第二十三話 朝鮮半島の危機と三塞の布陣
# 第三部 第三話:朝鮮半島の危機と「三塞」の布陣
元和九年(一六二三年)冬。朝鮮半島は、北からの凍てつく木枯らしとともに、かつてない戦火の煙に包まれていた。
長城を越えて中原を蹂躙した清国の宿将・アジゲ率いる五万の「八旗兵」は、瞬く間に朝鮮半島の首都・漢陽を制圧。その勢いのまま、一気呵成に半島を突き抜け、日本軍が陣を敷く最南端・慶尚道の釜山へと迫っていた。彼らが乗る満洲馬の蹄の音は、大地を震わせ、逃げ惑う人々に絶望を与えていた。
しかし、釜山港の周辺は、わずか数ヶ月の間に異様な変貌を遂げていた。
「敵の斥候(物見)が見えました! その数、およそ数百!」
釜山城の頑強な石壁の上で、加藤忠広の配下の兵が叫んだ。
忠広が守る「第一の塞」釜山城は、かつて父・清正が築いた蔚山倭城の縄張りに、南蛮伝来の最新築城術と石灰岩を用いた堅牢な補強を融合させた、近代的要塞へと生まれ変わっていた。四方に死角なく大砲を配し、城の周囲には幾重もの深い空堀と、馬の足を止める鉄条網(逆茂木)を張り巡らせている。
「よし、引き付けよ」
忠広は、父譲りの長烏帽子形兜を揺らし、不敵に笑った。
「陸の王者がどれほどのものか、我が加藤の『盾』で試してくれよう」
地平線を黒く染めて現れた清国の騎馬軍団は、日本の防衛線を見るや、雄叫びをあげて突撃を開始した。彼らはこれまでの明国との戦いと同じく、圧倒的な機動力と強弓によって、一気に蹂躙する腹づもりであった。
だが、彼らが要塞の射程圏内に入った瞬間、海が鳴った。
ドォン!!! ドォン!!!
「第二の塞」巨済島、そして「第三の塞」順天から出撃した毛利秀就・小早川の水軍、さらには鄭芝龍率いる明国残存艦隊が、釜山湾の海上一面に不気味な黒い巨体を並べていた。彼らが一斉に放った艦砲射撃の鉄球が、海岸線を進む清国軍の右翼へと容赦なく炸裂した。
「な、何だこの爆音は!? 海から雷が降ってきたぞ!」
地響きのような大爆発に、清国の軍馬が狂乱し、次々と乗り手を振り落とす。陸しか知らぬ八旗兵にとって、射程数キロを誇る日本の艦砲射撃は、想像を絶する恐怖であった。
「うろたえるな! 直進せよ! 城を落とせば海の船など無力だ!」
清国の将校が必死に兵を鼓舞し、混乱を立て直して釜山城へと突撃を敢行する。
しかし、城壁の上には、真田幸村率いる「真田の赤備え」の銃兵隊が、不気味なほど静かに銃口を並べて待っていた。彼らが手にするのは、南蛮貿易で量産化に成功した、火縄のいらない最新式フリントロック(火打ち石式)ゲベール銃である。
「放てっ!!」
幸村の号令とともに、統制された連続射撃が開始された。
ズガガガガガッ!!!
硝煙が戦場を包む。従来の火縄銃とは比較にならない連射速度と威力を前に、清国の誇る重装騎馬兵たちが、城壁に近づくこともできず次々と泥の中に崩れ落ちていった。さらに、鉄条網に足をとられた馬たちへ、加藤忠広率いる陸戦隊が容赦ない横槍を浴びせる。
海からの猛砲撃、そして陸の要塞からの圧倒的な銃撃。
長政の狙い通り、清国軍は自慢の機動力を全く活かせぬまま、凄まじい鉄の暴風の中に閉じ込められたのである。
数日間にわたる激闘の末、釜山城の周囲には、数千の清国兵の屍が積み上がった。遠く北方の平原から無敗で勝ち進んできた八旗軍にとって、初めて味わう完膚なきまでの大敗北であった。
「退け! 一旦、漢陽まで退けい!」
宿将アジゲは、血に染まった旗を翻し、残った兵を引き連れて北方へと命からがら敗走していった。
戦塵の収まらぬ釜山城の天守にて。
勝利の勝鬨が響き渡るなか、最高海軍提督・黒田長政は、甲冑姿で海を見つめていた。その表情に緩みはない。
「ひとまず、第一陣は退けた。なれど、清国の本質は粘り強さにこそある。ホンタイジは必ず、さらに巨大な軍勢を率いて自ら動くはずだ」
長政の隣で、真田幸村が十文字槍を肩に担ぎながら頷いた。
「受けて立ちましょう、長政殿。奴らが引かぬなら、次はこちらが大陸へ打って出るまで」
釜山での大勝利により、「三塞の布陣」の正しさは証明された。しかしそれは、東アジアの覇権をかけた日本・明連合軍と清国との、さらに深く長い戦いの序章に過ぎなかった。次なる戦いの舞台は、中国南部の大河――揚子江(長江)へと移ろうとしていた。
(第3話・完)
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