へ送った不戦の誓書。……あの時、我が黒田も、吉川も、徳川の『毛利の領地は安堵する』という甘言に騙された。その結果が、この二十九万石への押し込めだ。黒田もまた、家康に欺かれた被害者よ」
如水はゆっくりと頭を垂れた。
「我が黒田が、毛利を裏切った罪は認めよう。……しかし輝元殿、このまま徳川に這いつくばり、毛利の血が枯れ果てるのを待つのが、元就公の孫たる貴殿の矜持か?」
「如水……!」
輝元が息を呑む。如水はすかさず、長崎の貿易で得た莫大な金銀の目録と、南蛮製の最新式鉄砲の図面を輝元の前へ滑らせた。
「九州王国には、家康の度肝を抜く富と兵器がある。加藤清正も、島津義弘も、命を賭して秀頼公を守る覚悟だ。そして、ここには主上(天皇)からの密勅もある。今一度、豊臣のために――そして毛利の誇りのために、我らと結んで立ち上がってはくれぬか」
その時、静かに襖が開いた。
輝元の世嗣、毛利秀就である。若き武将は如水の前で平伏し、父を真っすぐに見据えた。
「父上、もう徳川に阿るのはおやめくだされ! 萩の浜からは毎日、九州から送られてくる南蛮船の影が見えます。黒田殿は本気で家康を倒す気だ。この機を逃せば、毛利は二度と立ち上がれませぬ!」
秀就の瞳には、かつて祖父たちが持っていた覇気が宿っていた。
輝元は目を閉じ、深く息を吐いた。
やがてゆっくりと目を開くと、如水の手を固く握りしめた。
「如水殿。毛利の二十九万石、すべてをこの賭けに投じよう。……家康の首を、必ずや我が毛利の足元に転がして見せる」
「応!」
かつて関ヶ原で敵味方に分かれた黒田と毛利が、十余年の時を経て、固く手を結んだ。
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さらに如水は、毛利の一族でありながら関ヶ原で西軍を裏切った罪悪感に苛まれていた小早川秀秋(本作では生存)の調略にも成功する。小早川が支配する筑前(福岡)の全軍もまた、九州王国へと合流することとなった。
中国地方が、完全に徳川への反旗を翻した。
家康が江戸から送り込もうとする東軍の進路を阻むように、長州の地に「不落の壁」がそびえ立つ。如水の描く包囲網は今や関門海峡を越え、本州の喉元を締め上げ始めていた。
次なる狙いは、瀬戸内海の対岸――四国である。




