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12月6日 其の二 昼間の公園で

 昼になった。

 公園の時計の針は正午十分前を指し、私は、やはり二人は来ないんじゃないかという確信に近い考えを抱いていて、それで何となく安心しかけていたのだが、

「おーい、桂さーん。おまたせー」

 もこぴーの声がして、二つの小さな人影がパタパタと音を立てて近づいてきた。

「来ちゃったの……」

 私は立ち上がって呟いた。

 そうだ。そうなんだ。本当は来なくて良いと思っていた。

 今、混野とまことちゃんを会わせても、何も良い結果に繋がらない気がしていた。

 今、駆けて来る二人の少女の姿を見て、ボンヤリとした不安は、はっきりとした嫌な予感に変わった。

「すみません、待ちましたか? 昼休みに無理言って連れ出して来たので、できれば短めに済ませたいそうです」

 もこぴーは私に報告してきた。

 私は、時田まことを前にした混野の様子が気になったので、横目で見てみると、

「はぁ、はぁ……」

 息荒い。やばい、こいつ。

「ほら、まことちゃん。用意した台詞をこのロリコン男に浴びせかけてやりなさい」

 もこぴーは言って、びしっと混野を指差した。そして、時田まことは息を大きく吸って、

「私、あなたのこと全然好きじゃないです! むしろ大嫌いです!」

 公園中に響く大声で言った。高く、澄んだ声。

 嗚呼、いけない。混野みたいな倒錯ロリコンにそんな台詞を言ったら……、

「ツンデレ、乙!」

 ほら、両手親指を震わせながら立てて恍惚の表情だ。

 超きもい。

 混野以外の三人が、混野との有り得ないくらいの心の距離を感じていた。

 混野はこの子の発した言葉ならどんな暴言でも性的興奮しかねない。

 いや、興奮するに違いない。

 ――嗚呼、本当に手遅れなんだな。

 そうだ、そうなんだ。

 この計画にはそもそも欠陥がある。

 混野みたいな開き直りの理論武装をしてあっちの世界に旅立ったような重度の妄想家で、何でも都合の良いように解釈してしまう狂人を相手にした時、いくら人間が消滅しようと自分の行いを省みたりしない。都合よく解釈してしまうというのはそういうことだ。

 となれば、一時的にとはいえ、世界から消滅する時田まことの運命には、何の意味もないじゃないか。そんなのって許せる?

 ……どう考えたって、否、だ。

 許せることではない。

 ロリコンの度合いの重さ軽さではないんだ。混野という人間の持つ狂気は、簡単に時田まことを消してしまうだろう。消させるわけにはいかない。私は人間だ。現世の、常識的な人間だ。桃井もこという半霊体の新米刑事の仕事よりも、時田まことという現実の人間が消滅しない道を優先したいと思っている。私の記憶の中で、桃井もこは、言っていた。

 ――時田まことさんはどう転んでも消滅する運命にあるんです。

 本当にそうなの? 思い出してみるんだ。この数日を。頭の端に、何かが引っ掛かっている。不意に私の頭に思い浮かんだのは、桃井の持っていた極秘ファイル。

『マル秘! 持ち出し禁止!』

 そうだ、確か、霊界警察の極秘マニュアルには、時田まことを消すことが更生のために行うことの一つの「例」として書かれていたはずだ。

 そうだ、あくまで、例なんだ。

 例でしかない。

 まだ間に合う。桃井もこが、時田まことに消滅の呪いを掛けていないなら、別の方法を探した方が賢明だ。

 どんな暴言も、どんな戒めも、今の混野には通用しっこない。

 今必要なのは、ロリなものからの隔離――もちろん、人が消滅するという強硬な方法でないもの――と、それと別に魅力的な何かを見つけること。

 混野にとって魅力的であれば何でも良いんだ。

 仕事でも、趣味でも、何らかの逃避でさえ。

 それさえ見つけることができれば、時田まことが消えなくても混野を更生できる可能性はある。

 しかるべき努力をすれば、混野はロリコンでなくなる可能性がある!

 あるんだ!

「もこぴー」

「はい、何でしょうか、桂さん」

「作戦を変更しましょう」

「え? 今からですか? でも、もう……」

「もう……何?」

 まさか……。

 いや、でも、軽率なこの子のことだ。

 既に消滅の呪いを掛けてしまった、なんて先走りをやらないとも限らない。

「つい先ほど、時田まことちゃんに消滅の呪いをかけてしまいました……」

 やっぱりっ!

 私は自分の額を叩いて、天を仰いだ後、

「何で余計なことするの!」

 叫んでいた。

「えぇ? でもだって、マニュアルに……」

「マニュアルがなけりゃ何もできないなんて無能もいいとこだわ!」

 マニュアルも必要なものだと思う。ただ、もこぴーみたいに頼りすぎがダメなんだ。

「あぅ……ごめんなさい……」

「その呪いは、取り消すことはできないの?」

「はい。一度掛けられた呪いは、上に申請して先延ばしにはできても、消滅の運命を変えることはできません。ごめんなさい……」

「だったら、謝る事に何の意味もないわ」

 すぐに考え方を切り替えないと、取り返しがつかなくなる。

 時田まことを消滅させてはいけない。

 そんな気がする。

『一時的に消滅させる』

 などという曖昧模糊な表現を信用して人間一人を消すわけにはいかない。

 例えば、ありえないことだとは思うが、これで、霊界と人間界が対立してしまう結果になっても、人が消えることを肯定するわけにはいかない!

 今、とるべき道は、どうにかして混野に時田まことを嫌いになってもらうこと。

 でも、どうやって……。

 そんなの無理だという諦めが、頭の中を走り回っている。

 首を振る。振り払えない。

 ああ、もう、もう、どうすればいいんだ。

「桂さん……?」

 桃井もこが心配そうに語りかける。

「そうだわ」

 私は閃いた。思いついた。そしてすぐにその言葉を放つ。

「よく聞きなさい、混野。実は、この子、時田まことはね、男の子なのよ」

「なんだって……?」

 驚いている。これで、時田まことを好きじゃなくなることができただろうか。

「だから、まことくんは、あんたの好意を受け取ることは――」

「性別なんて関係ないぜ」

 真顔……。

 混野ぉ?

 こいつダメだ。

 より深い世界への扉を開いてしまった気がする!

 やってしまった!

 どうすればいいの。

 どうすれば混野が時田まことを嫌いになるの。

 やっぱり彼女が消滅してしまうしか道はないの。

 倒錯した性癖なんて存在に、人一人の存在そのものを消されてしまうの?

 そんなの許せると思う?

 でも、どうやって止めれば良いのか、もうわからない。

 狂った混野をぶん殴って、ベンチの角にでも頭をぶつけさせればロリコンじゃなくなるかな。やってみる価値はあるかもしれない。でも、ロリコンだからというだけで殴るのも、変だと思ってしまう私もいる。

 ――嗚呼、わからない。何も。

「時田まことさん。逃げて。このままじゃ、消えちゃうよ」

 そんなことを、私が言ったらしい。

「え、え?」

 時田まことは戸惑っている。

「ああ、もう我慢できん! まことちゃーん!」

 そして遂に、混野ろり雄はまことちゃんに手を出した。抱きついたのだ。

 ――嗚呼、ついに本当のクズに成り下がったんだね、混野……。

「ひぃぃ! いやぁあああ!」

 いやらしい手つきの混野が、怯え叫ぶまことちゃんの体に手を回す。

「混野ぉ!」

 怒って叫ぶ私を無視して、

「うへへ、まことちゃん、良い匂いだね」

 ダメだ、こいつ。

 更生どころか、痴漢行為に及んだ。

 犯罪だ。

 もう消滅云々じゃない。

 現世の警察を呼んで逮捕してもらわなければならない。

 まことちゃんは、変態の手を振り払い、身の危険を感じて走って逃げる。

 少しでも混野から遠ざかろうとする。当り前のことだ。

「追うわよ、もこぴー! そして止めるよ!」

「はい!」

 桃井もこは良い返事をした。

 公園を出た。

 街を走った。

 追いかけた。

 追いつけない。速い。

 そして…………遠くで……ずっと遠くで…………信じられない……。

 信じたくない。


 ……時田まことが、巨大なトラックに撥ねられた。


 軽々と舞い上がる、女の子。

 なんで……。なんで……。

 なんで、こんなことに……。





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