一章 二節 Moon Sniper
「久しぶりにアレ、やりますか?」
優の誘いに悟はちょっと待ってろ…と部屋を出て行く。
「おい宝具、ぶっ壊れんでくれよ」
「私を破壊することができるならば、大したものです」
ふてぶてしい野郎だ。と優は苦笑する。
「お前、宝具っていう感じがしないな。宝具って呼ぶよりなんか名前ないのか?」
「桃花は守護者と呼んでいましたが、私には個別認識名称は必要ありません」
「守護者…ね。俺もそう呼ぶかね」
「ご自由に」
優はやっぱりこいつはどっか面白そうな奴だ、と思うと右手で守護者を軽く叩く。
「よろしくな、相棒」
「イエス、マスター」
ドアが開いて悟が入ってくる。
「相変わらず仰々しい格好だな」
優は中世騎士のような装備をしている悟を見て、唖然とする。メイルにグリーブ、手甲をつけていて、青基調の赤ポイントのような色調でデザインもそれなりにいいが、街の中は歩けまい…。
「俺、宝具は使えるけど行使者じゃないからな」
悟は笑うと優が外に飛び出した。
「模擬戦闘ですか?」
「そうだ。あいつは強いぞ。無駄に金持ちだからな」
「了解しました。模擬戦闘用に空間を封殺します」
「頼む」
守護者の設定したフィールドに優と悟が飛び込む。
「うおー、すげぇ密度の封殺結界だ」
悟が驚くのも無理はない。風も音も全て遮断された空間のようで、耳鳴りがするほど静かな空間。
この中では通信も一切できないだろうし、外から入ることも不可能なはずだ。
外から入れなくて、中からも影響は与えられない。
「桃ちゃんの結界?」
「理論展開は桃花ですが、不要分の行使術式は簡略化しています」
自立思考は恐ろしいな、と優は心の中で思う。
「で、今日のルールは?」
悟が剣の宝具を展開して、付属装備を展開すると剣の色が青色に変わる。高出力螺旋光熱線(レーザー収束方式)の剣だ。
「負けたほうが明日の昼飯おごりとか?」
悟が尋ねると優がうんざりする。今まで勝てた試しがないのだ。
「いいけどよ。勝敗の決定方法をゆるくしてくれよな」
「冗談、行使者の言葉とは思えねぇな!」
優が一瞬にして悟との間合いを詰めると、悟の姿が消える。
短距離空間跳躍を連続して行う、宝具の(・)制御が非情に難しいとされる連続起動。機動力で言えばその状態の悟を捕まえるのは非情に困難で、目で追うことすらできない。
「くしょ!」
逃げ回る悟にいらいらして思わず声が出る。
真後ろ、横一閃に放たれる剣を優が屈んで頭上をやり過ごす形で回避。
「行使術式、射撃!」
「反射壁」
自動起動する悟の宝具が優の射撃を跳ね返す。
「おい!」
跳ね返した、というよりはそのまま優に向かって放たれる。
「追従、射撃」
一撃目を優が右手で払いのけると、悟の打ち出した二撃目が優の左肩にヒットする。
「ぬおおおおおっ」
痛みでびりびりとするが、貫通はされていない。左肩に極小の防御壁が展開されている。
「助かったぜ、守護者」
「イエス、というより回避してください」
「うっせぇ」
優が守護者に毒づくと、悟が剣を両手に構えていた。
「変形、双刃槍」
剣を二本あわせて一本にする悟がそれを手の中でくるくると体の前面で回しながら接近してくる。触れただけで物質を溶解させる出力の刃に、優の射撃が全てはじかれる。
「やべ…」
一発くらい当たるだろう、と思ったが悟は双刃槍を解除して、二刀流で優の眼前に迫っていた。
「うおりゃ!」
優は下がらずに悟に向かって突き進み、右拳を突き出す。
「!」
思わぬ攻撃ではあった。行使者が行使術式に頼らず、物理的に殴るという行動をするとは思わなかった。悟の思考が瞬間的に止まる。優の拳が悟の左顔にヒットする。
「行使術式、衝撃!」
ずんっと追い込みをかけるような振動を受けて、悟が落ちる。
「いっくぜえええええ!燃え尽きろ!」
優は両手を空に掲げると、そこに純粋な力が収束されていく。
「行使術式出力、限界を確認、余剰分を制動します」
守護者が優の行使術式に対して制動をかける。
カットオフされた出力の…それでいて強力無比な射撃が放たれる。
「いやだからな、遅いんだよソレ」
背後に空間跳躍してきた悟が剣を優の首に押し付ける。
「くそっ、これでもだいぶ短くなったんだぜ」
優は両手を挙げて降参する。
「短く、早く、重ねるとかいう考え方ねぇの?」
けらけら笑う悟に優はため息を吐く。
「俺のポリシーに反するってーか。ちまちまできねぇんだよね」
「変なポリシーだな」
悟は剣を宝具に戻して、戦闘終了。
「仮想空間じゃなくて実際に戦闘してるからな。寸止めっていう技術がないお前と戦うのは正直、死ぬかもって思うわけだ」
「死にはしないだろ。死ぬほど痛いか、殺してくれって思うくらいだと思うぜ」
「どっちも嫌だっての」
悟が目に手を当てて空を仰ぐ。
「でも…こいつ壊れないな」
「だね」
優がしみじみに言うと、悟がうなずく。
「俺しか知らなかったけど、お前の行使術式の出力数値って並外れてるからな。宝具がお前の膨大な演算に耐えられないで処理自壊したりしてたんだよな…」
「そうなんだよな。壊したくて壊してるわけじゃないんだけどなぁ」
優はしみじみと呟く。
「ちょいと全力、いってみるか」
「遠慮します」
優は冗談交じりに尋ねると守護者が即答するのを見て、悟がクスクスと笑う。
「じゃあ少し外すぞ」
「了解」
優は守護者を外して悟に投げる。
「こんなの世界行使術式機構(WUO)が知ったら、俺どうなるんかね」
「暗殺されるか利用されるかだろ」
悟が呟くと、優はそうだろうな、と思った。
「ぶっ放すぜ、このふざけた世界」
「やっちまえ」
悟も優も世界が嫌いだった。
だから、ぶっ壊したいと思っていた。
右拳を突き出して、親指、人差し指と順に指を開いていく。半身の優の手の平に力が収縮して…開放された。
世界が真っ白になる。一本の閃光が空を翔ける。
「やっべぇ…」
優が呟く。何となく視界に入った月に向かって放ったが、直撃すれば確実にあの程度の質量物体は消失する。
「お前…しゃれにならないぜ…」
悟も軌道に気付いて唾を飲み込んだ。
わずかに反れた…?
依然輝く月に優と悟は脱力すると、何かがこっちに向かって飛んでくる。
「あなたは…月を破壊するつもりですかっ!」
ぼろぼろの学園制服を着た桃花が優を怒鳴りつける。
「え?ちょっ!あれ?桃花ちゃん自衛艦隊の護衛は?」
悟が尋ねると、桃花は悟の格好に目を丸くしたがすぐに我に返った。
「失敗です。予定海域に到着したところで撃沈されました」
間に合わなかった、ということだろう。
「ま、まぁ失敗もあるよな」
「気にすんなよ」
悟と優がなだめようとすると、桃花はため息を吐いた。
ふわ…と桃花が後ろに倒れる。空の上でまるで支えられるものがなくなったかのように、彼女の体が後ろにのけぞった。
「おいっ!」
優は慌てて桃花の腕を掴んで墜落を阻止する。
「気を失ってるぜ…」
悟が心配そうに言うと、優たちは優の部屋に戻って桃花を横にする。
「大丈夫なのか?」
聞かれても優は医者ではないし、なんとも言えなかった。
「怪我してないか調べるか」
優は桃花のブレザーに手をかけて脱がそうとする。
「まずくないか?」
「き…緊急事態だろ…」
まるで自分に言い訳をするように優がボタンを外す。
「外傷はありません。行使術式による過労が原因です」
守護者がそういうと、優はどこか悔しそうに手を引っ込める。
「やべ…俺も眠いから戻るな」
「え?待てよ」
優が慌てて悟を引きとめようとするが、悟は聞かずに部屋を出て行ってしまう。
「行使術式の行使は負荷がかかるので、その反作用でしょう」
「知ってるよ。あいつとは付き合い長いからな。行使術式を展開できなくても素養はあるんだ」
優は守護者に言うと、桃花を見下ろす。
すぅすぅと寝息を立てている桃花の顔は、明るいところで見るととても酷い状況だった。
煤のような汚れが付着して、肌が露出した部分にもそれが見える。
優はタオルを水で濡らして桃花の顔を拭いてやる。
なんでまた、こんなになるまで…。
自分とは関係ないはずの人間を守るために出撃して、痛い思いもするだろう。
それでも戦って、戦って、何を得るというのだろうか。
行使者とか人間とか…分類分け(カテゴライズ)されて。
能力があればあるほど、道具のように使われて。
優はいつか桃花が死ぬのかもしれない、と思うとその顔を見ていられなくなって、窓から外を見回した。
この国には戦争はない。それなのにどうしてそういう場所へ行かされるのか理解できなかった。
「月を壊さないでくださいよ?」
桃花が目を覚まして、優は振り返った。桃花がベッドで上半身を起こして優を見て困ったような顔をしている。
「こわさねぇっての」
「よかった」
笑顔を浮かべる桃花に優はなんと言葉をかけていいかわからなかった。
とりあえず、間が持たないのでテレビのスイッチを入れる。
「先ほど、交戦により撃沈したイージスは緋村桃花特A級行使者の到着するよりも前に撃沈されており、その現場に到着した緋村さんは救助のために対艦戦闘機と交戦、これを見事に殲滅しました。残念ながら生存者の数はわかっておりませんが、日本魔法省(JPM)は直ちに攻撃した国へ強く抗議し…」
沈痛な面持ちで喋るアナウンサーを優はぼーっと眺めていた。
早くて二日で戻れる。
それよりも早く戻って来た理由はこれだった。護衛対象がいなくなってしまったのだから、戻って来るに決まっている。
たった数時間の間に、平和な場所から戦場へ。そして戻ってくる。それがどんな気持ちなのか優には想像ができなかった。
「私も交戦したんですけどね…。私は偵察型行使者に分類されているんですよ。生存者はゼロです。救助の必要はなし。そう打電しました」
「な…んだと?」
優は信じられないような話を聞かされて、耳を疑った。
「敵機はそれでも艦爆を続けましたから、交戦したんですけどね。爆撃機の次は護衛の戦闘機ですよ。イーグルを八機落としましたが、こんどは陸から対空砲火です。弾幕の間を避けて、攻撃しようかと思ったんですが、無駄じゃないですか…。だから緊急回避の空間跳躍をしたんです」
「そう…だったのか」
まったく想像できない。
「目標固定されちゃってたんで、行き先も決められなかったんですけど…。偶然優くんの行使術式方向を感知して、そこに飛んだんですよ」
「そうか…むしゃくしゃして撃っただけだったけど、役に立てたな」
優は空笑いをすると、桃花もにこりと笑った。
「日本自衛隊を攻撃した政府は、誤認情報により敵国と勘違いした、と声明を発表しました」
「なんだとっ!」
「ひどい…!」
優と桃花は、アナウンサーの信じられないような演技をしている口調で、聞かされたことに対して驚いた。
「ひどい…話だと思いませんか?」
桃花が俯いて、ぽつりと言った。
ひどい話、程度で済ませられるようなことではない。それでも日本政府は抗議、で終わらせるのだろう。
「間違いで人が死にます。そして私は何も出来なかった…」
「お前のせいじゃねぇだろ」
優はそう言いつつも、桃花を見ることができなかった。
気分転換にでもとチャンネルを変えても、そのニュースしかやっていない。
視聴者の声を放送している局では、桃花を擁護するような声もあった。まるで日本が戦時中に逆戻りしたか、オリンピックでも行われているかのような、日本、桃花はよくやった。悪いのは相手である。と豪語している。
「優くんは気付いてますよね」
桃花に言われて優はドキッとした。
「おかしな話だと思いませんか?私は交戦しました」
「そうだってな」
優は桃花の前では決していえないことがあった。感じていても、考えていても当事者の前では言えないことも…ある。
「交戦ということは私も人を殺しているのに、なんで私は擁護されるんですかね。戦争は殺し合いなのに」
「やっていることは変わらない…。確かにそうだな」
テレビに寄せられる、賞賛擁護の声は今の桃花にとって辛いものだ。
優はテレビを消すと、二人の間にしばらく沈黙が訪れる。
「帰りますね、お邪魔しました」
「大丈夫なのか?」
「甘えていられませんしね…」
桃花を女子寮まで連れて行った。
ありがとうです、と桃花は寮に入っていくと他の女子たちは優を見て驚いた様子だったが、桃花を迎え入れていた。
翌朝になってもニュースの話題は日本自衛隊が攻撃されたことについて、ボランティア活動を行っていた自衛隊が攻撃されたことについて、国連が攻撃国に対して武装解除の命令を出すかどうか、という話に変わっていた。
うんざりするようなニュースが流れていても、優たちの日常は変わらず、いつものように寮を追い出されるよりも早く、学園の屋上に優は来ていた。
「優くん、おはようございます」
いつものように、桃花が優を出向かえた。フェンスに寄りかかるようにして、屋上の入り口を見ている桃花と視線が合う。
桃花も優も人前では目立ちすぎるから、ここに逃げ込んでいる。先客が桃花で後から優が訪れただけの話。
「制服って何着もあるんだな」
「え?ああ、そうですね」
桃花は自分の制服を見下ろして、スカートを摘まんでみせる。
「ボロボロになっちゃいますからねぇ…。あの制服で学園にはこれません」
えへへ、と恥ずかしそうに笑うが、優はあれはあれでなんとなく胸に来るような気がしたが、それは言えずに黙る。
「元から何もなかったみたいですよね、新品の制服だと」
何を言い出してんだか…。
優は桃花の隣に立つと、二人はフェンス越しに街を見下ろした。遠くにキラキラ光る海が見える。
何があるわけでもなく、桃花は雨が降っていない限りこうしてこの場所に立ち、街を見下ろしている。優もいつの間にか桃花と屋上にいるときはそうするようになっていた。
「もしも、私たちの住んでいる世界が、見ている世界がニセモノだったらどうします?」
いつもの不思議な女の子全開で尋ねられて優は苦笑する。
「おかしいだろ。俺にはこの世界が本物で、ニセモノを知らないんだから、もしニセモノだって言われても気付かない」
矛盾している。世界が本当にニセモノであれば、ニセモノはホンモノなのだから証明することはできない。証明不可能な命題であることには変わりない。
桃花はそれを聞いて悲しそうな顔をしていた。
「何かの物語かい?」
優が尋ねると、桃花はそうですねぇ、と呟いた。
「物語で、ニセモノをニセモノと知っている主人公の私が、私だけしかニセモノとしかわからない世界を知っているとしたら、私は不幸なのでしょうか?」
自分だけに理解できて、他人に理解されない苦悩、ということだろうか。
確かにそれは不幸なのかもしれないが、逆に言えば自分しか知らないということは幸せなのかもしれない。
優はそんなことを思うと、どちらとも言えなくなった。
人は誰もが…そんな悩みを持っているだろう。
「まぁでも…一人しか知らないんだったら、不幸かもしれないけど、物語の私が、他の誰かと知らないことを二人で共有できてるんだったら、幸せなのかもしれないぜ?」
桃花はそれを聞いて驚いたのか、喜んでいるのか、微笑んだ。
「優くんって意外と想像力豊かですね」
「お前にいわれたかねぇよ」
優が毒づくと桃花は「そうですね」と口元を押さえて「ふふ」と笑う。
よく笑う子だった。
いつでもどんな辛いときでも、笑ってやり過ごすことができる子なのだろう。
昨日のことなど、忘れているようだ。
忘れて…いるわけ…ないのに…。
「よく笑うな」
その無理した笑いは、優には赦せなくなった。何となく、苛々する。
そんな言葉をかけてしまえば、どうなるかわかっているのに、口にした。
酷く後悔した。
やめて置けばよかったとは思わなかったけれど…桃花を殴ったようで後味が悪かった。
「笑っていないと…泣いちゃうんですよ」
「…悪かったな」
優はぶっきらぼうに言い放つ。
桃花の左目から、涙が零れた。それでも桃花は笑っていた。
「泣けばいい。泣きたいときは泣けよ。俺は何も見てない振りしてやるって」
言いつつも、桃花はどれだけのことを一人で抱え込んでしまっていたのか優には想像できなかった。とてつもなく辛いことでも、全部飲み込んだ彼女の心の中には何があるのだろう…。
「私は泣いちゃダメなんですよ」
声は既に震えていた。
「私、泣きません。泣けません。がんばりますから…」
全身を震わせて、拳をぎゅうっと握り締めていた。
「世界中のみんなが幸せになれるために、どんなときも笑って、戦いますから」
必死に…笑うんだな。
辛そうに…哀しそうに…。
世界は何もしてくれないと絶望に嘆くこともせずに。
救えなかった人のことを全部自分のせいだと背負い込んで、それでも笑えるんだな。
「がんばりますよ」
優は桃花の頬に手を当てて、涙に触れた。
暖かくて、冷たかった。
「でもよ…お前泣いてるぜ」
桃花は慌てて顔を袖でごしごしとこすって、笑ってみせるがすぐにまた涙があふれてきた。
「あれ?おかしいな…泣きたくなんかないのに…」
困ったように、弱々しい声で桃花が何度も顔を拭いた。
止まんない…私が笑っていないとみんなが不安になっちゃうのに…。
焦れば焦るほど、だめだった。
視界がぼやけて、優の顔がぼやけてしまう。
人前で泣いたことは一度もなかった。大丈夫、出来る、まだ大丈夫。そう思って身を奮い立たせていた。敵はたくさんいたし、判断は一瞬で行ってきた。
人前で泣くことはできなかった。
優がいるのに…涙が止まらない!
一度塞き止めているものが崩れてしまったら、限界はすぐそこだった。
「ふぇ…ふぇえええん」
泣き崩れた桃花を優はそっと抱きしめると、桃花が完全に声を上げて泣いた。
優にはそれが、桃花の心が…精神が悲鳴を上げているようにも感じられた。
泣きじゃくる桃花を優はじっと見下ろす。
とても…とても小さい女の子は同い年なのにもっと幼く見えた。
面倒なことから逃げて曖昧に生きていた自分とは対極にいる。そんな桃花は正直、疎ましくも思えた。自分とは違うと勝手に決め付けていたのだろうか。
そんな子が…泣いていた。
どんなことにでも努力して、耐えていたのだろう。まっすぐに向き合ってがんばっていたのだろうか…。
この差はひどく遠い。
同じだったのは年齢だけなのだろうか。
優は何も言えずに桃花を受け止めていた。
桃花は一頻り泣いて、泣き止んでも優の胸に抱きついていた。
「予鈴、鳴ったぞ」
優が言うと、桃花はそっと優から離れた。
「こんなつもりじゃなかったんですけどね」
とまた笑みを浮かべる。
「たまにはいいんじゃないか?」
「…本当、悪い人じゃないんですよね、優くんは」
「なんだそりゃ」
優も苦笑すると桃花はぺこりと頭を下げた。
桃花は屋上から去っていった。
「悪い人だったら気兼ねなく殺せたのに…」
誰にも聞こえない声で桃花は呟いていた。




