第二十五話 真田の赤揃え、中原を駆ける
# 第三部 第五話:真田の赤備え、中原を駆ける
揚子江大回廊での大敗は、瀋陽に拠る後金の大ハン・ヌルハチを震撼させた。南下を完全に阻まれた後金軍は、日明連合の戦術が「守る戦」から「攻める戦」へと切り替わったことを知る。
元和十年(一六二四年)秋。
最高海軍提督・黒田長政が次なる一手として放ったのは、明国の悲願たる**「北京奪還作戦」**であった。
鄭芝龍の大船団が渤海湾の制海権を完全に掌握し、海上から物資を湯水のように補給する。その強力な支援を背に、山海関を越えて中国最大の平原――中原へと進出を果たしたのは、日ノ本が誇る陸戦の二大巨頭、加藤忠広と真田幸村の精鋭一万五千であった。
「ここが太閤殿下も夢見た大陸の地か。広いな」
加藤忠広が、愛槍の片鎌槍を握り直し、果てしなく広がる大地を見渡した。
「ええ。なれど、広い平原こそ奴らの独壇場。油断召されるな、忠広殿」
その傍らで、全身を真紅の甲冑で固めた真田幸村が、冷静に言った。彼の背後には、六文銭の旗印をなびかせる「真田の赤備え」の銃兵隊が、整然と陣を敷いている。
後金側も黙ってはいない。都を守るため、ヌルハチの命を受けた最強の宿将・ドルゴンが、後金最強の重装騎馬軍団「正黄旗」を中心に、三万の騎兵を率いて迎撃に現れた。
平原の彼方、砂塵を巻き上げて現れた黒い騎馬の波。彼らは明国の数百万の軍勢を震え上がらせてきた、大陸無敗の象徴であった。
「日ノ本の島国者が、中原の広さを知らぬまま這い出てきたか! 蹄の錆にしてくれよう!」
ドルゴンの号令一発、三万の八旗兵が、大地を割るような大轟音とともに突撃を開始した。
地響きが武者たちの足元を揺らす。並の軍勢であれば、その威圧感だけで陣を崩して逃げ出すほどの圧倒的な突進力であった。
「加藤の兵よ、盾となれ!」
忠広が叫ぶ。最前線に並んだ加藤軍の兵たちが、南蛮の鋼鉄で補強された巨大な「置き盾」を地面に突き立て、強固な防壁を築いた。
ズガァァァン!!
後金の騎馬隊が放つ、鉄をも貫く強弓の矢の雨が盾に突き刺さる。しかし、日本の防備は破れない。
「真田隊、前へ!」
幸村が十文字槍を掲げると、盾の隙間から赤備えの銃兵たちが一斉に姿を現した。彼らが手にするのは、連射性と確実性を極限まで高めた最新鋭の「フリントロック(火打ち石式)ゲベール銃」である。
「敵を十分に引き付けよ……今だ、放てっ!!」
ズガガガガガッ!!!
平原に雷鳴が轟いた。統制された三段撃ちの弾幕が、突撃してくる後金騎馬の最前列を容赦なく薙ぎ払う。銃弾は馬の肉体を打ち砕き、重装の鎧を貫いた。
「怯むな! 筒の弾が切れる瞬間を狙って踏み潰せ!」
ドルゴンが叫び、第二陣の騎馬がさらにスピードを上げる。
しかし、幸村の戦術はそれだけでは終わらない。
「地雷火、点火!」
ドン! ドガガガァン!!
かつて官兵衛が播磨で徳川家康の軍勢を葬り去った、あの「埋設爆薬」の計略が、中原の広大な大地に仕掛けられていた。後金軍が進撃ルートに選んだ平原の要所が、激しい炎とともに次々と爆発する。馬たちは狂乱し、無敗を誇った八旗兵の密集陣形は、戦う前に内側から完全に崩壊していった。
「陣形が乱れたぞ! 今こそ突撃せよ!」
加藤忠広が片鎌槍を高く突き上げ、自ら先頭に立って敵陣へと突っ込んだ。
「チェストォォォッ!!」
島津の示現流を学んだ加藤の剛の者たち、そして「真田の赤備え」の武者たちが、混乱する後金軍の真っ只中へと斬り込んでいく。
白兵戦になれば、日本の武士たちの独壇場であった。忠広の片鎌槍は後金の将校を馬から引きずり落とし、幸村の十文字槍は風を裂いてドルゴンの本陣へと迫る。
海からの完璧な補給、近代的な銃撃陣形、そして官兵衛譲りの地雷火の知略。これらすべてが完璧に噛み合った日明連合軍の前に、後金最強の「正黄旗」は壊滅し、ドルゴンは数千の敗残兵とともに、北京へと命からがら逃げ帰るしかなかった。
中原の広大な平原に、豊臣の五七の桐と、黒田の藤巴、そして真田の六文銭の旗が、夕日を浴びて誇らしげに翻った。
「長政殿、中原の道は開けましたぞ」
幸村は血を拭いながら、遥か北に見える都の空を睨みつけた。
無敗の八旗兵を陸の上で完全に打ち破った。この大勝利により、日明連合軍による「北京奪還」は、もはや時間の問題となったのである。
(第5話・完)
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