第74回(家=国家=小宇宙の神話以前・その26)
いや、勿論リフト・オフって言うところを噛んじゃったことへの切ない抗議もしたいけど、それ以上になんですかそのうっちゃりから土俵下へ突き落とされちゃったあなたの責任は。伏して慎ましくもじもじしていたメル変の民も一瞬ぽかんとしたあと床を踏み鳴らして一斉に立ち上がり! 唱和する抗議は極めて野太く天を衝く! うおおおおお! そうよっ、わたしたちメル変はつれないあなたには乙女だけれど、縁を切るとか言うのなら、言うのなら! 羅刹となって羅切して差し上げましょうことかしら、うふふあらけれどそれも愛のひとつよねぇ、さぁ民よ、変節の王へ這い寄れ! 怒れるニャル変の民草よ、ふぅんどうしちゃったの風ちゃん慌てて手を振っちゃって。わたしたち既に手に入らぬのならいっそ…! モードに完璧に切り替わってますが何か。まぁ待てって? えー、どうしよっかなぁ。うっ。はぁはぁ。
「お前ら勘違いするな。俺は人の手からはリフト・オフって言ったんだ。つまりお前らもそんだけ動ける奴がいるんだったら、おぶってでもなんでも、動けない連中を運んでやればいいだろう。人に文句言う前に、己の互助精神を思い出したらどうなんだ」
あっ、なんか言い直してる、ああいや、ツッコミどころはそこでなく。人が手をわきわきする仕草を、そのままでやれる者はそのまま、体の構造上出来ない者も各種特有のバラエティ豊かな仕方でおどろおどろしくハーモニー、メル変どもはいと妖しく風ちゃんににじり寄っていたのだけれど、諭してやった! 感一杯に胸を張る風ちゃんを見てぴたっと動きを止めます、だけどそれは実際に諭されたからじゃないの、てか風ちゃんが今言った理屈ではどうやってもメル変どもを諭すことなんてできないのです、なんとなればその互助精神なるもの、端っから持ち合わせていないのがメル変どもの自然なのであり、例えばリンちゃんみたいなヒトに近い種、ヒトにはさっぱり近くないけど一応人語を操るからって仮説で小動物も含まれるんだけど、その精神を理解できる種はむしろ希なのでありまして、だから風ちゃんへ向かって静かに輪を狭めるメル変どもが立ち竦んだのは、我が身の不明を諭されたからではなく単に戸惑ったからなのです。うん。だからまぁ
「うおおっ、だからなんでお前らにじり寄って! 道理なら今これ以上ないってくらい明快にご説明差し上げっ、あっこら這い上るな、そんなとこで細かく身震いするな、おう、こ、これはっ? そのう、くふっ!? あーっ、むーっ」
止めること能わず! メル変ども! となるのは必定なのでありまして。
「むっ! きっ、ぇええええやぁあああああっおっふぅっ!」
ぬおっ、晴天に雷鳴ならぬ、お茶の間に激しい奇声。驚愕に場が凍り付いた。
「むむっ!? ほっ! たっ! はっ! ひょうっ! さっ!」
なおも続く裂帛の奇声群、同時に我らを縮み上がらすはこれまた続けざまの、テーブルを親の仇とばかりに打ちのめす、重く激しい殴打音。ずしんずどん。
「…! かぁっっ!!」
刹那、殺気が意識的に滞留させられ見る間に膨張したかと思うと、渾身の張り手がテーブルにディープ・インパクト! 轟音の残響にまだびりびり痺れてるわたしたちが呼吸も忘れて見守れば、女神様は口の端に会心の笑みをふっと浮かべ。
「…殺ったり」
呟いて白煙まとう右手をそぉっとテーブルから持ち上げます、じっと手を見る。おや、余裕の笑みが見る見る消えていって。
「あっ! こいつしれっと躱しやがった! にゅう、ちょこざいな! ちゃ! とっ!」
こいつ? いやそれを問うことも許されそうにありません、女神様は憎々しげに叫んだかと思うと今度はバンバンバン、左右の掌を激しく打ち合わせ始めました、目は忙しく虚空を見回し、やがて椅子から立ち上がり、視線はなおも虚空に彷徨わせ、あっちへ神罰覿面と打ち鳴らし、こっちへ悔い改めよと閃く掌、わわわこっち来たあんな変形モンゴリアンチョップ喰らったらひとたまりもねっす、風ちゃんに纏わり付いてたメル変一同、ぽーっとした表情のみを肉の間から覗かせる風ちゃんは優しく包んだまま、ざざざっと女神様から距離を取り、ぎゃっまたこっち来た、狭い台所内を逃げ惑い。いやっ、あのっ、めめ女神様。わたしたちの境遇を哀れんで、ごごご一緒に抗議してくださるのは。まっこと恐悦至極ではござ、ございますがぁっ!? いやーっ! 熱狂的支持こそ真の敵ーっ!?
「待った待った、違うよ」
急に物騒な徘徊をやめた女神様は両手を膝につくレストポジション、肩で息をしながら釈明します。




