第二十ハ話 海の利権と東シナ海の平和
# 第三部 第八話:海の利権と東シナ海の平和
北京を奪還し、華々しく産声をあげた「アジア合議評議会」。豊臣国松、黒田忠之、そして鄭成功ら若き三匹の龍は、経済の結びつきによって東アジアを一つにする大改革に奔走していた。
鄭成功が率いる大朱印船・鄭氏連合艦隊は、長崎、博多、大坂、そして北京の外港たる天津や、朝鮮の釜山を一本の巨大な海上ハイウェイで結んだ。大陸の極上の絹や茶、磁器が日ノ本へと流れ、日ノ本で鋳造された高品質な鉄や銀が大陸の復興を支える。
武力ではなく、互いがなくてはならない「富の循環」によって平和を縛る。若者たちは、自分たちの世代でついに戦国が終わったのだと確信していた。
しかし、北方の峻烈なる荒野で牙を研ぎ続けていた清国の皇帝ホンタイジは、彼らが考えるほど甘い男ではなかった。
「日ノ本が火器で勝ったというなら、我が八旗も火器を従えるまで」
ホンタイジは、捕らえた明国の技術者や、西欧から流れ着いた武器商人を破格の富で雇い入れ、わずか数年の間に、驚異的な軍事改革を成し遂げていたのである。
清国軍は、伝統の無敵騎馬に加え、南蛮直系の超大型大砲**「紅夷砲」**を独自に大量鋳造。さらに、前線部隊には日本軍を模倣したフリントロック式の銃兵隊を配備し、軍隊そのものを「近代化」させていた。
寛永二年(一六二五年)秋。その牙が、ついに評議会の生命線へと剥かれた。
「急報! 清国軍、突如として長城を越え、怒涛の勢いで南下!……その数、十五万!」
北京の評議会本部に、息を切らせた使者が飛び込んできた。
しかも今回の進撃は、かつてのような略奪目的の乱入ではなかった。清国軍は、日明の補給線である渤海湾の沿岸都市を精密な連携で次々と孤立させ、その巨大な大砲の火力をもって、力任せに防衛線を粉砕してきたのである。
「馬鹿な……! 奴らは陸の民族のはず。なぜ我が方のカノン砲に匹敵する大砲をそれほど持っているのだ!」
黒田忠之が、机を叩いて驚愕した。
「悔やんでいる暇はありません、忠之殿!」
豊臣国松が、父・秀頼から譲り受けた陣羽織を翻して立ち上がった。
「敵の狙いは、北京の孤立、そして我らの富の源泉である東シナ海の港湾を破壊すること。今こそ、我ら新世代が誓った『連合義勇軍』の真価を見せるときです!」
国松、忠之、そして鄭成功は、評議会直属の義勇軍三万を率い、北京近郊の要衝・通州の平原へと急行した。
平原で対峙した両軍。
若き龍たちの前に現れたのは、かつて父たちが破った「旧時代の騎馬軍」ではなかった。整然と並んだ清国軍の中央には、巨大な鉄筒――紅夷砲が数十門、不気味に砲口を並べている。
「若造どもに、中原の真の支配者が誰かを教えてやれ。放て!」
清国の宿将ドルゴンの号令とともに、大地を揺るがす轟音が響き渡った。
ズガァァァン!!!
凄まじい風切り音とともに飛来した巨弾が、日本・明連合軍の最前列に直撃した。防壁として築かれた土塁が、一撃で木端微塵に粉砕される。
「なっ……!?」
忠之が目を剥いた。射程、威力ともに、日ノ本が誇る南蛮砲と完全に互角。いや、数においてはそれを凌駕していた。
「怯むな! 三段撃ちで応戦せよ!」
忠之が叫び、黒田・豊臣の銃兵隊が一斉に銃撃を放つ。しかし、清国軍はそれを見越していたかのように、頑強な鉄の盾を持った歩兵を前面に押し立て、弾丸を弾きながら距離を詰めてくる。さらに、その隙間から、近代化された清国の銃兵が一斉射撃を返してきた。
ズガガガガガッ!!
激しい硝煙のなか、今度は連合軍の兵たちが次々と倒れていく。
「これが……進化した八旗軍の力か……!」
国松は、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
自分たちは、平和の仕組み(評議会)を作ったことで満足し、敵の執念を侮っていたのだ。アジアの主導権をかけた戦いは、美しき理想の時代を超え、凄惨極まる「近代総力戦」の泥沼へと突き進もうとしていた。
(第8話・完)




