第十六話 大陸の激変
## 第二部 第六話:大陸の激変(明清交代の波)
ルソン島・マニラでのスペインに対する大勝利は、瞬く間にアジアの海を駆け巡った。日ノ本の武名と最新の軍事力は、いまや西欧列強にとっても無視しえない巨大な脅威となっていた。
しかし、日ノ本の次なる運命を動かす大嵐は、南の海からではなく、西の広大な大陸から吹き荒れてきた。
慶長二十一年(一六一六年)。
大陸の北方において、女真族の英傑・ヌルハチが諸部族を統一して「後金(のちの清)」を建国し、圧倒的な騎馬軍団を率いて南下を開始した。かつてアジアの覇者として君臨した巨大帝国「明」は、長年の政治腐敗と北方の新興勢力の猛攻によって、まさに崩壊の淵に立たされていた。
初夏のある日、大坂城の「大坂合議会」に、異様な一団が姿を現した。
明の皇帝の使者と、その護衛を務める武官たちである。豪華な官服を血と泥に汚した彼らは、悲壮な面持ちで豊臣秀頼と最高海軍提督・黒田長政の前に平伏した。
「日ノ本の主、ならびに諸侯の皆様。どうか、我が明国に援軍を……! 北方の野蛮なる女真族により、我が国の命脈は尽きかけております。ルソンで南蛮を打ち破った貴国の『黒鉄の巨船』と『新式銃』があれば、敵を退けることができます。どうか、太閤の時代の怨恨を水に流し、アジアの正義のために共に戦ってくだされ!」
使者は床に頭を激しく打ち付け、涙ながらに懇願した。
かつて豊臣秀吉が二度にわたって侵略の兵を差し向けた「明」が、今度は頭を垂れて助けを求めてきたのである。大坂合議会は、たちまち激しい議論の渦に呑み込まれた。
「何を虫のいいことを!」
口火を切ったのは、島津忠恒であった。
「かつて我が祖父や父を大陸で苦しめたのはどこの誰だ。明が滅びようが、我らには関わりのないこと。高みの見物を決め込むが上策!」
他の大名たちからも、文禄・慶長の役の苦い記憶から、大陸への派兵に慎重あるいは反対する声が続いた。
しかし、広間の中心に座る黒田長政は、亡き父・如水が遺した世界の大地図をじっと見つめたまま、静かに口を開いた。
「いや、これは天が我が日ノ本に与えた最大の好機かもしれませぬ」
広間が、水を打ったように静まり返った。
「島津殿のおっしゃる通り、かつての戦いは深い怨恨を残した。なれど、今回は『侵略』ではなく、明国からの正式な『同盟の要請』にございます。これを受ければ、我らは大義名分を持って大陸へ足を踏み入れることができる。……秀頼公、そして諸侯の皆様、いま一度お考えくだされ。北方の清が明を完全に滅ぼし、大陸のすべてを掌握したとき、何が起きるか」
長政は地図の上で指を広大な大陸へと滑らせた。
「清は強力な騎馬の国。明の富と沿岸の港を手に入れた暁には、やがてその矛先を海を越えて我が日ノ本へ向けてくるでしょう。敵が巨大になり、我が海を脅かす前に、こちらから大陸の沿岸部を押さえにいくべきです。さらに、明を助ける見返りとして、大陸の莫大な絹、そして我が国の近代化に不可欠な鉄鉱石の交易ルートを、我が合議会が永久に掌握する。戦を商いに変える——それこそが、父・如水の教えにございます」
冷徹かつ壮大な地政学的戦略に、諸将は息を呑んだ。ただ戦うのではない、日本の未来の繁栄すべてを賭けた交易の戦だ。
上段の間で静かに聞いていた豊臣秀頼が、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、叔父も父も届かなかった「大陸」への、まったく新しいアプローチへの決意が満ちていた。
「如水殿の智謀、今なお我らを導くか。……よし、この要請、受諾する。ただし、条件は長政の言う通り、大陸沿岸の交易権の割譲だ」
秀頼は使者を真っ直ぐに見据え、力強く言い放った。
「日ノ本は、明国との間に『日明相互防衛同盟』を結ぶ。これより、黒田・毛利・島津の水軍を統合した『大陸派遣艦隊』を編成し、東シナ海を渡る!」
大坂城に、かつてない壮大な鬨の声が響き渡った。
かつて血を流し合った日本と明が、北方の巨大な脅威を前にいま手を結ぶ。長政の指揮のもと、日本の黒鉄の巨船たちが「救世の軍」として艦首を大陸へと向ける。日ノ本の運命は、ついにアジア大陸の歴史そのものを動かす大決戦へと踏み込んでいった。
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