第二話不穏なる三者会談
# 第二話:不穏なる三者会談
黒田如水が九州北中部を瞬く間に切り取ってから数日後、遠く関ヶ原から、地鳴りのような報せが届いた。
「関ヶ原、決着! 石田治部少輔(三成)、敗れて捕縛! 徳川内府(家康)殿、勝利!」
一ヶ月に及ぶ泥沼の死闘は、西軍の自滅に近い形で幕を閉じた。大坂でこの報を聞いた如水の嫡男・長政は、徳川の勝利に貢献した安堵とともに、急ぎ豊前の中津城へ書状を送った。その文面には「これで黒田の安泰は約束されました。父上もただちに軍を収め、内府殿へ戦勝の祝辞をお送りくだされ」と、若者らしい歓喜が躍っていた。
だが、中津城の陣座でその書状を読んだ如水は、鼻でせせら笑った。
「長政め、相変わらず木を見て森を見ぬ奴よ。家康が勝ったということは、奴が名実ともに天下の覇権を握ったということ。ならば、次に奴がすることは一つしかない」
如水は書状を蝋燭の火にくべた。ゆらゆらと燃え上がる炎を見つめながら、傍らに控える栗山四郎兵衛に命じた。
「四郎兵衛。肥後の加藤清正、そして薩摩の島津義弘に使いを出せ。三者で会談を行いたい。場所は肥後と豊後の国境、内牧(阿蘇)の地だ、とな」
「島津に、ございますか?」
四郎兵衛が怪訝そうな顔をした。「島津は西軍として関ヶ原を戦い、敵中突破してはるばる薩摩へ逃げ帰ったばかり。徳川にとっては一等の謀反人でございます。これと交われば、黒田も幕府から目を付けられかねませぬ」
「だからこそよ」
如水は不敵に笑った。
「家康の天下になれば、我ら外様の大名など、難癖をつけられて順に潰されるだけだ。島津も清正も、それを一番恐れている。生き残る道は、一つしかない」
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数日後。阿蘇山を望む内牧の仮陣所。
張り詰めた緊張感の中、三人の男が対峙していた。
黒田如水。関ヶ原の背後で東軍として動きながらも、如水の急拡大を警戒していた肥後の猛将・加藤清正。そして、「島津の退き口」と呼ばれる壮絶な退却戦を演じ、満身創痍ながらも薩摩の意地を背負って現れた島津義弘。
沈黙を破ったのは、豊臣家への絶対の忠義を胸に秘める清正だった。
「黒田殿、お騒がせな御隠居殿よ。関ヶ原のどさくさに紛れ、九州の半分を瞬く間に召し捕るとはな。内府殿(家康)は、貴殿の動きをすこぶる不気味がっておられるぞ」
「清正殿、それはお互い様であろう」
如水は静かに返した。
「貴殿もまた、西軍の小西行長の領地(宇土城)をまたたく間に切り取った。内府殿のために動いたと弁明するつもりだろうが、内府殿の眼から見れば、我らの動きは『油断ならぬ牙』にしか映らぬのだ」
続いて、鋭い眼光を放つ島津義弘が、低く濁った声で口を開いた。
「我が島津は徳川を敵に回した。いずれ、徳川の大軍が薩摩へ押し寄せてこよう。……官兵衛殿、お主は我らを徳川へ差し出す手土産にするために、ここへ呼んだか?」
その言葉に、清正の身体が微かにこわばる。
如水は二人を見つめ、ゆっくりと首を振った。
「まさか。島津殿、もし私が徳川の犬ならば、今頃この一万五千の軍勢で薩摩の喉元を締め上げておる。そうせぬのは、お主たちの力が必要だからだ」
如水は懐から日ノ本の地図を取り出し、床に広げた。
「見よ。中央はすでに家康に染まった。だが、この九州を見よ。西軍の小西、大友は滅び、筑前の小早川もいずれ中央へ移される。今、この九州で兵を動かせるのは、我ら三人しかおらぬ。島津の精強なる伏兵、清正殿の無双の武勇、そして私の知略。この三つが合わされば、徳川といえども容易には手を出せまい」
「……何が望みだ、官兵衛殿」
清正がじっと如水を見据えた。
「同盟だ」
如水の声に、明確な覇気が宿った。
「互いに領地を侵さず、徳川が牙を剥いた時は、三家一丸となってこれを叩く。九州を、徳川の手の届かぬ『独立の地』とするのだ」
義弘の目が怪しく光った。
「ふっ、面白い。徳川に平伏すだけの余生など、島津の性に合わん。乗ったぞ、黒田殿」
清正は腕を組み、深く考え込んでいたが、やがて如水を見据えて言った。
「……条件がある。我らが結ぶのは、あくまで豊臣家を守るための不戦の誓いだ。徳川が豊臣を害そうとした時、我らは共に立つ。それでよいな?」
「無論だ。清正殿、お主のその『忠義』こそが、いずれ大いなる武器となる」
如水は満足そうに頷いた。
一触即発の緊張感の中、奇跡的にして不穏なる「九州三強同盟」がここに成立した。
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帰り際、清正は如水の背中に声をかけた。
「黒田殿。もし内府殿が豊臣家を滅ぼそうと動き出した時……俺には、一つ秘策がある。その時は、俺の熊本城へ来られたし」
「ほう……?」
如水が振り返ると、清正は不敵な笑みを浮かべていた。
中央では徳川家康が覇者としての道を歩み始め、大坂城の豊臣家には暗雲が立ち込めようとしていた。しかし日の本の西の果て、九州の地では、家康の計算を遥かに超える巨大な「反逆の種」が、官兵衛の手によって深く植え付けられていたのである。




