第二十二話 大坂の決断と三塞の布陣
# 第三部 第二話:大坂の決断と「三塞」の布陣
大坂城に「明国亡命政府」が樹立されたという報は、瞬く間に東アジアの海を駆け巡った。
清国(後金)の皇帝ホンタイジは、北京の紫禁城にあって激怒した。大陸のすべてを飲み込もうとする新興の「龍」にとって、海の向こうから明の残党を支援せんとする日ノ本の存在は、喉元に突き立てられた匕首にほかならなかった。
「日ノ本が亡霊を担いで我が清国に仇なすというのなら、まずはその足がかりから叩き潰してくれようぞ」
ホンタイジが目を向けたのは、大陸と日ノ本を繋ぐ陸の回廊――朝鮮半島であった。清国は、日本軍が海を渡って本格上陸してくる前に、背後の憂いである李氏朝鮮を完全に屈服させ、日本挟撃の拠点とすべく、十万の八旗騎兵軍団を南下させたのである。
「報告! 清国の軍勢、怒涛の勢いで義州を突破! 朝鮮朝廷は首都・漢陽を捨て、南の江華島へ逃れるも、全土が包囲されつつあります!」
大坂城の作戦室。世界大地図を前に、黒田長政は素破がもたらした緊迫した戦況を睨みつけていた。
「やはり、朝鮮半島を血に染めて我らを誘い出す構えか」
加藤忠広が片鎌槍の柄を激しく畳に打ち付けた。
「長政殿、朝鮮朝廷からは泣きつくような救援の使者が届いております。かつて我が父・清正が戦ったあの地を、今度は救うために駆けつける。これ以上の大義はございませぬ。我が肥後軍、ただちに出陣いたします!」
「待たれよ、加藤殿。焦りは禁物だ」
長政は地図の朝鮮半島南部、特に釜山から慶尚道にいたる沿岸部を指差した。
「陸の八旗兵の突撃力は、万里の長城を粉砕するほど苛烈。まともに平原でぶつかれば、いかに我が方の銃兵といえど、数と勢いに圧殺されかねん。なれど、奴らには致命的な弱点がある。……水(海)を恐れることだ」
長政の目が、かつて父・官兵衛が水鏡に見出していた鋭い光を帯びる。
「かつて太閤殿下の戦(文禄・慶長の役)の際、我が日本軍は全土を占領しようとして兵力を分散させ、補給線を断たれて苦しんだ。ならば今回は逆を行く。朝鮮の全土を救おうとするのではなく、南部沿岸に絶対の防衛線を築き、敵の補給が切れるのを待つ。……名付けて**『三塞の布陣』**だ」
長政の提案した戦略は、大胆かつ冷徹なものであった。
* **第一の塞(守りの要):釜山城**
加藤忠広率いる陸戦隊が守備を固め、最新のコンクリート技術と南蛮式大砲を配備した「不落の要塞」へと瞬く間に改築する。
* **第二の塞(富の要):巨済島**
明国の遺臣・鄭芝龍の艦隊と、島津忠恒の薩摩水軍が駐屯。ここを補給基地とし、東シナ海の制海権を完全に維持する。
* **第三の塞(遊撃の要):順天**
毛利秀就、小早川の水軍が布陣。機動力を活かし、陸上を進む清国軍の側面から艦砲射撃を浴びせる。
「この三つの拠点を鉄壁の鎖で繋ぎ、清国軍を海の届く限界まで引き付け、干からびさせる。陸の戦いを、海の戦いに引きずり込むのだ」
上段の間で聞いていた豊臣秀頼が、力強く頷いた。
「見事な計略だ、長政。かつての戦いの反省を生かし、朝鮮の地を『侵略の地』から『東アジア防衛の要石』へと変えるのだ。全軍、三塞の布陣へ向けて出陣せよ!」
「ははっ!」
元和九年、秋。朝鮮半島最南端の釜山港。海を埋め尽くさんばかりの漆黒の大朱印船から、次々と日本の武者たちが上陸を開始した。加藤忠広率いる蛇の目の旗印、真田幸村率いる六文銭の赤備え、そして黒田の藤巴。かつて朝鮮の民を恐怖に陥れたその旗印が、今は清国の猛威から半島を救う「盾」として、釜山の空に翻った。
「来たか、日ノ本の使徒どもめ」
釜山を見下ろす北の山々には、すでに清国の先遣隊である黒い騎馬兵たちの姿があった。彼らの手には、明国を滅ぼした血塗られた大刀が握られている。
アジアの覇権をかけた「日本・明亡命政府」と「清国」の最初の激突が、いま、風雲急を告げる朝鮮の地で幕を開けようとしていた。
(第2話・完)




