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償いの魔法使い  作者: 餅巾着
20/25

夏休み(歩夢編)

やっぱり俺様は天才だ。情報を制するものは世界を制す。あのヤ○ザの組長かなりキテたよななぁ。殺気ムンムンでムサ苦しいってぇの。笑顔で諭吉の束を数えていると携帯の着信がなった。三コールぐらい鳴ってから携帯に出る。

「もしもし、あの件なんだけど。見つかったぜ」

「ほ、本当か!本当に見つかったんだな」

 俺はその吉報に驚いた。もしかしたら、一生出会うことなんてできないと思っていたから。

「あぁ、間違いねぇ。場所と時間はメールで送るから」

 そう言い残して電話は切れた。電話だと通話記録が残るから詳しいメールでする。どのみち記録は残りはするが、後者のほうが圧倒的に安全だと長年の経験が告げていた。携帯が振動する。俺はメールを開いた。げっ、あの組長のビルかよ。嫌な予感がビンビンする。

「用心棒でも雇うか。えっとぉ暇そうで強くて人の頼みを断れなさそうなのはと」

 この条件で当てはまる人間が一人いた。ひとまず電話でもするか。俺は電話を掛けた。



 携帯が振動している。着信画面には桐生歩夢の文字が浮かび上がる。俺は先ほどから暇になってしまったので、特に考えなしに出た。

「は~い、遊離ですけど」

「相変わらず間の抜けた声だな。まぁいつもどおりか」

 がははと下品な笑いを漏らす。女の子はもっと言動に気を使いなさい。相手は男だった。

「それで何か用か。用がないなら俺は宿を探さなきゃならんから切るぞ」

「ちょ、ちょっと待った。宿なら俺が提供してやるから」

 歩夢が慌てている。珍しいこともあるものだ。いつも相手のペースに乱されていたはずなのに。歩夢は深呼吸して言った。

「ひとまず今から会えないか。デートしようぜ」

 歩夢は取って付けたような理由で俺を誘う。嫌な予感がするぞ。ビンビンするぞ。

 しかし、背に腹は代えられない。野宿をして警察の方のお世話にはなりたくない。

「いいぜ。デートだな、期待するぞ」

 俺は乗ることにした。まぁ相手は歩夢だしデートっていうのもあながち間違いではない。

最近、性癖が拡張している。女っぽさがあれば、女なのかもしれない。自分が怖かった。

「よっしゃ。じゃあ詳しいことはメールで送るから時間内に来てくれよ」

 それだけ言って歩夢は電話を切った。一体、何が起こるのか。この時の俺は知る由もなかったとエピローグを語ってみる。




 歩夢から送られてきたメールは実に簡素なものだった。その事務的なメールでデートを語るな。デートとはもっと崇高なもので。そもそも俺にとってこれが初デートだった。相手は男だ。

「こんなのが初体験! アブノーマル過ぎるぜ! ヒャッハー」

 よくわからない奇声を発していた。俺はメールの場所を確認する。えっ、嘘。どうやら学校近辺のようだ。距離はざっと三百キロはあった。この場所と時間を逆算したら二時間で行く羽目になった。日本新どころじゃない。俺は将来スプリンターになるよ。そう言い残して、全力疾走で目的地に向かった。やはり、俺は振り回されるのがお似合いらしかった。

「遅い。五分遅刻」

 歩夢は怒っていた。五分くらい大目に見て欲しい。距離が距離だったのだから。

「すまん。場所が分からなくて」

 俺の言い訳に歩夢は頬を膨らませていた。可愛い。いやいや客観的に見てだよ。

俺の意見じゃないよ。誰に弁解してるんだ、俺は。

「じゃあ、キスしてくれたら…許す」

 歩夢が上目遣いに俺を見てくる。うわっ、こりゃあもう女の子です。間違いありません。

「わ、わかった」

俺は歩夢の両肩を持って顔を近付ける。俺からキスするのって初めてじゃね。色々初めてを奪われている、男に。仄かな甘い香りがする。そんなことどうでもいいか。

「どっせい」

歩夢が頭突きしてきた。あぁ鼻がひしゃげてる。アニメじゃなかったら折れてた。

「これで許してやるよ」

あははと高笑いする。くそう、くそう。なんで俺がこんな目に。俺はヤサグレていた。

「で用件はなんだ。危ないことならしないぞ」

 俺のその言葉に歩夢がピクンと反応する。危ないことなんだね。俺は泣きたくなった。

「いやぁただの捜しものを手伝って欲しいだけなんだ」

 歩夢が言葉を濁す。探しものか。見つけられるものなのか。

「探しものね。歩夢が俺を頼るってことはよっぽどのものなんだろうね」

 仕方がないなぁ、俺も鬼じゃない。断らない男は断れない男だった。

「実はそれがちょっとドンパチやったオヤジでね。用心棒として遊離を呼んだんだ」

 歩夢が素直に俺に話す。それだけ大事なものなら手伝う外あるまい。

「はいはい、こうなったら最後まで付き合うよ」

 俺は歩夢の手伝いを引き受けた。後悔は微塵もなかった。



「というわけなんだ。困った困った」

 歩夢は力なく笑っていた。なるほど。簡単に説明するとこうだ。悪いことしてたオヤジがいて、そのネタで揺すった男が実は歩夢の探しものを持っていたと。だから、口を塞がれて殺されないように俺を呼んだと。実に簡単だ。俺は利用されていた。デートじゃないんかい。

「どうでもいいが…。それが分かったのって、そのドンパチが終わった後なんだろ」

「な、何が言いたいんだよ」

 歩夢が食って掛かる。いや、ちょっと近い。照れる。

「それって罠じゃね」

 俺の言葉に驚きを隠せないようだ。そんなこと考えていなかったと。本当にいつもの歩夢らしくない。そんなことじゃ死んじまうぞ。

「それでも! それでも、俺は探さなきゃいけない」

 それが自分の義務だと言わんばかりの剣幕に押される。一体探しものとは何なんだろう。聞いてもいいのかな。

「その探しものってなんなんだ」

 俺はズバリ聞いてみた。仕事を引き受けたんだ。知る権利はあるだろう。

「あぅ、えぅ、言わなきゃダメか」

 歩夢が口ごもる。言いたくないことなのかな。俺の方が困る。

「差し障りがなければ」

 言わなければ言わなくて良いと思っていたが、どうやら観念したようだ。

「分かったよ。言うよ! その代わり絶対誰にも口外するなよ」

 念を押される。俺は分かってるよと即答した。歩夢は心を決めて話しだした。



 桐生歩夢には兄妹がいた。それも双子の兄妹だ。二卵性双生児というものだったそうだ。

一卵性双生児とは違い、異性の場合があるらしく。歩夢と妹はこれらしい。

しかし、妹はすぐに別の者に引き取られたそうだ。歩夢の親には経済的余裕がなかったからだという。正当な理由とは言い難いが、それで両方幸せになれるのなら問題はない。歩夢はモノゴコロが付いた時に親に聞かされたらしい。しかし、どうしてか妹の存在を確認することは出来なかった。誰かが隠蔽したのか。それなら一体なんのために。幼い歩夢には理解出来なった。そして、歩夢は妹を探すことにした。情報屋を名乗り、情報を集めた。それもすべては妹を探すため、その為だけに今まで生きてきたのだと言う。妹の言葉を言う度に歩夢の目には確かに深い繋がりがあるように感じた。

「人に話すのは恥ずかしいな」

 歩夢が恥ずかしがっている。俺は素直に驚いていた。歩夢も人の子だったのだと。

「いやぁ、俺は歩夢のことが知れて嬉しいよ」

 本心から出た言葉だった。歩夢はさっきよりも照れ臭そうにしている。

「お前ってば、よくずるいとか卑怯とかって言われるだろ」

 歩夢が言った通りだった。何かとそんなことを言われてきた。一体、どうしてなのか俺には分からなかったが。

「とにかく歩夢は妹ちゃんを探したいってことなのね」

 俺は要約した。しかし、歩夢の妹か。兄貴でこれなら相当可愛いんじゃないのか。俺は鼻の下が伸びていた。いかんいかん、俺は急いで手で鼻の下を覆う。

「お前に妹はやらんぞ」

 どうやらがっつり見られていたらしい。相当なシスコンのようだ。顔に似合わず。

「じゃあ、お前を貰うよ」

 歩夢の顔が真っ赤になる。なんか面白いぞ、歩夢。完全に俺のペースだ。わなわなと歩夢が震えている。今の俺になら好きな子を苛めたくなる衝動が分かる。いろんな顔が見れるもんね。俺は一人納得していた。

「勝手にしやがれ」

 そう言って歩夢は歩き出していた。うん、勝手にしろとはどっちの意味だ。俺はそれが気になりながらも歩夢の後を歩いていった。



 目的地の道中は歩夢と他愛のない話をする。情報屋となって面白い事件などを聞かされた。一番面白かったのは痴漢の正体を暴くというものだった。捕まえるためではなく、スカウトするためだったらしい。その手の輩は挙って注目していたようだ。何でもただの性犯罪と括るには惜しい技術だったらしい。何故なら被害にあった女性たちは彼を恨んでなどいなかったからだ。初めは嫌がりながらも徐々に快感が生じてしまった。そして、その快感に身を委ねようとすると去っていく。釣った魚に餌はやらない主義か。悪くない。その正体は誰にも分からなかったようだ。もしくは気付いた女性が口外しなかったのだろう。独り占めしたいが為か。他の被害者より優位に立ちたいが為か。まぁ真偽の程は定かではない。結局、迷宮入りのお蔵入り。今では生きる伝説とさえなっている。しかも、そのお陰で性犯罪は激減したらしい。犯罪者たちは彼のようにはなれないと悟ったようだ。凄い奴もいたものだ。感心している間に事務所に着いた。あからさまにやばい雰囲気が漂っている。小便チビリそう。いや、例えだよ。少し出たかもだけど。歩夢が扉の前で振り向いた。

「ここからはちょっとヤバいから、なるべく喋んなよ」

忠告された。下手な発言は揚げ足取られるのかね。やだやだそんな世界。

「無論、何かするつもりはないよ。俺ってばチキンだから」

 体が強張る。全身チキン肌だ。歩くのもやっとと言った感じだ。そんな俺にため息混じりに言った。

「お前は不思議なやつだよな。格好良かったり、逆に悪かったり」

 うん、なんか言ったか。小声だったからいまいち聞こえなかった。まぁ大切なことじゃないんだろう。俺は歩夢に付いていく。階段を登り二階に着いた。タバコの煙が外にまで漏れている。くせぇくせぇ。

「じゃあ、行くかんな」

 その言葉と同時に部屋に入っていった。中にいる全員がこちらを見る。全員が全員危ない感じだ。スキンヘッドにパンチパーマ。顔に大きな傷があったり、歯が殆ど無いものまでいる。ここが最下層か。もしくは地獄か。

「どうも、みんなの歩夢ちゃんだよ☆」

 歩夢が可愛い声を上げた。完全に場違いの存在が俺の前にいた。

「おぉ歩夢ちゃんか! 相変わらず可愛いね」

「歩夢ちゃん、組長からあんまり搾り取らないでよ。下手すると殺されちゃうよ」

「う、後ろの男は彼氏さんかい。歩夢ちゃんに手を出したら殺すぞ、われ!」

 強面の男たちが黄色い声援を上げている。なんだこの亜空間は。俺は現状を把握できない。

「ちょっと組長さんに用があってぇ」

 歩夢ってば怖い女だぜ。豹変と言うものはこういうことを言うんだな。騙されないようにしようと心に誓う。鳥頭だが。

「あぁ、そうなの。一局打って欲しかったのになぁ」

「俺も歩夢ちゃんには負けっぱなしだからね」

 残念そうに項垂れている。娘みたいなもんなのかな。若い子ってだけで関わりがないのか。嫌な職場だった。

「この部屋だよ」

 そう言って案内してくれた人に歩夢は礼を言って部屋に入った。もしかしたら、帰るときにドンパチやるための造りになっているのか。コワイコワイ。

「失礼するぜ」

 そう言って歩夢は歩を進める。俺も遅れないように続いた。中はわかりやすく言えば校長室みたいな感じだ。大きな机に大きな椅子があるあの感じだ。違いといえば異様な雰囲気くらいだろうか。圧倒的なまで威圧感が所在なく放たれている。これも一種の魔法のようだ。

「歩夢か…」

 椅子がこちらに振り返る。そこには大柄で白髪の爺さんが座っていた。その目はどこを見ているのかよくわからない。目が見えていないのかもしれない。

「やぁ爺さん。例の件のことについて聞きたい」

歩夢とこの爺さんは旧知の仲らしい。歩夢に情報屋として処世術を教えたのは彼なのかもしれない。こんな後ろ盾がいれば、恐らくミスをしても揉み消してくれるはずだ。まぁ、そんなミスを歩夢がするとは思えないが。

「相変わらず鼻が利くな。犬並だ」

 爺さんは特に何かを驚く様子はなかった。予想の範囲内だと言わんばかりに。

「あんた知ってたな。それなのに黙っていた…何か理由があるのか」

 歩夢が踏み込む。どうやら切羽詰っているようだ。表情から焦りが見える。

「知っていたよ。お前に三百万ほど取られた時も。なんなら初めて会った日から」

 爺さんは悪びれる様子などは微塵もなかった。時期を待っていたかようだった。

「三百万…」

 あっ、ポロッと言っちゃった。喋るなって言われてたのに。

「ほう、他に誰かいるのか…気付かなかったな」

爺さんが言う。気付かないのは当たり前だ。気配を消すのは癖のようなものだからな。

「出で立ちから察するに相当じゃな。さながら歩夢の用心棒と言ったところか」

 ご明察。それだけ分かるのなら視覚がなくとも無問題だな。俺は素直に関心した。

「話逸らしてんじゃね! 早く教えろ」

 歩夢の怒号が飛び交う。怒っているのは歩夢だけだが。爺さんはやれやれと言う。

「じゃあ、お望みどおり話してやろう。隠し通せるものでもないからな」

どうやら本題に入るようだ。俺はここにいて良いのか。席を外すタイミングは完全に失った。


 爺さんの話はこうだ。歩夢は二卵性双生児として生まれて、妹はすぐに他の家に引き取られていたと聞かされていたが、それは嘘だった。その嘘は歩夢を傷付けないためのものだったのだ。しかし、両親は物心がついた時に話そうと考えて妹の存在を教えた。だが、耐え切れなくなった。知らないほうが良い真実があると考えたのだ。そして、記憶と共にその存在をないものとした。ここでのミスは歩夢にその存在を言ってしまったこと。歩夢は一度聞いたことを忘れるような人間ではなかったことだ。歩夢は妹がいるものだと信じて探してきたが、いない。

 何故なら妹は死んでいたから。しかも、この世に生を受けなかった。流産したのではない。歩夢が取り込んだのだ。お腹の中の歩夢には魔法が使え、妹には魔法が使えなかった。それが原因で起きた事故らしい。歩夢は妹を吸収して生まれた。それを知った両親は伝えるか忘れるかを考えた。その結果を先延ばしにした結果がこれだ。歩夢は真実に辿り着いてしまった。


「ふははは、少し長くなってしまったかのう。年は取りたくないものじゃな」

爺さんは笑っていた。特に気にしなくても良いと。歩夢は戦慄していた。思いもよらない真実の前で気が動転している。俺は歩夢の代わりに疑問を呟いた。

「なんで爺さんがそんなこと知ってるんだ。歩夢の両親でも知りえないことなんだろう」

爺さんは俺が口を聞いたことに意外そうだった。少し間を持たせて話しだした。

「歩夢の両親とは親戚じゃよ。おおっぴらにはできんがな」

爺さんがニヤついた顔で言った。確かに親戚がヤ○ザとは口外できないよな。妙に納得してしまった。

「そ、それじゃあ俺のせいで生まれるはずだった妹がいなくなったっていうのかよ」

 歩夢が我に返ったように聞きただす。その顔にいつもの余裕はなかった。

「そうなるな。真実を知れて良かったのう。さしずめ、体の変化で気付いていただろうに」

 爺さんのその言葉が何を示しているかは分からない。だが、歩夢は自分の体を抱き締めた。

「くっ!」

 そう言って歩夢は部屋を飛び出した。俺は完全に出遅れた。いや、それはわざとだ。

「追わなくていいのかい。奴は自暴自棄になっているぞ。それとも追う必要はないかの」

 爺さんの言葉がイマイチ理解できない。それを歩夢に聞くのも酷だと思った。

「教えてくれ。体の変化ってのはなんだ」

 その言葉で歩夢は走り出した。その理由が知りたかった。

「ふん、妹をその身に取り込んだのじゃ。男にはない特徴が現れても可笑しくなかろう」

 なるほどね。そういうことか。俺は飛び出した歩夢を追った。爺さんにはもう振り返らなかった。



「ちくしょう! ちくしょう!」

 なんだって俺がこんな目に合わなきゃならない。妹を取り込んだ、この俺が。にわかに信じられない。だが、最後の爺さんの言葉で納得してしまった。俺の体には妹がいることを。

「妹を殺して、挙句にこの体かよ」

 俺は宛もなく走った。先ほどから丁度雨が降ってきて、全身がずぶ濡れだ。だが、今はそれがありがたい。誰も俺の涙に気付かないのだから。俺は走り疲れて蹲った。自分という存在がなんなのか分からなくなってしまった。情報屋として生きてきた時間もすべて無駄に終わった。もう俺には何もない。何も。このまま消えても誰も気付かない。今だって…誰も…。

「な~に、しょぼくれてんだ。歩夢」

 俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。そっとしておいてくれよ。俺は顔を上げれなかった。

「爺さんが言ったことは気にするなよ」

 遊離の声は誰に言っているのか分からない。まるで独り言のようだった。俺はその言葉に聞き捨てならなかった。

「気にするな…何も知らないくせに! そんな事言うな」

 当事者でもないやつに何が分かる。無神経な言葉を俺に掛けるな。

「歩夢…お前、泣いてんのか」

 そう言って遊離は涙を拭おうとする。俺はその手を払いのけた。今触られたら、きっと甘えてしまうから。

「俺の体は異常だ。男なのに女みたいに胸が大きくなってきて。性器だって二つある。そんな異常な体で何を気にするなって言うんだよ」

 俺の悲痛な叫びも雨音で周りには聞こえていない。遊離以外には。

「気にしなくて良いんだって」

 そう言って遊離は俺を抱き締めてきた。何のつもりかは分からない。ただその温度が俺を包み込んでいた。

「やめろ! そんなことしたって、そんなことしたって…」

 言葉が続かない。遊離も払いのけられない。俺は何も出来なかった。

「さぁ、言いたいこと言え。俺が全部聞いてやる。俺が全部受け止めてやる」

 その言葉を聞いて俺は抱き締めていた。遊離を力いっぱいに抱き締めていた。俺の声にならない声を聞いてくれた。

「俺は妹を殺しちまった。生まれ来るはずの命を摘んだんだ」

「妹ちゃんは死んでないよ。だって歩夢がここにいるんだから」

「俺の体が変なんだ。こんな体じゃ誰も愛してくれない。誰にも愛してもらえない」

「愛してもらえるよ。誰にだって。もちろん俺にだって」

 すべての感情を吐き出した。遊離は相変わらず俺を抱きしめ続けている。熱くなった感情が冷めて冷静になってきた。

「なぁ…いつまで抱き締めてるんだ」

「俺はいつまでも抱き締めてたいんだけど」

 急に恥ずかしくなって遊離を跳ね除けた。こいつは俺から離れなきゃ一生抱き付いたままだと分かったから。俺は相手を油断させるために女装していた。だが、それは妹を取り込んでいたから。俺は美しいものが好きだった。それは妹の美意識の根底にあったから。全部に説明がついた。そして、納得してしまった。妹は俺の中で生きているのだと。それを体で感じることが出来る。胸に巻いたサラシももう必要はなかった。それもこれも全部気付かせてくれたのはこいつ。全部受け入れてくれたのがこいつだった。

「お前ってやっぱり卑怯でずるだわ」

 俺はにこやかに笑ってみせた。雨は既に止んでいた。

「そうか。自覚はないが」

 遊離もいつもどおりの調子だった。いつもどおりに接してくれる。俺はとても嬉しかった。

「お前、妹のこと狙ってるって言ったよな」

 俺は聞いてみた。答えは変わらないと分かっていた。

「あぁ、言ったよ」

 やっぱりこいつは卑怯でずるだ。俺をこんな気持ちにさせるんだから。

「じゃあ、お前のためにこの穴は使わないでやるよ」

 雨が降っていた空には虹が掛かっていた。


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