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一章 一節 平和と戦場と少女

「もっとも君が、本当に悪い奴だったら良かったと思います」

 桃花はすっと息を吸い込む。

 脅しではない、力の本流を感じる。

「行使術式(プログラム)、起動準備(スタンバイレディ)」

 桃花が椅子を後ろに蹴っ飛ばしながら立ち上がり、距離をとる。優も反射的に立ち上がる。

「行使術式(プログラム)、起動準備(スタンバイレディ)!」

「貫通(スィープ)掃射(ガンフェイア!)!」

 桃花のほうが早かった。起動準備工程(スタンバイプロセス)から発動工程(アウトプットプロセス)までが確実に早い。並列化(パラレル)と高速化(スピードアップ)の理論(ロジック)が優よりも数段上。特A級(エースクラス)と呼ばれる行使者(ユーザー)だけあって、いくつもの螺旋光粒子熱線(ツインスパイラルレーザー)が優に向かって発射される。

「防御壁(プロテクト!)!!」

 優が自分の周囲三百六十度全てに光の面で出来た壁を作る。

 大気が落雷で裂かれるかのような轟音と同時に衝突。ぶつかったエネルギーが熱エネルギーに置換されていく。客たちは慌てて外に非難していく。

「冷却しないと焼けちゃいますね。ふふ、優くんの丸焼けを持っていけば任務完了(ミッションコンプリート)ですか、えぐい仕事になりそうです」

 桃花は右手を優に向けたまま、さらに出力を上げる。

「く…そ」

 二重起動(ダブルセット)した防御壁(プロテクト)のおかげで一枚目と二枚目の壁の間に空間ができているため、熱風に晒される事はないが、それも時間の問題。

 行使者(ユーザー)は頭の中でいくつものことを同時に思考するクセが自然と出来上がる。

 桃花の表情と言っていることの違いはそれが元だとするならば、納得できた。

「本当はいやなんですよね。だから降参してくれません?」

「アフターファイブに出席させるためにこんなことしてるのか?」

「そういうわけではないんですよ。まぁそういうことで」

 優はぎり、と奥歯を噛んだ。

 条件は同じ、桃花も優も宝具に頼らない型(ディスクレスタイプ)の直接行使可能(ダイレクトアプローチ)な行使者(ユーザー)。ただ桃花が一流で優が三流なのは目に見えていた。

 宝具(ディスク)を使わない行使者(ユーザー)は一流か三流にも満たない行使者(ユーザー)のみである。

 と誰かが言っていた気がする。

「早くしないと本当に黒焦げになっちゃいます…」

 桃花が鳴きそうな顔をする。

 だったらやめればいいのに…。

「起動(スタート)…反射壁(リィフレクト)」

 三重(トリ)起動(セット)。

 優は防壁と防壁の間に違う種類の壁を作る。

「解除(リリース)」

 一枚目の壁を取っ払うと、二枚目の反射壁(リィフレクト)に桃花の射撃(シュート)が当たって反射、天井を突き破って空へ出て行く。

 桃花は行使術式(プログラム)を解除(リリース)すると、微笑んだ。

「正解です。防御壁(プロテクト)は耐えれる限界強度以上のものや単発的なものなら防げますけれど、連続して当てられる今のような状況では意味を持ちません。現状維持はプラスに作用しませんし、私が別の行使術式(プログラム)を行使(ラン)した時点でそちらの壁は崩れていたでしょう」

「そうしない理由は?」

「圧倒的力量差を理解できないほど愚鈍な人間ならば、いつでも殺せます」

 はっきりと断言する。

 それほど、優と桃花の間にある差は大きいのだと。

「私はどうしてあなたが戦闘行使術式(エンゲージプログラム)を覚えていて、なおかつ高速起動(スピードアプスタート)する工程短縮(ショートプロセス)まで覚えているのかは問いませんが…それが人を傷つけるためだけに覚えたものであったとしたら、私はあなたを赦しません」

 桃花が射撃(シュート)を解除(リリース)した瞬間から、優はずっと後ろに向かって話しかけていた。首筋に当たる、冷たい切っ先を感じながら。

「正式な授業を受けて、正しい方向でよりいい行使者(ユーザー)になってもらいたいのです」

「お前のように…?」

「いえ…そう…ですね。黒沢優、あなたを私の保護観察の元に置きます。よろしいですか?」

 今度こそ拒否権はなかった。

 行使者(ユーザー)は行使者(ユーザー)によって殺されても文句は言えない。それがある種のルールでもある。

 おそらく拒否すれば、当てられている冷たいものは自分の奥にまでそれを差し込まれるであろうという実感があった。

 優は両手を挙げて降参する。

「逃げますか」

「だな」

 優と桃花は破壊したバーガーショップから一目散に逃げ出す。

「優くん、明日、学園で私の宝具(ディスク)を貸してあげるので、それを使ってください」

「あいよー」

 優は適当に返事をする。

 たぶん、嫌がっても無駄だろうし、何気に桃花は融通が利かない上に周りが見えない。というより結果をあまり重視しない傾向にあることを何となく理解できた気がする。



 桃花と分かれてから寮に戻り、優は何の気なしに購入した雑誌をめくった。

「…おーおー、かわいそうに」

 モデルの頭の部分が焦げている。他のページも焦げたりなくなっていたりした。

 ドアベルが鳴らされて優はインターフォンモニターを覗くと、疲れ果てたような顔をしている悟が写っている。

「新聞はいりません」

「何時俺が新聞屋のバイトを始めたとお前に話したよ」

 不機嫌そうに言われて優はドアロックを解除すると、悟が部屋に入ってくる。

「相変わらずすげぇ部屋だな」

 ベッドと作業台にさまざまな武器が壁にかけられている優の部屋は一見、武器庫のようにしか見えない。点検油の匂いや道具が作業台の上に転がっていた。

「お前の部屋も同じようなもんだろ。宝具(ディスク)球(デバイス)がごろごろと」

「だなぁ」

 悟は反論できない、とテーブルの上に紙袋を置いた。

「桃花ちゃんとさっき会って、これから任務だから先にこれを渡しておきたいって頼まれた」

 優はテーブルの上におかれた紙袋をひっくり返すと、真っ赤な球体(ルーンデバイス)が転がり落ちる。

「うぉっ!」

 優は慌ててそれをキャッチして安堵の息を洩らした。

「宝具(ディスク)だな。うちの店で調整してたんだけどそいつ、かなり高機能型みたいだぜ」

「桃花が前に使ってた奴だからなぁ…あのとんでもねぇ娘のだ」

 二人は桃花が前に使っていたのだから、それもしょうがないと苦笑する。

「桃花ちゃんは…これに出かけた」

 悟は壁面液晶テレビのリモコンを手にすると、スイッチを入れる。

 どこかとどこかの国の戦争だった。

 何度も街にミサイルが着弾している様子が放送されて、街が燃えている。

 そんなに珍しくない、戦争の映像。

「これが何だよ」

「難民保護のために日本自衛隊が出向してるだろ?陸上部隊は撤退したけどな」

 悟に言われて優はそうなのか、と呟く。

「制空権が怪しくなってきたから、海から出るつもりらしいぜ。イージス二艦に収容したのはいいんだけど、そこもなんだか怪しいらしくてね。桃花ちゃんが護衛で行くことになって、さっき空間転送局(テレポーイント)に向かっていった」

 なんとも出鱈目な話ではないか。

 空間転送(テレポート)できるのは行使者(ユーザー)とそれに追従する装備品のみで、しかも転送局間(テレポーイント)だけという。

 もっとどうにか出来ていれば、桃花が出撃する必要もないのではないか?と思うがそれも杞憂だった。

「すげぇよな…あんなミサイルの雨の中に飛び込むようなものだぜ」

 悟の感想もわからなくない。自分だったら絶対に嫌だ。あそこには濃密な死の臭いしかしない。

「危険な海域を抜けるまで約二日だってよ」

「そんな情報どこで仕入れるんだよ」

「桃花ちゃんが言ってた。だから何事もなければ二日で帰れるって」

「へぇ」

 二日、二日間もあんな危険な状況に身をおくことなどできるのだろうか?

 まともな精神ではいられないだろうなぁ。

 優は別世界の話を聞いているような気がしてイマイチ実感が沸かなかった。

「明日、桃ちゃんとアフターファイブだったんだけど、なくなりそうだな」

 面倒な監視者がいなくなって、優はほっとした。

「嬉しそうだな。俺だったらあんなかわいい子と一緒にいられるだけで舞い上がっちまうのに」

「どんな美人でも拳銃握ってこっちに銃口向けてにこにこされてる気分だろ…よほどの変態じゃねぇと喜べない状況だと思うが…」

 優はため息を吐くと、なるほど、と悟はうなずく。

「でもよ、空(ブランク)の宝具(ディスク)なんて一般じゃ出回ってないんだぜ。普通専属の行使術式(プログラム)が入力(インプット)された奴なら売ってる。飛翔(フライハイ)の行使術式(プログラム)だと利便性があるから使用制限にもよるけど、何十万って価格なんだ」

「へぇ…興味ねぇけど」

 優がうんざりしたように呟くと、悟は首を横に振る。

「ばっかお前、お前に渡してくれって言われたこいつ、処理速度も容量も桁外れなんだよ。百万、二百万クラスの値段がつくのもおもちゃって言える位、高価なんだぞ」

「…ほぉ」

 優は宝具(ディスク)を手の中でくるくると回す。

「そもそも空(ブランク)の宝具(ディスク)は行使者(ユーザー)しか使用できないから数も少ないしな」

 やけに詳しいと思うと、悟はそういう店でバイトしているので詳しいことを思い出す。

 行使者(ユーザー)でもないのに宝具(ディスク)に詳しく、学園でも悟は修理屋(リペアラー)などとも呼ばれていたことを思い出した。

「お前、桃花ちゃんに期待されてるんじゃないのか?」

「殺されかけたけどな」

 昼間の事件を思い出して優は顔をしかめる。

「殺したいほど愛してるとか…」

「狂った愛情だな」

 優は苦笑すると悟はげらげらと笑う。

 優は試しに起動(スタートアップ)してみようと学園の制服のポケットから黒いグローブを手にして、左手にはめる。そして手の甲の部分に宝具(ディスク)をセットすると、かちり、と音を立てて完全にセットされた。

「おはようございます、マスター」

「ぶふ」

 突然話しかけられて悟が吹き出す。

「なんだこいつは」

「宝具(ディスク)です」

 優に律儀に答える宝具(ディスク)に二人が気持ち悪そうな視線をそれに送った。

「なんだお前は」

 同じ質問を繰り返す悟に宝具はしばらく黙り込む。

「私は桃花によって設定された自立思考型宝具(スタンドアロンディスク)であり、入力(インプット)されている行使術式(プログラム)を自動(オート)で展開(ラン)することを目的とされて製造されました」

「へぇ…」

 優が興味なさそうに呟く。

「すげぇ…すげぇよ。まじすげぇ。喋ってる!話ができる!こいつはすげぇや」

 なんだか舞い上がっている悟を見て、優は逆に冷静になれる気がした。

「気持ち悪いけど…」

 優は窓を開ける。

「行使術式(プログラム)、入力(インプット)」

 頭の中で行使術式(プログラム)の理論(ロジック)を展開させる。

「読み込み中(リーディング)…入力(インプット)を拒否します。射撃行使術式(シュートプログラム)は桃花によって入力済み(リザルト)です」

「んがっ」

 優は肩を落とす。

「ただぶっ放すだけの行使術式(プログラム)だからなー、たぶんほとんどの行使術式(プログラム)は桃花ちゃんに入力(インプット)されてるだろうし、あの子の能力だと最適化と並列化はもうやることないと思うぜ?」

 悟がにやにやと笑い、優の肩を叩く。

「久しぶりにアレ、やりますか?」

 優の誘いに悟はちょっと待ってろ…と部屋を出て行く。


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