12月6日 其の一 大半の男はロリコンだぞと混野は言った
十二月六日。
「……おはよう……もこぴー」
「あ、おはようございます、桂さん」
朝、起きると、まるで居るのが当然とでも言うように堂々と、もこぴーが居て、
「今、ごはんできますから、座ってて下さい」
とか言ってきた。
「やっぱり朝はベーコンとたまごをトーストでサンドしたやつって相場が決まってますよね」
そんな相場、聞いたことないです。
「はい、どうぞ。これ桂さんのです」
「あ、ああ。ありがとう」
顔ほどの大きさの皿に載った二枚のトーストとベーコンと目玉焼きを受け取った。
「では、いただきます」
「はい、いただきます」
少し量が多いな、と思ったものの、せっかく作ってくれたものを無駄にすることもできず、
「ごちそうさまでした」
完食した。
そして食後、
「桂さん。今日はどんなことしましょうか」
勝手に淹れた紅茶を飲んでくつろぎながら、そんなことを言ってきた。
一体、私を何だと思ってるのだろう。
「あのねぇ、もこぴー……」
「何でしょうか」
目を輝かせて訊き返してきた。
「私は、現世の一般人で、もこぴーを養うだけの金銭的余裕も無いし、あなたの上司でもないの。甘えて来られても、そんなに大きく力になることはできないのよ」
「それでも良いんです。あたしが、桂さんの近くに居たいだけですから」
「あのねぇ……」
私は思わず自分の額に手を当てた。
「いい? もこぴー。あなたは何をしに来たの?」
「はい。ロリコンを根絶しに来ました」
「でしょう? その為にしなきゃならないことは何?」
「桂さんは、何だと思いますか?」
ダメだ……この子……。
「新米だからって甘えてんじゃないわよ。そんなの自分で考えなさい」
「じゃあ……時田まことさんと、混野ろり雄を、直接会わせるっていうのはどうですか?」
「だから、私に聞くなっての……」
溜息を吐きながら、突き放すように言うと、また泣きそうになった。
「何で、あたしはこんな仕事をしてるんでしょう」
もこぴーは呟いた。そんなこと私が知るものか。
結局、混野とまことちゃんを直接会わせて嫌わせるよう仕向けるという、見切り発車で穴だらけの計画を実行することになり、私はまた、混野の住むタワーマンションを訪れた。
これが三度目の訪問だ。
三度目の正直で、混野のロリコンが治ってたりしないかとか思ったけど、そんなことはまずないだろう。あれは重度のロリコンだから。
インターホンを押すと、
《はい、混野です……って……桂はんな……またお前か……》
「混野。時田さんに会わせてやるから出て来なさい」
《まじで?》
声が、弾んだ。
すぐにガチャン、と受話器を切る音がして、三十秒もしないうちに息を切らせた混野ろり雄が現れた。
六階からここまで、どうやったらそんなタイムでやって来れるのか、不思議だ。
まぁ混野が、それほどのロリコンであるということ以外で説明のつけようがないけど。
「おい、桂。本当だろうな?」
「まぁね」
もこぴーが時田さんを連れて来られれば、の話だけど。
「待ち合わせは、どこだ?」
「……あんた、仕事は?」
「そんなもの、休むに決まってるだろうが。まことちゃんの為に!」
……きも。
で、午前中ずっと混野と二人きりで十二月の寒空の下、待ち合わせ場所の公園のベンチに並んで座っていた。来るはずの二人を待っていたのだが、一向にもこぴーと時田まことは現れない。思えば、今日は学校がある。ならば授業終了後まで時田さんを連れ出せない可能性が高い。
「それにしても、どうして急にまことちゃんと会わせてもらえることになったんだ?」
「それは、ほら、あれよ。混野は妄想の中でまことちゃんを超絶美化してるんだろうけど、本物の彼女に会って話したら、現実とのギャップによって嫌いになるんじゃないかなって思って」
「そんなわけないだろう、俺に限って」
私もそう思うけど、もこぴーがそうすると決断したのだから、いつの間にか協力者になっていた私はそれに従うのが当然だろう。
「それと、このままだと時田まことが消滅してしまうわ。もし、そうなってしまえば、あなたのせいで時田まことは消滅したことになるのよ」
「はっ、人が消えたりするものか」
鼻で笑いながら混野は言った。
私だって半信半疑だけど、事実、物質を通り抜けることのできる半霊体の桃井もこという女が存在しているのだから消滅しないとは言い切れない。
何故もこぴーがロリコンを根絶しにきたのかわからないけど、全て現実に起こっている出来事で、混野はロリコンだからそれは更生するべきで、っていうか、何で混野は……。
「はぁ、何であんたはロリコンなの」
私は言って、横に座る混野を見据えた。
「……いいか、ロリコンというのは、何も異常な現象じゃない。幼い頃に同い年の子を好きになってもロリコンとは呼ばれないだろう? その状態のまま育って行ったなら、どうなる、普通の男児が幼い頃生き別れた同じ人を好きなままでいるとして、それがロリコンと呼ばれてしまうのであれば、大半の男はロリコンだぞ」
「あんたの狂った限定的な例え話なんて、どうだって良いのよ」
「お前が聞いてきたんだろうが」
そうだけど。
「混野、大事なのは、ロリコンが社会的な普通の人間からどう見られているのか、でしょう?」
「フ、普通って何だよ」
「普通とは何か、なんて子供っぽい論争で煙に巻こうとしてんじゃないわよ。この場合の普通ってのはロリコンでもペドフィリアでも性的虐待者でもなく、それに準じる何らかの行為にすら蔑みの目を向けて平和な日常を営み形成している大多数の人々の事よ」
「多数派が偉いのかよ」
「当然よ」
「……ならば、こうは考えられないか? 実は、俺のような隠れロリコンが社会には大勢居て、むしろそっちの方が多数派で、ロリコンが普通だとしたら」
「何言ってるの? そんなわけないじゃない」
「果たして本当にそうだろうか。ならば何故、ロリな娘を扱ったエロいものに需要があるんだ。皆、夢想の中ではロリロリな女の子を汚して――」
「やめて! 聞きたくない!」
私は混野から目を逸らし、耳を塞いで叫んでいた。
「何だよ、さっきから。お前から聞いてきてるんだろ」
確かにその通りだ。
混野の言ってることは狂った理論武装だと今でも思う。
だから、それを否定してやりたいけれど、でも私は混野の口からロリコンを正当化するような言葉が紡ぎ出されるのを黙って見ていられなかったんだ。ロリコンは、反社会的であることは間違いなくて、そんな人間はこわくて、知り合いである混野がそんな人間だと思いたくない。
「……何だってんだよ……」
混野はそう言って、そっぽを向いた。




