第二十四話 揚子江大回廊の激突
# 第三部 第四話:揚子江大回廊の激突(水軍対騎馬軍)
朝鮮半島・釜山における「三塞の布陣」での大敗は、北京の紫禁城にいた清国の皇帝ホンタイジに凄まじい衝撃を与えた。
日ノ本の軍事力が、単なる「海の海賊」の域を遥かに超え、近代的な火器と築城術、そして冷徹な地政学戦略に基づいていることを悟ったのである。
「日ノ本を侮るな。奴らは明の遺臣を操り、我が国の背後を脅かす巨大な病巣だ。ならば、奴らの富の源泉である南の海、そして中国南部(南明)の交易路を根こそぎ断ってくれよう」
ホンタイジは、自ら二十万の大軍を率いて南下を開始。明国の残存勢力と日ノ本の通商網が息づく、中国南部の大動脈――揚子江(長江)流域の完全制圧へと動き出した。
元和十年(一六二四年)春。
茶や絹の産地として知られる江南地方の命綱ともいうべき、広大な揚子江の水面を、数千隻の船団が埋め尽くしていた。
豊臣の五七の桐、黒田の藤巴、そして明国の再興を掲げる鄭芝龍率いる「鄭氏水軍」の旗印。これが、日明連合が誇る「揚子江大回廊特遣艦隊」であった。
最高海軍提督・黒田長政は、漆黒の旗艦「如水丸」の甲板に立ち、濁流が渦巻く大河の先を睨んでいた。
「長政殿、敵の先遣隊が、対岸の武昌周辺に陣を敷きました。その数、およそ五万。すでに渡河のための筏や舟を大量に建造中とのことです」
鄭芝龍が、海の男らしい日焼けした顔を歪めて報告する。
清国軍は、本来は陸の騎馬民族である。しかし彼らは明国から投降した地方水軍を吸収し、急造の河川艦隊を組織して、一気に揚子江を渡り南進する構えであった。
「我らを海に引きずり込もうとした長政殿の策、今度はホンタイジが陸へ引きずり込もうというわけか。面白い」
副将の毛利秀就が、船縁を叩いて笑う。
「案ずるな、毛利殿。大河とはいえ、ここは水の上だ」
長政の瞳に、父・官兵衛譲りの冷徹な知略の光が宿る。
「敵の舟は急造のもの。川の流れを読む練度も浅い。我が黒田、毛利、そして鄭殿の海の技術をもってすれば、大河を『動く城壁』と化すことができる。全艦、一列に連なり、河の中央を完全に封鎖せよ。敵が渡河を試みた瞬間、一網打尽にする!」
数日後、朝霧が立ち込める揚子江に、清国軍の無数の太鼓の音が響き渡った。
「突撃せよ! 日ノ本の不届き者を水底に沈め、南の富を奪い取るのだ!」
清国の将・ドードー率いる八旗兵と急造水軍が、数千隻の舟に分乗し、怒涛の勢いで川の中流へと漕ぎ出してきた。彼らは舟の上からでも恐るべき精度の強弓を放ち、日本の艦隊へと矢の雨を降らせる。
しかし、長政が待ち望んでいたのは、まさにこの「敵が川の中央に密集する瞬間」であった。
「全艦、霧を払え! 舷側砲、一斉に……放てっ!!」
長政の号令とともに、揚子江の水を割るような大轟音が炸裂した。
ドォン!! ドォン!! ズガァァン!!
日本の大朱印船、そして毛利の関船から放たれた南蛮製のカノン砲と、明国伝統の火器「大将軍砲」が、清国の急造舟の群れへと容赦なく降り注ぐ。直撃を受けた舟は木っ端微塵に粉砕され、装甲を持たない清国兵たちは、重い甲冑を着たまま次々と揚子江の濁流へと飲み込まれていった。
「な、何という火力だ! これが海の国の戦か!」
ドードーが驚愕する間もなく、鄭芝龍率いる快速火船(爆薬を積んだ突撃船)が、清国軍の陣形の中央へと突入し、次々と自爆を敢行した。川面はたちまち赤黒い炎と黒煙に包まれ、さながら「揚子江の赤壁の戦い」の様相を呈した。
さらに、川岸に退避しようとする清国の騎馬隊に対し、小早川の水軍が浅瀬から接近し、新式のフリントロック銃による猛烈な一斉射撃を浴びせる。
水上での練度の差、そして圧倒的な火力の差――この二つが完全に噛み合った日明連合軍を前に、清国の誇る大軍勢は機動力を完全に奪われ、大河を血で染めて潰走するしかなかった。
夕暮れ時。炎上する清国の舟の残骸が流れる揚子江の川岸で、長政は勝鬨を聞いていた。
この「揚子江大回廊の戦い」での大勝利により、日明連合軍は中国南部の守りを完全に掌握し、清国の南下を阻止することに成功したのである。
しかし、長政の視線はすでに、さらに北の地――清国の心臓部である「北京」へと向けられていた。
「これで南の憂いは消えた。鄭殿、次はいよいよ、奴らの奪った都を奪還する時だ」
東アジアの歴史を塗り替える、日本・明亡命政府による「北京奪還作戦」の火蓋が、いま切られようとしていた。
(第4話・完)




