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第十二話 巨星墜つ、駿府の決断


# 第二部 第二話:巨星墜つ、駿府の決断


大坂合議会が「大海原への進出」を宣言したという報は、駿府城の病床にあった徳川家康のもとへも届いていた。


「……海へ出ると。如水の子め、どこまで大言壮語を吐くか」


家康は激しく咳き込みながら、布団の上で身を起こした。七十を超えたその身体は痩せ細り、死相が色濃く漂っている。しかし、その双眸に宿る天下への執念の炎だけは、いまだ衰えていなかった。


家康は知っていた。大坂の豊臣秀頼や黒田長政が、異国の富を背景に日ノ本を塗り替えようとしていることを。もし彼らが海の向こうの莫大な富を完全に手中に収めれば、江戸の徳川家が再起を果たす機会は永遠に失われる。


「これが、余の最後の戦いよ……」


家康は密かに枕元へ側近を呼び寄せ、最後の血判状を託した。それは、西国連合の台頭に危機感を抱く東国の大名――奥州の覇者・伊達政宗や出羽の最上家らへ向けた、大坂合議会に対する「一斉蜂起」の呼びかけであった。徳川の残存兵力と東国諸藩が結託し、一気に関東から京へと攻め上る――。


慶長十九年、秋。


駿府から放たれた密使たちに呼応するように、東国の兵たちが動き始めた。徳川家康、人生最後の大博打の幕が上がったのである。


しかし、黒田長政の張り巡らせた情報の網は、家康の予測を遥かに超えていた。


「駿府が動いたか。やはりあの老狸、大人しく冥土へ行く気はなかったとみえる」


報せを受けた長政は、少しも動じなかった。彼はすでに、加藤清正の嫡男・加藤忠広や毛利家の若き総大将・毛利秀就ら次世代の将たちと共に、駿府包囲の陣形を整え終えていたのである。


長政は即座に大坂合議会の名のもと、西国連合軍の出陣を命じた。


「加藤、毛利、そして我が黒田の若き兵たちよ。旧き世の亡霊が、最後の悪あがきをはじめようとしている。我らの新しき世に、一歩たりとも泥を塗らせるな!」


「応!!」


若き武者たちの鬨の声が響き渡る。


戦いの舞台は、東海道の要衝――駿河国(静岡)。


伊達政宗ら東国の軍勢が駿府へ集結する前に、長政率いる連合軍は、長崎貿易で得た最新のゲベール銃を装備した数万の鉄砲隊を急進させた。さらに、瀬戸内海から遠征してきた毛利・黒田の南蛮式巨船が、駿河湾の海上に布陣。駿府城へ向けて、射程数キロを誇るフランキ砲の一斉射撃を開始した。


ドォン、ドォン――。地鳴りのような爆音が駿府の街に響き渡る。


海上からの容赦ない砲撃は城の天守を削り、東国軍の度肝を抜いた。かつてない近代戦の前に、駿府へ集まりかけていた東国の諸将は一歩も動くことができず、孤立無援となった。


「馬鹿な……これが、西国の富の力か……」


圧倒的な兵器の差を前に戦意を喪失した東国諸将は、長政の放った使者が告げる「降伏すれば領地は安堵する」という調略に応じ、次々と矛を収めていった。家康最期の謀略は、合議会の圧倒的な力の前に、血を流すことすらなく鎮圧されたのである。


静まり返った駿府城、その奥の間。


砲撃の音が止み、静寂の戻った部屋へ、黒田長政、加藤清正(本作における最後の出陣として)、そして毛利秀就が足を踏み入れた。


布団の上に力なく横たわる家康は、入ってきた長政の顔をじっと見つめた。その目は、もはや怒りではなく、深い諦念に満ちていた。


「如水の子よ……。余の負けだ。兵を動かす間もなく、海から城を叩かれるとはな。……もはや、武士が刀を振り回して天下を競う時代は終わったということか」


加藤清正が一歩前へ出て、かつて仕えた太閤・秀吉の好敵手であった老英雄に、静かに声をかけた。


「大御所様。秀頼公は、貴殿を討ち滅ぼすことなど望んでおられませぬ。徳川の家を江戸の地で存続させ、共にこれからの新しき日ノ本を創ろうと仰せにございます。……もう、御身をお休めくだされ」


家康は清正の言葉に、微かに目を見開いた。そして、長政が手にしていた世界の大地図へ目を落とした。


「……日ノ本を、世界へ解き放つか。如水の奴、とんでもない遺産を遺していきおった。余が狭い島国の王たらんとしたのに対し、奴は海そのものを支配せんとした。……見事なり、黒田官兵衛」


家康は満足げに、低く笑った。その顔から、長年まとっていた権力への執着という重い鎧が、すうっと消えていくようであった。


「長政、清正……日ノ本の未来、しかと見届けよ……」


それが、天下の巨星・徳川家康の最期の言葉となった。


慶長十九年、秋。家康、駿府城にて逝去。


これをもって、戦国乱世の最後の火種は完全に消え去った。国内における内戦の時代は、名実ともに終焉を迎えたのである。しかしそれは終わりではなく、官兵衛の遺した「大航海時代」という、日ノ本が世界へと飛び出す壮大な旅路の始まりであった。


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