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ーーーつまり、罠が仕掛けられていたと?
まさか、自分が殺されるように仕向けられていたとは思いもしなかったリリアナだが、そう言われると辻褄が合うような気がした。
「でも1人ではなく、もしもパトリックと一緒に林の奥に行っていたら?魔獣が襲ってきたとしてもパトリックがいれば勝てたかもしれないわよ?」
アークがリリアナのお目付け役に指定したパトリックも、アーク程ではないが、筆頭公爵家の息子であるため幼い頃より誘拐などに備えて防御と攻撃に秀でている。
「恐らく何かの誘導魔法を使ったのだろうね。いくら薬草獲りに来たからと行って、普通に考えてリリー姉さまからこんなにも離れて、僕が気がつかないなんておかしいし。それに、僕はリリー姉さまの気配をずっと側で感じていたんだ。林から兄上の声を聞いたときは驚いたよ。何かが割れる音がしたから、リリー姉さまが側にいないんだもの」
パトリックがそう答えると、それで間違いなさそうだなとアークも頷いた。
「恐らく、パトリックには幻想魔法でリリーが側にいる錯覚に陥らせたんだ。後で、何かが割れる音がしたのは、幻想魔法の効果が切れたからだと思う。ーーリリーが1人になったところで、林の奥に徐々に誘導し、ライベルトの花を鍵にして魔獣が襲いかかるように仕掛けたーーリリアナ1人なら間違いなく殺されていたはずだからーー」
「兄上!言葉が過ぎます!!」
パトリックが慌ててアークの話を遮ると、リリアナの表情を伺う。
ーーーそうか。私が殺される計画の話だから心配してくれたのね。
幼い頃の誘拐監禁事件のトラウマもあり、パトリックのようにリリアナが取り乱すと考えてもおかしくはない。
ただ、リリアナは元日本人の転生者であり、普通の15歳の貴族令嬢ではない。
前回の事件の後、リリアナはまだ幼く精神的に追い詰められた状態になった。あの時は、転生者として記憶が甦り、別人格が同居することでなんとか恐怖を克服した。今回も同じ恐怖状態にならないよう、精神コントロールをしなくてはならないとリリアナは感じていた。
ーーーでも、やっぱり恐いかも…
1度前世で自分の死を経験していたが、巨大な獣に襲われそうになったのは初めてである。しばらくは、少しの物音にも怯えて過ごすことになりそうだ。
そして、時間が経てば経つほど込み上げてくる恐怖もある。リリアナは自身の手が、がくがくと震えてきたのを誤魔化すため名一杯手を握りしめた。それを見たアークが、リリアナに恐怖心を更に抱かせてしまいすまないと謝ってきた。
「言葉が過ぎたねーー。リリー大丈夫か?必ず守ると言っておいて、助けが来るのが遅くてすまない」
そう言って、リリアナの握りしめた手をアークの手が上から包んだ。
「リリーが魔獣と対峙していたときは、本当にリリーが失われるんじゃないかと怖かった。今後はもっと早く駆けつけるとカルラ・ルカに誓うよ」
ーーーもしかして、今日助けに駆けつけたのって…
リリアナが己の身に付けたカルラ・ルカの指輪をなぞると、アークはそれに応えるように説明を始めた。
「リリアナへ贈ったカルラ・ルカのペンダントと、指輪は俺の風の精霊と繋がっている。リリーに何か起これば、この俺のブレスレットが反応をして教えるんだ。これらの3つのアクセサリーは元々、同じ宝岩から作られていてね、精霊が俺にリリーの危険を伝えるよりも早くブレスレットが反応した。それで、慌ててリリーの元へ助けに来たんだ」
アークはリリアナの手を自身の口元に寄せて、カルラ・ルカの指輪に唇を落とす。
「リリーにこんなにも怖い思いをさせてしまうなんてーー次がもしもあるとしたらーーもっと早く駆けつけるよう、アクセサリーを調整しないとね。本当にリリーが助かって良かった」
とアークがリリアナの髪に顔を埋めるようにして囁いた。アークもリリアナが失われてしまうような恐怖を二度と味わいたくないーーーと強く思っていたのだ。
アークの仕草はリリアナを恥ずかしくて居たたまれない気持ちにさせたが、アークに抱き締められていると、魔獣に襲われた恐怖が段々と和らぐため、リリアナは大人しくしていた。
また、今回のアークの登場の種明かしをされて、リリアナはなるほどと納得もしていた。アークによってリリアナに何かしら守護が付けられていて、アークが素早く助けに来てくれたと感じていたのだ。リリアナはカルラ・ルカのペンダントと指輪を今後も絶対に外すまいと誓った。
「兄上、暗くなればここはまた危険です。とりあえず、安全なところに移動しましょう」
リリアナの震えが落ち着いてきたのを見て、辺りを警戒していたパトリックがアークに林からの避難を提案した。
「そうだな。ここはまだ、罠が仕掛けられているかもしれない。調査は明日以降にし、今日は引き上げよう」
アークはおもむろに移動用の水晶を出すと、パトリックにアークとリリアナの側に来るように伝えた。




