第十七話 黒田水軍、大陸へ渡る
# 第二部 第七話:黒田水軍、大陸へ渡る
慶長二十二年(一六一七年)春。東シナ海を覆い尽くさんばかりの勢いで西進する、巨大な船団があった。
豊臣の桐紋、黒田の藤巴、毛利の一文字三星、島津の丸に十の字。かつて太閤秀吉の時代に侵略の牙として大陸の海を血に染めた大名たちの旗印が、今や明国を救う「同盟軍」の証として、堂々と春風にはためいていた。
最高海軍提督・黒田長政が率いる、日本初の大規模「大陸派遣艦隊」である。
艦隊が目指したのは、明国の首都・北京の外港にあたる要衝、山海関に近い渤海湾の沿岸部であった。
大陸の戦況は切迫していた。ヌルハチ率いる後金(のちの清)の「八旗軍」と呼ばれる精強な騎馬軍団が、圧倒的な武力で明の防衛線を次々と突破。明の主力軍は壊滅寸前に追い込まれ、沿岸の要塞に籠もるわずかな将兵が、絶望的な守りを続けていた。
「報告! 前方の海岸線、明国の要塞が数万の後金騎馬兵に包囲されております!」
漆黒の旗艦「如水丸」の甲板に、物見の叫びが響いた。
長政が双眼鏡を覗き込むと、砂塵を巻き上げて大地を覆い尽くす騎馬の群れが映った。大刀と強弓を手にした兵たちが、怒濤の勢いで明の要塞へ繰り返し突撃を仕掛けている。
「恐るべき兵の強さだ。陸でまともにぶつかれば、加藤や島津の精鋭といえど苦戦は免れまい。……されど、父上が遺したこの『海からの戦』の前では、馬の足など無力よ」
長政は不敵に笑い、黄金の采配を高く掲げた。
「全艦、海岸線に平行して陣形を展開せよ! 船首および舷側の大砲、すべて仰角を固定。敵の密集地帯を狙え!」
長政の指揮のもと、毛利秀就率いる毛利水軍と小早川の快速船団が、浅瀬の限界まで船を進め、一列に並んだ。その数、およそ五十隻。数千門の南蛮製大砲が一斉に後金軍の側面へと向けられる。
「放てっ!!」
ドォン! ドォン! ドォン!
東シナ海の静寂を破り、大地を震わせる轟音が鳴り響いた。
長崎貿易で仕入れた最新鋭のフランキ砲と超長距離カノン砲から放たれた無数の鉄球と炸裂弾が、海岸線を埋め尽くす騎馬軍団へ容赦なく降り注ぐ。
ドカンッ! ズガァァン!
射程外の海から突如として降り注ぐ「神の雷」に、後金の軍勢は文字通り吹き飛ばされた。頑強な鉄甲も、巨砲の直撃の前では紙切れ同然。爆音と炎に狂った軍馬が暴走し、無敵を誇った八旗軍の陣形は、戦う間もなくたちまち大混乱に陥った。
「な、何事だ!? 海から雷が降ってきたぞ!」
後金の将たちが驚愕し、退却の号令をかける間もなく、長政は次の手を打った。
「忠広殿、幸村殿、出陣の時だ! 敵の退路を断て!」
要塞の浜辺へ強行上陸したのは、加藤忠広率いる陸戦隊と、真田幸村率いる「真田の赤備え」であった。
上陸するや、兵たちは最新の南蛮式ゲベール銃を構え、統制された三段撃ちを開始した。
ズガガガガガッ!
海から逃れようとする騎馬隊を、容赦ない弾丸の嵐が襲う。さらに、混乱する敵陣へ、幸村の十文字槍と忠広の片鎌槍が深く突き入れられ、後金軍の背後はたちまち蹂躙された。
海からの艦砲射撃と、陸からの銃撃戦。この二つが完璧に噛み合った「立体作戦」の前に、後金の精強な騎馬軍団は、数千の死傷者を出して北方の野へと敗走していった。
やがて明国の要塞の門が開き、生き残った将兵たちが、信じられないものを見る目で姿を現した。かつての敵であった日本の武者たちを前に、彼らは涙を流して感謝の言葉を述べ、歓喜の勝鬨をあげた。
夕暮れ時、海岸線にそびえ立つ要塞の天守に、明国の国旗と並んで黒田の「藤巴」の旗が、誇らしげに掲げられた。
長政は、赤く染まる大陸の広大な大地を静かに見つめた。
「父上。日ノ本の水軍は、ついに大陸の海を制しました。……これで、明国は我が黒田、ひいては大坂合議会に足を向けて寝られますまい」
「渤海湾の奇跡」と後に語り継がれるこの大勝利により、日明同盟の絆は決定的なものとなった。日本は明国を滅亡の危機から救った対価として、大陸沿岸の広大な交易権と最先端の鉄鉱石ルートの利権を獲得する。日本はついに、世界を富で動かす「鎖国なき繁栄」の黄金時代へと踏み出していくのであった。




