第73回(家=国家=小宇宙の神話以前・その25)
えっと思って声のした方へ振り向けば、風ちゃんの背に張り付くよう、いつの間にかリンちゃんがそこに立っているのです。っていやいやいや、ちょいお待ち。こう言うとリンちゃんが離れた所から死角をついて忍び寄ったか、最初から風ちゃんの背後に巧みに隠れていたかのように聞こえるでしょうがううん違うのおいらたちは見たのです、台所の各所に居て一斉に、つまり同時・多方面から振り返り始めたおいらたちの目の端は確かに風ちゃんの背後にも足下にも何者の影も無かったことを捉えています、しかし視線が更に横へほんの僅か振れる間に、そうそれは全く風ちゃんが分身したようでした、風ちゃんの全身が既に占めてるその空間、まさに物質には重なり合い絶対不可のそこからすっと身を引くようにして現れ始めたのはリンちゃん、さぁおいらたちの視線が一点に定まりました、あらリンちゃんいつの間に? そう言わざるを得なかったのが正確なところなのです。そんな魔性ねぇ。姐御さんに見えなかったとしても、なんの落ち度にもならないと思うよ?
「…」
リンちゃんはわたしたちの突っ込みを聞いてません、前に立つ風ちゃんの左肩に自分の顎を載せくりっと小首を傾げてみせる、その可愛らしい仕草が一々見詰める先の相手の癇に障るように振る舞っているのです、揺るがない視線の先には姐御さんが居ます。
「ふ~…」
いや、もう一匹居たか。姐御さんの肩の後ろからひょこっと小動物が顔を出したのです、と思うと案外身軽に全身を肩先まで持ち上げ、そこにちょんと座ってしまいました。なにあんたもしかしてこの睨み合いに参戦するつもりなの、一見楽に姐御さんの体をよじ登ってきたようでいてすっかり息切れ、チョロそうだけどさ。しかし小動物は主観=不敵に・客観=いやらしく口の端をめくり上げ、三国鼎立! とばかりリン・姐御ホッテストラインに自身の視線を絡めようとして出来ません、姐御さんが埃を払うよりも無造作に手を一振りしたのです、小動物はぽーんと飛ばされ荒ぶるメル変肉の海に呑まれて見えなくなりました、この間姐御さんは一瞬たりともリンちゃんから目を逸らさず、瞬きもせず、口許だけを動かして薄く笑いました。リンちゃんの両目が挑戦的な色を強めます、じゃあもっと見せ付けてあげる、その両手をすっと開いて風ちゃんの体を愛おしげに抱きしめた、はずなのに閉じた両手は虚しく空振りしてますヨ、勢いで軽くつんのめっちゃって、踏み止まった時にはもう両目の挑戦的な光もすっかり散じていました。
「さ。全員集まったことだし、とっとと会議を始めようか」
落ち着いた声でそう告げる風ちゃんは自分の席に着き、何か書類の束のようなものをテーブルにとんとん、両手で揃えています。これもまたいつの間にか、しかし此度は過程を見定め得ず。この場に居合わせた全員、今回はわたしたちも例外じゃないんだけど、あら風ちゃんいつの間に? いやまぁ。我らが夫も役者よね。
「んー。とまぁ実はそんな風に、一時は使命感に駆られてました」
この場の全員が、椅子に座るのが自然な者は慌てて席を求め、無数の個のせめぎ合いが全として無秩序なうねりと化していたメル変肉の海はきゅっと、この一瞬は統一された意思を掲げ一個体となって中心=お誕生日席に着いた風ちゃん目指してすぼまります、更に上方・側方からは一斉に可能な限り身を伸ばす固着者たち、あ? ほらまた空気の読めない奴が一匹いますよ、小動物はしつっこくも風ちゃんの膝上を狙、って風ちゃんに打ち払われた、放物線の先はすぼまりかけてたメルヘン肉の海、肉の一斉運動が一時生じさせた深い皺に落ち・挟まれ・同化されたようです、とまぁ、とにかくみんなしてすわ! っと会議に臨む体勢を整えようとしたその矢先、当の議長・風ちゃんが全然関係ないことを言い出したようなので、一軒の家屋を埋め尽くしなお溢れんとする程の人員が一度にそれまでの仕草を中断しちょっと壮観な眺めなのです。して風ちゃん、一時は駆られてたって言うのは?
「この家のメル変の総量は、とうに俺の認識を超えているっ」
おおっ。メル変の王泣き言再びも、メル変どもの目に映る押し出しはやはり真の王、己の小さきを恥じよ! 欲に濁った目で御姿を汚す能わず! この場に集う全員が一斉に心の中にその声を見たのです、次に各自の意識は体のどこかに走る痛みを感じるところから再開されました、そう、わたしたちはいつの間にか、ぶち捨てるようにして床に我が身を投げていたのです。がくがくぶるぶる。風ちゃんが、風ちゃんが。風ちゃんマジ威王。その猛々しい言葉でわたしたちの耳穴をく、抉って。うふ。うふうふむらむら。そぉいうことなら我ら伏し謹んでっ。我らがままま膜膜鼓膜を捧げ
「よって、当家全人員の引っ越しというものも俺の、てか人類の認識自体をとうに超えちゃってて宇宙の渚ですしー、そもそも人が引き受けていい問題群からりゅフト・オフしちゃってますからー。てな訳で、この会議自体が無用なんじゃないかと。以上、解散!」
ちゃう♪ って、なんじゃそりゃーっ!




