12月6日 其の三 どうしてこんなことに (終)
何で。
何で。
何で。
どうしてこんなことに。
動きを止めるトラック。
駆け寄る私ともこぴー。
ただ一人、立ち尽くす混野のそばに。
そしてアスファルトを見る。
……血だ。
本当に?
でも、そこに撥ね飛ばされたはずの時田まことの姿はなかった。
見渡してみても、トラックの下を覗いてみても。
時田まことは……何処。
そこにはただ、生々しい血の跡があるだけで……。
「何があったの! ねぇ!」
私は、混野に訊いた。叫んだ。耳元で。
「わからねえ。ただ、車が来て……」
彼は小さな声で呟いた。
「もこぴー! 何がどうなって、どうしてこんなことが起きたの!」
咎めるように。
「わからないです」
桜色の服を着た女は小さく首を振る。
「はっははは、消えるとか消滅とか言ってたのは、これかよ。こえーな」
混野は軽い調子でそんなことを言った。
そして、何とその場から駆け逃げた。
最低だ。クズだ。人間じゃない。ありえない。ありえない。
あんな男が元クラスメイトであることすら、恥だ。
残された私と桃井もこは、ただ時田まことを探し続けていた。
彼女に「逃げて」と言ったのは、私だ。
その結果、時田まことは、死んだ。
何で。
本当に?
もしも死んでしまったのだとしたら、私が、私が殺したも同然だ。
私が。
私が、逃げるように言ったから。
夢だって言って欲しい。
目の前で人間が、しかも自分のせいで死んでしまうなんて、そんなの、そんなの私の視界ではあってはならないことだ。そんなの、そんなの当り前じゃないか。
常識じゃないか。
普通じゃないか。
何で。
何でこんなことになった。
ロリコンに思いを寄せられてる事が罪で、そのことが原因で死んだようなものじゃないか。
こんなことがあっていいはずない。
もしかして桃井もこぴーは、本当は悪霊で、時田まことを呪い殺そうとしていたのだろうか。
そんなバカな。
もこぴーは善良な存在だった。
でも待って、誰かがもこぴーを利用して時田まことを殺させたんだとしたら……?
霊界って、何なんだろう。
霊界警察って、何なんだろう。
一体何が目的で、何のために人を消滅させたりするんだろう。
行き場のない、悔しさが視界を覆った。
わけのわからない悲しみが零れた。
アスファルトを濡らした。
「事故……でしょうか?」
もこぴーは呟く。
「これ、事故じゃない。事件じゃん……」
でも、被害者のまことちゃんは消えちゃったし……一体、どうすればいいのだろう。
夢だって言って欲しい。
誰か。
だれか……。
汗が出た。冬なのに。罪悪感が、覆った。
止まった涙。通った跡が冬風に吹かれて冷たい。
ボーっとする。
頭が、うまく回ってくれない。
もう、何も、考えられない。何も、考えたくない。
忘れたい……忘れたくない――違う。
忘れてはいけない……。
そうこうしているうちに、
「何してるの、もこぴー」
不意に頭上から声がした。
「え? その声はもしかして……」
振り返ると、空にあった小さな裂け目から女の子が登場していた。
「あいにゃん!」
どうやら、もこぴーの知り合いらしかった。
「もう、ロリコン根絶課の課長もカンカンよ」
「え、何で」
「自分の胸に聞いてみなさいっ。とばっちりで、あたしも、まいぬーまで叱られて、地位もだいぶ下げられちゃったんだから」
「あたしのせい?」
「まぁ、だいたいはね」
「ねぇ……あいにゃん……なにが悪かったのかな、教えて欲しいよ」
「まず、ロリコン更生の失敗でしょ。自ら霊界警察であることを名乗ったでしょ、そして、時田まことちゃんは消滅の寸前に命を落としてしまったために半霊体で魂のカタチが固着してしまって、転生できないし、その他細かい問題点を数え上げたら昇った朝日があっという間に沈むわ。全く、どうやったらこんなに失敗ばかりできるのか逆に教えて欲しいわよ」
あいにゃんと呼ばれた女の子は、指折り数えながらそんなことを言った。
最後のほうには、指をグニャグニャ曲げながらその問題点の大量さを表していた。
「あいにゃん……」
「ま、初めての現世での仕事だし、めぐり合わせも悪かったし、酷な結果だったから、もこぴーに対してはあんまり厳しいことは課長も言わないと思うよ。安心して叱られてきな」
「そう言って油断させておいて強烈に反省促そうとしてない?」
「あのねぇ。あんたそれ被害妄想ってやつよ? またまいぬーに怒られるよ?」
「ああぅ、まいぬーこわい……」
と、そこへ、
「呼んだ?」
今度はまいぬーという子がやって来たらしい。
また空間の裂け目から女の子が登場した。
「さて、まいぬー。関わった全ての人の記憶を消すわよ」
あいにゃんが言うと、
「えっ! やだ! やめて! 桂さんの記憶は消さないで! 桂さんは絶対に霊界警察の存在とか、そういうの全部秘密にしてくれる人だよ。信用できる人だよ。だから、記憶を、あたしと一緒に過ごした記憶を消したりしないで!」
「でもねぇ……」と、まいぬー。
「まいぬー。甘えさせちゃダメだよ。もこぴーにも荒療治が必要なんだから」
あいにゃんが言って、もこぴーの腕をがっしりと掴んだ。
「やだやだ! やめて! 消さないでぇ!」
じたばたするもこぴー。
「もこぴー、わがまま言いすぎよ!」
もこぴーを押さえつけながら、あいにゃんが言った。
「では、消します。桂さん、目を閉じてください」
これは、まいぬーの声だろうか。
よくわからないけれど、記憶を消してもらえるなら、消してくれても……。
そう思った。
「桂さぁああああん!」
最後に、聴きなれた声が響いて、私の視界は真っ暗になり……深く深く、心地よく、沈んでいくように落ち着いていって……やがて何も聴こえなくなった。
…………そこで、記憶は途切れていた。
【ロリコン根絶計画 おわり】




