第四話 建国、九州王国!
# 第四話:建国、九州王国!
「大坂城から、秀頼公の御姿が消えた――」
その報が江戸城の徳川家康のもとに届いた時、老いた覇者の顔は驚愕と怒りで凄まじく歪んだという。大坂城に残された淀殿は「秀頼は神隠しに遭うた」としらを切り通したが、家康の鋭い眼が、遥か西の果て、あの「黒い軍師」の影を見逃すはずがなかった。
「如水め……生きておったか、あの化け物が!」
家康は即座に日ノ本全土へ大令を発した。黒田、加藤、島津を「天下の謀反人」と断定し、朝廷を動かして彼らを「朝敵」に指定せんとしたのである。
しかし、黒田如水の動きはその遥か先を行っていた。
慶長十七年(一六一二年)初春。
豊臣秀頼を奉じた如水、加藤清正、島津義弘の三将は、熊本城の大広間に九州諸大名、そして国人衆の代表を集め、歴史を覆す大宣言を行った。
広間の最奥、上段の間には、気品に満ちた佇まいの豊臣秀頼が座している。その傍らに控える如水が、朗々たる声で一同に呼びかけた。
「徳川内府(家康)は、太閤殿下の遺言を破り、大坂を窮地に追い込み、豊臣の血を絶やそうとした。これこそが天下の義に背く大逆無道なり! 我らはここに秀頼公を奉じ、徳川の不義守旧の牙城たる江戸幕府と決別する!」
如水は一呼吸置き、集まった者たちの顔を見据えた。
「これより、この筑紫(九州)の地を、江戸の手の届かぬ独立の国――『九州王国』と成す!」
広間にどよめきが走る。朝敵となる恐怖に身を震わせる者もいた。だが、如水はすかさず懐から一通の書状を取り出し、高く掲げた。
「恐れるな! これは公家衆を通じて密かに入手した、主上(天皇)からの密勅である。真の朝敵は、武力で朝廷を脅かす徳川家康であると、天子様も仰せだ。我らにこそ、正義(錦の御旗)がある!」
それは如水が公家たちへ莫大な賄賂を贈り、巧妙に仕組んだ偽りの、しかし誰も反論できぬ見事な「大義名分」であった。秀頼という神輿、そして錦の御旗。この二つが揃った瞬間、諸将の迷いは吹き飛んだ。
「秀頼公のために!」「九州の意地を見せてやる!」
地鳴りのような勝鬨が、熊本城を揺るがした。
新格たる「九州王国」の体制は、如水の知略によって瞬く間に整えられていった。
元首には当然、豊臣秀頼を戴く。そして、国政と軍事を司る最高評定衆(執政)として、黒田如水、加藤清正、島津義弘の三人が就任した。
清正は「王国総追捕使(最高軍司令官)」として、九州全土の防衛線の構築を急いだ。
「徳川が攻めてくるなら、関門海峡か、あるいは海路しか大軍は動かせん。門司と赤間関(下関)を要塞化し、一兵たりとも九州の土は踏ませぬ!」
清正の言葉通り、関門海峡には瞬く間に巨石を用いた堅牢な砦が築かれていった。
一方、島津義弘は、薩摩の精強なる兵を率いて「南方の守護」と、王国独自の「官位・法度」の制定を進め、豊臣の旧臣や西国で改易された浪人たちを次々と王国の直属軍へ組み入れていった。
そして、如水自身は微笑みながら、水鉢の水を指で弄んでいた。
「家康め、我らを討つべく、諸大名に動員令をかけたな。だが、お主の足元はそれほど強固かな?」
如水が見据えていたのは、軍事力だけではなかった。大軍を維持し、徳川という巨人を打倒するためには、江戸幕府を凌駕する「莫大な富」が必要不可欠である。
「清正殿、島津殿。大義名分と兵は揃った。次は、この国を日ノ本で最も豊かな国にする。南へ、そして海へ目を向けるのだ」
如水の視線は、九州の枠すら飛び越え、遥か南蛮、明国、そして琉球へと向けられていた。徳川家康が鎖国的な中央集権を築こうとする中、官兵衛の「海の戦略」が、いま静かに幕を開けようとしていた。




