第77回(家=国家=小宇宙の神話以前・その29)
「う~ん…じ、尋常ならざる…肉布団がっ、よぉ…」
なんだ、未だにメル変の肉壺詰め・包み蒸し状態なもんだから風ちゃんうわごと言っただけか。えっと話を戻しますとおいらたちが驚かされた尋常ならざると言うのは
「おい道化、いい加減にしろ。下手な口上ならもういいだろう」
…えっとその、今のお言葉にも充溢するその絶対者の気力、メル変の王に愛を捧げ! 相応の愛を注ぎ返される! わたしたちメル変騎士団忍従のスローガン・初めては風ちゃんのために! 風ちゃんは初めてのために! その鋼の服従心をもってしてもうっかり膝を屈してしまいそうな程の王者の風格、そうわたしたちが尋常ならざると言ったのは、もう一人の王が現れる予感、まさにそのとんでもない思い付きに対してなのでありまして。
「ふっ。道化、主を解さぬと笑わすか。分かった、では早急に教育してやろう」
あっ! もう予兆も何もあったもんじゃありません、自分だけの愉快、それを顕わにしたところで何を恥じらう必要があろう、そんなまさに俺尊な物言いが済むか済まぬかの内でした、羽虫を捕らえた件のメル変の一個体、その後は更なる獲物を求め例のぬらぬらをあっちに伸ばしこっちに伸ばし、今の今まで何事も無く平常運転で振る舞っていたはずなのに、それがぷつっと消えて見えなくなってしまったのです、わたしたちはテレビを見てた・テレビを消した、経緯としてはそんな単純な感じなのですが、しかし事が明らかに単純で無さそうなのは、その一個体が占めていたのと概ね同程度の場所、その部分空間が何か変なのです、何か変って何が変? その部分空間=ソレを観察した印象をどう語れば良いのでしょう、先ず一個体が消失したのと入れ替わるようにしてソレが、わたしたちが占められるこの通常の空間にぽっと現れました、最初は何かの影が落ちてきたようにも思いましたが原因となるようなものは何も見当たりませんしそもそも虚空に影が落ちるなんてあり得ません、ソレは敢えて言えばレントゲンに映った像のよう、この空間をどうにかして透かし、その体腔内に見出されたような淡い影なのでした。いや、あるいはこの空間自身の影と言うべきか、いやいや影を落とされるのがもっぱらの空間自身がどうやって影を、てかそう考えるのは自分で自分に影を落とすってことで、空間が均質で無く光と干渉し得る段差を持つのならそれも可能かもだけど…ううむ。あ。ここまでなんとなく空間に固執して考えちゃったけど、それ自体が盲点の可能性もあるのか。でもなぁ、なんだかなぁ。直感的にはその線で考えていいって、そんな風に思えるんだよなぁ。
「良い良い、道化ならそれくらいは頭が回ってくれねばな。後は褒美だ、私が手ずからその『ソレ』とやらを説明してやろう」
一体どの辺りがツボだったのか、とにかく孤高の声は実に楽しげにそう続けるのです、するとおいらたちを悩ます淡い影が、時間・空間・次元…なんらかの透き通った琥珀に在りし日のまま閉じ込められて←→閉じ込められたおいらたちは最早変化という現象が理解出来なくて、それはもうどうしようも無くそのままで在り続けるようであったのに、するするする…っと縮み始めたのでした、あたかも収縮の中心点があって、そこへ向かうように速やかにです。
「ほう、また穿ったことを言う。時空の琥珀とは概ねその通り、『ソレ』とやらは戯れに創った世界ゆえ」
え?
「お前たちの在る世界に入れ子にして、私の世界を生んでみた。まぁ世界と言っても箱庭サイズ、あの不敬の輩ちょうど一匹分のせせこましいものだがな」
不敬の輩って、さっき消えて見えなくなったあのメル変のこと?
「…」
ことでしょうか? あれ、おいらたち何言い直してんだ? んん? 心拍数何故か急上昇、冷たい汗が一筋背中を伝い、膝・指先が震え。うん、これは。え? 畏れ??
「私の箱庭は、お前たち在るこの世界の欠陥を鑑み、そもそも時間や空間といった根本から改善が為されている。即ち完全なる別世界、お前たち在るこの世界からは、影にしか見えなくとも致し方ないだろう」
言うことが一々荒唐無稽、誰もが頭の中に響き続けるこの声に戸惑ったり反感を覚えてたりするのです、けど一方では皆が固唾を呑んで、次第に一点に収縮していく淡い影、その集中の真ん中に声の主が居ることを信じ・もうすぐその姿が見られることも信じ、成り行きを見守っているのです。
「もっとも、水や食物までには手が回らなかった故、流罪にしてやった不敬の輩が今後どうなるか、そこまでは責任持てないがな」
くっ。語りながら漏らす含み笑いにとてつもなく邪悪なものを感じ、ある者は身構えある者は怯え、さぁそこからどんな姿が現れるのか、淡い影はどんどん縮まり相対的に色は濃く、更に縮まり、もっと縮まり、まだまだ縮まり、縮まり、縮まっ…て? あら、随分小さく。なるのでございますネ。しかしこれ、この大きさは。
「あーっはっはっは。そう、世界を生み出せるは神のみ。即ち私は、神なりっ!」




