プロローグ
専門用語的な内容が多いです。読み仮名の表現は状況によって違いますが、そういうものです…あしからず。
急速に発達した科学は魔法と区別がつかない…。
アーサー・C・クラーク
入学して一ヶ月あまりが過ぎた。
ブラックボードに派手なスーツと短いスカートを履いた秋雨京という二十代後半の担任教師がホワイトマーカーで文字を書き入れる。
S、A、B、Cと分類分けされたそれらを見て、生徒たちは呆然としていた。
それぞれの分類分けの後に名前が記入される。
「おいおい、不良がエリート入りしてるぜ」
後ろから小突かれて、左右違いの瞳を持つ男子生徒が目を丸くする。Bの後に記入された黒沢優だった。レモンイエローとサファイアブルーの特色ある瞳を持ち、特に特筆されるような目だった印象を受けない生徒だったが、素行がとりあえず悪い。奇異の視線を浴びせられている原因にもなっている瞳の色の違いは優をうんざりさせ、素行を悪くしていったという理由もなんとなく理解できないわけでもなかった。
人と違うことが優は嫌いだったからこそ、その分類分けにも納得できなかった。
「ってぇなコラ」
優は小突いた奴をに振り返って睨む。すると目つきの悪いがっしりとした体躯の生徒がニヤリ、と笑った。小突いた砂山悟は別段運動部だったりスポーツをしていたわけでもないが、高い運動能力とさっぱりしている性格の気のいい奴。優と悟は中学時代からの知り合いで、同じく進学してきた旧友でもあった。
「あれ、行使者のクラス分けだよな」
「そうみたいだけど…俺は別にあいつみたいに特別じゃない」
優は応えながら、隣の席の女子を親指で指差した。
「桃花ちゃんね…確かにあの子は特別だ。カワイイし」
悟はそういうことを臆すこともなく言える。悟の言う、かわいいとは中学生以下にも見えなくない幼い顔立ちと大きめの瞳。すらりとした肢体で優しそうな笑顔の少女で、確かにかわいくないと言えば嘘になる。桃花はその容姿と保有している特定の行使術式や能力の高さから災害や事件などが発生すると教室から出て行っては、その日のニュースに名前と顔が紹介されるくらいの人物であった。
「優くん、同じクラスですよ。がんばりましょうね」
そんな優等生ですごい奴がどうして俺と一緒に行使術式の習得特別授業を受けなきゃならんのだ。
優はそう思っていると、悟がひょいひょいと桃花を指差す。
「え?あ、おう。がんばろうな」
話しかけられていたことに気付いて、優が慌てて応えると桃花は嬉しそうにうなずいた。
進学して一ヶ月、クラスメートの名前と顔がようやく一致し始めたこの時期に始まる新しい出来事…。それは放課後十七時から行われる、行使者と呼ばれる世界革新のきっかけにもなった行使術式に対しての専門教育を施す。まずはクラス分けが発表された。
ざわつく教室の中、SからCまでの後に二名ずつ名前が記入されている。クラスの人数は二十八人。その中から選ばれたのは八名だけだった。
「お前ら!静かにしろコラ!」
勝気な台詞と同時にブラックボードをばんばんと手の平で打ちつけ、豪快な音を鳴らす京。その様子や先輩の不良たちも一目置く存在である彼女は京の姐さんとも呼ばれている。
そんな彼女の声に従わない生徒は誰一人もおらず、教室がシン…と静まり返った。
肌の露出の多い赤のスーツに同じく脚線を美しく表現しているピシっと脚に絡まるようなスカートを着用している今年で二十六の彼女は鋭い顔で教室を見回した。
制服で言えば、男子である優たちは青と白を基調にしたブレザーとズボンで、女子はピンクと白を基調としたブレザーとスカートを着用している。特に女子の制服は近隣の学生たちにかわいいと言われ、つい最近では何かの雑誌にも掲載されていたと聞く。
国公立なんたらかんたら学園という長ったらしい名前のため、近隣や人々は学園とこの学校を呼び、その知名度は桃花の知名度と共に知られていた。
「聞け!Sクラス二名は明日から二年のCと合流しろ。A、B、Cは基礎から教導が始まる。いいか?」
じっと優は睨まれていて、顔を伏せる。
「なんで俺を見て言うんだ」
優は呟くと、悟が後ろでうしし、と下品に笑っている声が聞こえた。
素行の悪さ、という点で優の右に出るものはいない。学園の生活が始まってしばらくすると、優は朝のHRにはいない、教室に顔を出したと思ったら昼過ぎ、と既にその素行は教職員誰もが耳にするならず者の印象を全員に与えていた。
とは言うものの、全寮制のために朝早くになると『コスプレ幼女の目覚まし時計』に叩き起こされて、寮でフケ込もうなどとすればたちまち外に追い出される。その追い出し方も自衛隊や各国軍隊が使用するような行使術式を行使してくるのだから、たまったものではない。
「明日十七時から始まるからな。Bクラスは私が担当だ。わかったか優!」
「あー、ソユコト」
自分の担当が京の姐さんだから、より五月蝿く言われるのか…。
優はどうしてずっと自分を見られていたのか知ると、気分が億劫になってくる。顔を伏せたままにして寝ているふりをしている優に桃花がおろおろしていた。
「聞いてるのか!」
「あーい」
怒鳴られて優は右手をひらひらとさせて見せた。
かったりぃ。
正直に言えば、なぜ十七時からそんなものにわざわざ出なければならないのか…。
アフターファイブと呼ばれる特別講習があることは聞いてはいたものの、行使術式をまともに使えない自分に白羽の矢が飛んでくるとは思いもしなかった。
「センセー、何で緋村さんがBなんすか?」
優はふと気付いて、その気付いたことを口にする。
「基本とかそういうの、緋村さんなら必要ないと思いますけどー?」
優の質問に京はにやり、と嫌な笑みを浮かべる。誰もが思っていることだった。行使術式を使うために、宝具を使用するのだが優はそれができない。アフターファイブはそんな基本もできない奴を参加させるような補修項目ではない。それに比べて桃花は世界行使術式機構(WPO)や日本魔法省(JPM)にて階級認定を与えられた正式な行使者でもある。基本、などとは既に無縁の地位にいた。
「お前が壊した宝具の数はいくつだ」
優は痛いところを突かれて顔をしかめる。それは重々承知している。
「そういや…前の実技でもぶっ壊して…」
悟が後ろで呟くのを優は聞き逃さなかった。それほど優は毎回、宝具を壊す。
宝具、とは一定の行使術式を入力しておき、それを行使術式を扱う行使者が制御する。高度な宝具になれば自立規律定義を持ち、持ち主の行使術式を起動する合図やさまざまな動作、呪文のような名称を入力すれば直ちにそれを行使するものを与えられる。
優はそれに行使術式を入力しようとすると、必ずといっていいほど破壊していた。
宝具は今や、生活のすべてに影響を与え、街を見れば自動車の原動力だったり、街灯に使用されている。世界革新の中枢にあるのは行使術式と宝具で、街を見れば宝具がない景色はどこにも存在しない、と言われるまで至る所にそれが見受けられた。
バツの悪そうな顔をしている優に京は腕を組んで答える。
「お前のお守りだよ、桃花は」
「チッ」
優は舌打ちをすると、クラスメートの何人かがクスクスと小さな声で笑う。
「センセー、明日は風邪を引くのでやすみまーす」
優は適当にそう言うとカバンを引っ掴んで教室を出る。待て、何処に行く!と怒鳴り声が聞こえた気がしたが、性質の悪い幻聴だと優は思ってそのまま歩を進めた。
テキトーにぶらつくか。
優は学園の外に出て駅周辺まで出ると、人がたくさんいた。
他の学生や生徒たちは優を見て、物珍しそうに指を刺したり、見られた。少なくとも宝具の扱いに慣れている、または行使者であるということは世界では一種のステータスになり、その特別新学校でもある優の制服は目立つ。さらに優が左右違いの瞳であればなお更、特別に見られても仕方ないことなのかもしれない。
優越感は何処にもなかった。むしろそんな人が嫌いでもあるし、目立ちたいとも思わなかった。
「よぉ、にいちゃん、それカラコン?」
いかにもガラの悪い連中に絡まれる。
「俺は今気分が良くないから、うざいんですよね」
優が挑発されているから同じように答えると、男は後ろに二人の男を引き連れていた。
そういえば悟は今日、バイトあるって言ってたな。
そのまま通り過ぎていく優はゲームセンターに悟を連れて行こうとする考えを断念する。
「てめぇ、シカトすんなコラ」
優は相手にするのも面倒で歩こうとすると、後ろから微かな行使術式の行使方向を感じて振り返った。
「行使術式を使えるのはお前だけじゃねぇんだ!でかいツラしやがって学園の生徒さんよ!」
男は拳を大降りに振ってくる。
「行使術式…炎!」
突き出された拳を優は後ろに上半身を逸らして回避する。男はケンカ慣れしている様子でそのまま左を同じように…炎で包んで優の横っ腹めがけて打ち出そうとする。
「ストップ…です」
突然、優と殴りかかってきた男の間に桃花が割り込んで、パシンと手を両手で押さえ込む。男は驚いて二歩ほど下がり、桃花は困ったように呟いた。
「行使術式は人を傷つけるためにあるものではありません」
諭すようににこりと微笑む桃花に男は悔しそうに桃花を睨む。
「チッ、女に助けられるなんてザマねぇぜ、カラコン野郎」
完全に桃花に押さえ込まれて男が吼える。負け犬の遠吠えは向こうだとわかっていても、優は頭にきた。
「行使術式、起動準備、対象固定…射撃」
優は桃花の背中に手の平を向けると、手の平に光が収束して放たれた。桃花を迂回するように放たれた弾丸は男たち三人に直撃して、男たちが動かなくなる。
宝具がなくても行使術式は使用できる。宝具はあくまで補助であり優には必要ないものだったが、それを扱うこと…行使術式を誰でも使えるようにするのが行使者の使命でもあるとしている規定では優は未熟者の烙印を押されている。
「優くぅん」
桃花が泣きそうな顔をして優を責める。傷つけるために行使術式があるわけではないという桃花の言動を思い切り否定する一撃ではあった。
「先にも言ったように、行使術式はですね…人を傷つけるためではなく…」
ピンと人差し指を空に向けて説教するように言い出す桃花を優は受け流して、桃花に背を向けて歩き出す。
「うわ、うわわ、置いて行かないでください!」
桃花が慌てるが、優は別に気にせず歩き出す。説教みたいなのはたくさんだった。
桃花が優の隣に追いつくと、優は一定のペースで歩くが、桃花は前に出たり後ろに下がったりしている。何となく優は歩速を緩めると桃花が隣を歩き始める。
ちっせぇ…。
別段、気にしていたわけでもないが桃花の頭がふわふわと見えるのを見下ろして優は素直にそう思った。
桃花は百五十程度の身長で、優は百七十を超える。何気なく気付いたが、テレビなどで写る桃花とはなんとなく印象が違って見える。
「桃ちゃん」
「何でしょう」
「行使術式はどうしてそう呼ばれるんだ?」
「基本術式は数式と今までの原則で組み上げられるからです。サー・アイザック・ニュートンの三原則である慣性の法則、運動方程式、作用反作用の法則などですね。まあ、それを逆転させて虚数値をとることもありますが、その三原則の反転も使いますし、それは逆ニュートンなんて呼ばれ方もしますが」
それらの原則はなんとなく頭に入っている。生まれる前から頭の中にあったような…。
学園には物理化学の科目は存在しない。それは全員が生まれつき知っているからであって、行使術式や法具の扱いに長けているものは全員そうだった。
「頭の中で展開した行使術式工程を精神情報網に通して意識層と無意識層を循環させて戻って来た情報を処理、実行するのが行使者なら、その事象を引き起こす引き金はどこにあるんだ?」
「さぁ、そもそも精神情報網なんて呼ばれ方をしているネットワークですら、私たちが発見したときには既にありましたからね。私たち、とは世界行使術式機構(WPO)ですが…。精神学者のヴェリエッタ・アルクス・レーディンさんが行使術式を体系化させましたが…わかっていないことのほうが多いんですよ」
「宝具機能もヴェリエッタが考案したんだろ。精神情報網に行使者が直接潜入しなくても、宝具を中継として使用することで安全に早く処理できるようにした」
「正解です。ただし今は付加機能が多くて…特に行使術式を記録できるようにしてからというものの、プロセッサというよりはディスク(記憶媒体)として使用することのほうが多くなって、宝具はディスク(記憶媒体)であるという認識に変わりました」
「それを俺は扱えないから、広義では俺は行使者ではないって定義されるよな?」
優の質問に桃花は首をかしげる。
「本来、宝具は持っている行使方向を増加させたり短縮起動させたりするのがメインで使われているんですが…そうですね…十のものを百にするようにセットされていて、限界値が百八十まで猶予を与えられて設定されているとしまして…」
桃花はうーんと悩む。
「階級の与えられていない行使者には発動制限が世界中にかけられている封殺行使術式によって制限されているんです。宝具はその封殺に対して逆関数をかけて発動させるためのものでもあってですね…優くんがいつも行使する術式が百八十までしか耐えられない宝具に大して二百以上の過負荷をかけているのではないか?と言われているんです」
「つまり強力すぎるってことか?」
「はい、先ほどの三連分散の射撃ですが、あれは普通のレベルの行使者が使うことは不可能です。ぱっと見た感じでは、装弾する際に三つ分を一つにまとめていましたから、まず射撃三発分の行使術式に必要な展開力が必要ですよね。そして高速化、制御、威力管理も三つ同時に行いました。つまり全ての制御に三倍必要な仕事量ですから、合計で十二倍の行使術式を制御する力が必要だったんですよ。あれを見て確信しました」
桃花はにこりと笑う。
「私がやって来た理由は君がいたからです」
「行使術式なんて理論の塊を行使するやつの台詞とは思えないな」
優は苦笑すると、桃花は首をかしげる。
ロマンチストってやつかな。
優は本屋を見つけるとそこに入る。
「じゃあな」
偶然居合わせて話をしたが、やっぱり頭の中身はすげぇ奴だ。
優は話の半分以上を理解できなかったので、世界行使術式機構(WUO)のエース、緋村桃花は別次元の人間だと再認識させられた。逆ニュートンだのそんなことは考えたこともないし、虚数を展開するだのどーのとかはさっぱり要領を得ない。
「あー、そうだ、さっきはサンキュな。ああいう連中に絡まれるのはしょっちゅうでよ。目の色が独特だから目立つんだろうな。まぁ何はともあれ、大丈夫だからよ」
優は手の平を振って少年誌のコーナーで立ち止まり、適当に本を取って読む。
桃花も本屋を見回して、目を輝かせたかと思うととてとてと本屋の中を歩き回っていた。
何だ、目的地は一緒だったのか。
優はそう思うと、雑誌に再び視線を落とす。
しばらくして違う雑誌に手をかけようとすると、ガラスに映った桃花が視界に入った。
よくよく目立つ奴だな…。
桃花は難しそうな本のコーナーで立ち止まって、ふんふんと首を縦に振ったり横にかしげたりして、左手で本を持ち、右手で天井を指差すと、そこに行使術式を起動していた。本に書かれている行使術式を試しているのだろうが、正直目立つ。
世界人口に比べて行使者は二割しか存在しないと言われており、行使者そのものが特殊な生き物であるとも言われているのに、桃花は人前で普通に行使術式を展開しているのだから、目立つなと言うほうがムリだ。
店員さんに困ります、と注意を促されて桃花が慌ててぺこぺこと頭を下げている。彼女の人生はわからないが、とても行使術式を扱うことに慣れていて、生活の一部なのだろうと優は思うと雑誌に視線を落とす。
毎月なんとなく購入しているファッション雑誌を購入して、茶色い袋を持って外に出ると桃花も同じようにして本を胸の前で両手に抱えるようにして出てきた。
暇だな…新しいCDでもチェックするかなぁ。
優が歩き出す。
「…」
ひょこ、ひょこ、と桃花の頭が動くのが見える。さして気にすることでもないのだが、身長差で生じる歩く速度の違いで桃花が前に出たり下がったりするのだから、気にしないでおくほうがムリだった。
俺、尾行されてるのか?
優はCDショップに入ってしばらく物色していると、桃花も店の中をうろつき始める。
以外なパンクロックコーナーの視聴用ヘッドフォンをつけたりして、桃花は慌ててそれを元に戻したりしているのを見て、優は苦笑した。
しばらくすると数名の客が桃花を指差して桃花を取り囲む。
「緋村特A級行使者ですよね?」
「うおすげぇ、ナマだ。ナマ桃花だ」
客たちが勝手に騒ぐのを尻目に、優はやはり有名人だな、と思った。
騒がしくなって来た店内から逃げるように優は外にでると、いつの間にかまた桃花が隣を歩いている。
「…」
コンビニに入って一周して出る、用もないのに大型電気店に入ってぐるぐると中を回って外に出る。食料品を売っているスーパーに入り、ドラッグストアで購入する気もないプロテインの五キロ缶の注意書きを読み、外に出る。
「おい、何か用なのか?」
たまらず優は桃花にたずねる。
「用事終わりました?」
相変わらず隣にいる桃花が首をかしげた。
「質問に質問で返すな。なんか用なのか?バツゲームで優を尾行しろとか、嫌がらせをしてやろうとか、そういうことなのか?」
「用事が終わってから時間がほしいんですよ」
質問に答えているのか、いないのか…。優はため息を吐いた。元より用事などないのだから、早く切り出してくれれば暇つぶし程度に話には付き合ってやれる。
「用事はない。何か用か?」
「そうなんですかー、じゃあですね」
「長いのは嫌いだぜ。落ち着きがない子で通ってるんでね」
優がにやりと笑うと桃花が困ったような顔をする。
長いんだな、話…。
適当にカマをかけてみたが、長い話ならドラッグストアの駐車場で立ち話もおかしな話だ。優の左右違いの瞳や知名度のある桃花が立ち話すれば、通行人の注目を浴びることは間違いない。今も二人ほどの通行人が立ち止まって主に桃花を見て何か話をしている。
「お前は俺をぴったりマークしてたよな。振り切ろうとしたのに」
「なんで振り切るんですか」
桃花は不満そうに頬を膨らませる。
いや、無言で隣をずっと歩かれたら撒くだろ普通。
優はあえて口にしないでおくことにする。どうにも常識が通用しないらしい。
「ハラ減ったから、とりあえず何か食うか」
「え?おなかすいたんですか?」
「成長期でね」
優がゆっくりと歩き出すと、桃花が付いて来る。
「まだ用事あったんですか…」
まだ歩くのかと、うんざりしたように言われて優は苦笑する。
「お前に付き合う用事があるんだよ」
「なるほど」
桃花は嬉しそうに微笑む。
バーガーショップに入って二人が列に並ぶ。
「こういうお店、始めて入りました」
「へぇ、珍しいな。俺なんて土日はコレだな」
「はぁ…ジャンキーフードでしたっけ」
「ジャンクだジャンク」
狙っているのか、天然なのか、行使術式以外にはまったく興味がないような発言に優が失笑する。
「何か食うか?さっき助けてくれたわけだし、一応礼だ」
「え、飲み物だけでいいですよ。歩き回って喉が渇いちゃいました」
そりゃ悪うござんしたね…。
優は自分の分と一緒にウーロン茶を頼んで、スキャナの上に手を置いて商品と交換する。
「こんなところまで自動化されているんですねー」
桃花はきょろきょろと周囲を見回している。
「そうだなー、そうみたいだなー」
優はいちいち取り合っていると疲れそうなので適当に相槌を打ちつつ、二回にトレーをもって二人席にトレーを置く。向かい合うようにして座ると桃花にカップを渡す。
「ありがとうです」
ストローに口をつける桃花を見て、優は苦笑した。
「とらねぇからよ…」
両手で大事そうにカップを抱えて飲む桃花は首をかしげる。そういうつもりではないらしいが、優は何となく小さな桃花に対してLサイズの大きいものを買い与えたのだ。何ともいえないギャップがある。この店の殺人的な大型…キングLは桃花の顔ほどの大きさがある。二リットルだか三リットルだか内容量があるはずだった。
「で?なんの話だ」
「明日からアフターファイブです」
「知ってるよ」
どうでもいい内容だったので、一気に話をする気もなくなる。
「知らなかったかと思いました」
ホンキで言ってるらしいな。
桃花は驚いたように呟く。
それがなんだか遠まわしに喧嘩を売られているような気がした。つい先ほど、学園で京に言われたばかりなのに、忘れるわけがない。そして優は忘れていると思われていたらしい。
「それで購入するというか、準備しなければなりません」
まだ要領を得ないので優は口を閉ざして耳を傾ける。
「宝具を個別に準備しなければならないのですけれども…先ほど見て確信しました。優くんは普通の宝具じゃだめなんですよ。壊しちゃうと思うので」
優は今まで壊した宝具の数を思い浮かべて、うんざりした。一つ十万円以上の宝具を二十個以上は壊している。学園の備品でなければ首を吊っていたかもしれない…。
項垂れている優を見て、桃花が苦笑した。
「しょうがないですよ、優くんは特別です」
「は?」
「いえ、別に。とりあえずですね、基礎段階では空の宝具に行使術式を入力する作業の高速化とか、入っている行使術式の解析とかもやると思うんですね。できるだけ大容量の宝具がいるんです」
「待て待て、俺はアフターファイブはフケるから別に準備しなくてもいいぜ」
説明してくれて何だけど、悪いね。
優はそう思いつつもその話は無駄だよ、と言外に伝えると、桃花が悲しそうな顔をする。
「お父さんとお母さんが草葉の影で泣いてますよ」
「勝手に殺すなよ。二人とも生きてる…」
桃花はきょとん、とする。
「じゃあおじいちゃんとおばあちゃんで」
にこりと微笑まれて、優は盛大にため息を吐いた。
「そんなに俺を出席させたいのか?」
「ええ、してもらわないと困ります」
「なんで」
「秘密です」
「どうして」
「えっちです」
「ぐあ」
女の子に上目遣いでそんなことを言われては何も言えなくなる。優等種族は劣等な種族の面倒を見るクセがあると聞いたが、これもそうなのか…。
いやまて、それじゃあ俺は哀願動物クラスだと思われているのか…それはいやだな…。
「で、ですね。優くんは大容量かつ高速処理可能な宝具でないとたぶんダメなんです。入出力の処理速度が速くないと…ボン!」
桃花が右手を天井に向けると、ぼんっ!と炎が小爆発した。
「わかりやすいんだが、行使術式をむやみに使うな」
そこらじゅうででトレーやモノを落とす音が聞こえてくる。
「まぁそれでですね…私の昔使っていた宝具を貸してあげようと思うんです。先ほど調整が仕上がったと連絡がありまして」
「準備が早いな。拒否権は?」
「いいですよ。拒否権はあなたが生きることを拒否したとみなします」
ぼんっ!
優のオレンジジュースの入ったカップが爆発して、中身が蒸発した。
「危険等級トリプルA、黒沢優が本官の指示に従わない場合、その抹殺及び消去を一任する。これは正式な日本魔法省(JPM)の見解であり、私は承諾しました」
「…はい?」
降って沸いたような話に優は自分の耳を疑った。
「観測された事実である以上、それは否定する余地のない事象。黒沢優、あなたは最上級危険因子です」
指を指されて優は目を丸くする。桃花は笑顔のまま答えた。
「もっとも君が、本当に悪い奴だったら良かったと思います」




