第75回(家=国家=小宇宙の神話以前・その27)
「エレちゃんの敵は、こいつだから」
と言って、先程の神力殴打にも奇跡的に無事だったテーブルを指させば。
「ん? …ああ、これ。蚊か」
「う~ん…暑いよぉ…蒸れるよぉ…」
なんか風ちゃんがうなされてますがそれを背景に、ぐっとテーブルに顔を近付けた姐御さんが言いました。ん。確かに蚊が一匹、とまってるねい。リンちゃんも小動物も、あんたもまたしれっと輪に戻ってきてるわね小動物、見て取ったようで頷きます。けどさ女神様、突然の奇行の理由は分かったけどそれにしちゃ熱入り過ぎなんじゃない? 季節外れの蚊とか確かにムカツクけどさ。
「寝てる時、エレちゃんみっつも刺されたんだよ? 犯人は絶対こいつだよ、ほらお腹膨れてるじゃん」
女神様は一際大きく息を吸ってぇー吐いてぇー、呼吸を落ち着かせるのもそれでおしまいのようです、再び険しい顔付きになると何思う小さな羽虫、ただお腹が重くて動けないだけか、テーブルの上で無防備に身を晒しているように見える蚊を睨み付けました、おいらたちギャラリーはまた超大型で非常に強い勢力を持った女神台風かヨ、ざわめいてなるべく女神様から距離を取ろうとします、しかし女神様は押し合いへし合いしてるおいらたちにはお構いなし! 目の玉ひん剥く凄まじい形相で羽虫に突進し始めているのです、ぬおぅ、なんか目前の光景が急にスローモーションに。そう、おいらたちを目撃者に繰り広げられているこれは確かにドラマのワンシーンのようです、無数の自我が全く同時にそんなことに思い至った結果、却って現実の方がおいらたちの思い付きに従ってしまったのかも知れません、ドラマでのこういったシーンのお約束に即し、まさに現実こそがこのような時間が引き延ばされた展開を見せてくれているのです。更にドラマでのお約束に添って一切の物音が消失します、目の玉ひん剝き、突進の大加速によっておでこも全開な女神様の口許が動いた、ここもやはりお約束で往生せいやぁぁぁぁ! いや、きちんと読唇しましょう、えー、ら・い・せ・で・は・と・も・と・し・て・か・た・り・あ・お・う・ぞ・ぉ・ぉ・(ry と。ん、来世では友として語り合おうぞぉぉ(ry と叫んでますネ。ってなにそれ女神様結局のところこの羽虫のこと認めてんじゃんご神体の三カ所から血を抜くたぁ盗人ながらあっぱれ! とかなんとか愛憎半ばして、うおっ、女神様の両眼からその流線が描く輪郭、滴の一粒一粒すらくっきりと確認される状況でぶわわっと涙が急噴したっ、やっぱりこの羽虫に異種愛を感じてしまっているのね、でも語り合おうってことは来世では女神様も蚊! 蚊に生まれ変わるとか神信用で公言しちゃったような気がしなくもなくきゅるるるっあっ、時間の流れがいきなり通常運用になって気が付けば今まさに女神様が必殺の掌を打ち下ろさんとしていて!
「神、手ずから解脱させたりゃああああ!!!」
あー、そっか女神様は神様だから一応解脱してんのか、あれ、けどそんなら友として語り合おうとは。蚊の方が神様になるってこと? またも神信用にておぶわっ!? まさに耳許で大タル爆弾Gの2段重ねが炸裂! さしもの巨体ももんどり打ち! って訳じゃないけどとにかくそのような大音響がわたしたちを飛び上がらせ、残響去れば目視出来るほどの静寂が当たりを包む。ほら、そこの虚空に “しーん” って書いてある。すぃーん。
「…見た?」
ぎょっ。なんか女神様が狂戦士化覚めやらぬって目付きでおいらたちを睨め付け回してる。えーとえとえとえと、見たとは無論静寂じゃなくて蚊を殺ったかってことだよね? わたしたち複数視力・集中解析観測網によれば羽虫は確かに女神様のその、今もテーブルに押し付けてる右掌の下敷きでやんす。ってこの使用感ありまくりのテーブル存外丈夫よね、またも神力大殴打に耐えて見せたわいやいやいや、今度こそは確実に叩いたと思うんだけどどうよ、他のメル変ども。周囲に問えば頷くという行為が出来る者はこくこくこくとそのようにし、出来なくとも肯定の概念を理解し表明したいとの意思持つ者はそれぞれのやり方で表明し、該当する概念をあるいは意思を、またはその両方を持たない連中はまぁぼーっとして何考えてんだか分からないんだけど、とにかくより根源的と思われる恐怖だけは共有されているようで、詰まるところ嵐は早急に過ぎ去って欲すぃ。
「だよねー。病気の媒介とかされちゃ困るし、駆除はなったよねー」
ころっと。女神様は劇的にいつものあっけらかんとした調子に戻りました、うん、あまりにも自然でうっかり見過ごしそうになったけど、今 “成敗” だった一連の流れを万やむを得ずって方向へさりげなくスイッチしようとしたでしょ、ううん違うの、そんな風にこそっとイメージを気にしちゃう女神様が、可愛らしくってとっても好き。




