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12月5日 其の四 ファミレス新米アルバイト

「すみません! 遅れましたぁ!」

 私は、バイト先のファミリーレストランにやって来るなり謝った。高校の制服姿というコスプレ状態のまま行くわけにもいかず、一度戻って着替えていたら、時間ギリギリになってしまった。新米のバイトである私は、せめて就業時間前には準備を終えていなくちゃ、などと心に決めていたのだが、お節介を発動させて、新米刑事のお手伝いなんてしていたばかりに……。

「桂さん」

「はい! 何でしょうか、店長!」

「その子、お友達?」

「へ?」

 四十代の男で紳士な店長の手は、私の背後を差し示しているようだった。

「まさか……」

 振り返るとそこに……桃色の服を纏った桃井もこぴーの姿があった。

「もこぴー! 何で付いて来てんの!」

 私は飼い犬を叱るようにそう言った。

「一人だと、寂しくて……」

 それは何となく理解できるけど、どうして私がつきまとわれなくちゃならないんだ。野良猫にエサをあげたら付いて来ちゃって後悔するような、そんな気分だ。

「お嬢さん、お名前は」

 と、店長が新米刑事に訊いた。

「はい! 桃井もこです!」

「年齢は?」

「はい、生まれた年から総合的に計算すると二十八歳です!」

 ええええ。そんなに年上っすか。むしろ五歳くらい下だと思ってたのに!

「……では、桃井もこさん。今日一日だけ、ここでアルバイトしますか?」

 店長は何を血迷ったかそんなことを言った。

「て、店長、いいんですか?」

 私は店長の言葉を信じられず訊くと、

「はい。実は、ちょうど今日は、楓さんがまた無断欠勤しているみたいなので、人手不足なんです。猫の手も借りたいといいますか……。二人さえよければ、今日一日だけでも手伝ってくれればな、と思いまして。それに、桂さんの連れてきたお友達なら信用できますし」

 もこぴーが仕事できるとは、とても思えないけど……。

「すみません、じゃあ、今日一日だけ、お願いします」

 私は頭を下げた。

 ……で、その後ファミレスの簡単な仕事内容の説明を受けた桃井もこぴーは、

「えへへ、あたし、アルバイトってしてみたかったんです」

 ウェイトレスの制服に身を包んでふわりくるくると回りながら、嬉しそうにそう言った。何だかまた私にとって疲れることになりそうだな、と思った。


 そう思って数分後、自分の勘が結構正確なんだな、なんて半笑いで痛感する時が訪れることとなった。


 ガシャーン!!

 と激しい音がして、何事かと駆けつけると音の主はやはり……。

「桃井さん! 何してんの!」

 私は叱った。

 どうやらハンバーグセットの載ったお盆をひっくり返したようで、

「あぅああ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 と呟きながら散乱したモノたちを片づけていたのだが、

「あ熱っ!」

 熱された鉄板に直接触って火傷したらしい。私は駆け寄り、背中に手を置いて小声で言う。

「桃井さん、ここは私に任せて奥で手を冷やしてきなさい」

「は、はい」

 もこぴーは返事をして奥へと小走りで引っ込んだ。

「どうも、お騒がせ致しました!」

 私は素早く片づけを終えると、お盆片手に店内に響き渡るような声で言った。

 奥に引っ込むと、もこぴーが待っていて、

「桂さん。ごめんなさい……」

 しゅんとしていた。そして言うのだ。

「トレイの持ち方とかのマニュアルとか無いんですか? それと私、半霊体なので、時々体の一部が意図せずすり抜けるのが仕様なんですよ」

 何言ってるのこの娘。

 ていうか、意図せずすり抜けるって……。

「じゃあお客様に料理を運ぶのは無理ね……。でも大丈夫、できることがあるわ。もこぴーは入口でお客様のご案内をして」

 さすがにそれくらいはすぐにできるだろうと思っていたのだが……。

 入口の鐘の音がして若い男性客がやって来たにも関わらず、

「…………」

 無言で物陰に隠れていやがる……。

「あっれ? すみませーん。席空いてますかー?」

 戸惑う客。

 ええい、見ていられん。私は飛び出して行って、

「お客様、一名様でよろしいですか?」

 対応した。

「あ、喫煙席で、奥の席って空いてます?」

「ええ、こちらへどうぞ」

 私は案内を終えると、早足でもこぴーの所へ戻った。

「ひぅ……」

 怒りの形相だったのだろう、すっかり萎縮していた。

「はぁ……」

 私は溜息一つ吐いて、

「いい? 桃井さん。私がもう一度、最低限の見本を見せるからね。次からお客さん来たら私のやった通りにやってみて」

「はい!」

 いい返事だった。

 そして、すぐに男女二人組の学生客がお店に入ってきて、私が対応する。

「いらっしゃいませー。何名様ですかー?」

「二人です」

 高校生らしき女の子はピースしながら言った。

「二名様。お席のほうはどうなさいますかー?」

「禁煙席で」

「かしこまりましたー。こちらどうぞー」

「…………」

 で、座席まで案内し、

「ご注文、お決まりになりましたら、そちらのスイッチでお呼びくださいー」

 そう言い残して、またもこぴーの所へ戻った。

「いい? 今みたいに言って案内すればおかしなことは起こらないから」

 こくこく、と頷くもこぴー。私は不安に思いながらも、

「じゃあ、ここはお願いね」

 と、その場を任せ、呼び出し音が鳴り響く戦場へと戻った。

「桂さーん!」

 しかし戻った途端に、もこぴーの声がした。

「何っだよ」

 ついついイラ立ちを口にしながら、もう一度もこぴーの所へ行くと、

「あの、お会計をしたいっていう人がぁ」

 嗚呼、そうか。もう機転とかそういうの求めてもダメなんだな。うんダメだ。こいつダメだ。

「私がやるから、ちょっと待って」

「ウェイトレスさーん、注文お願いしまーす」

 遠くの席から声がした。

「はーい、少々お待ちくださーい!」

 私は笑顔で叫んで、レジを操作し、

「お会計、二千と九百二十五円になります。はい、三千と二十五円お預かりします。はい、百円のお返しです、ありがとうございましたー」

 と早口で言ってお客様を見送るとすぐ、もこぴーの腕を掴み、ある客席まで早歩きした。

「もこぴー……あんたホント、使えないわね……」

「だってぇ……レジ打ちなんてやったこと無いし……」

「じゃあ、しようがないわね……なんて言うと思う? あんたはこの席で座って待ってなさい」

 私は、二人掛けのテーブル席にもこぴーを無理矢理座らせ、メニューを手渡した。

「何でも好きなもの頼んでいいから、おとなしくしていて」

「はぁい……」

 物分りの良い子供が悲しむ時のように、呟いた。それで少し心が痛んだが、ただでさえ忙しいのに、もこぴーに構ってる余裕なんてない。だいたい私だってまだバイトの経験が浅いんだ。

「ウェイトレスさーん」

「は、はーい! 只今ぁ!」

 ああ、もう、忙しい!

「おや、桃井さんはどうしたのですか」

 忙しく店内を駆け回り続ける私に、店長が訊いてきた。

「桃井は使えない子、というか仕事の邪魔なので店内の置物になってもらいました」

「置物……ですか」

「十三番テーブル借ります。あと、あの子が食べた分は、私のお給料から引いておいて下さい」

「そうですか。仕方ないですね。一人少ない中で、何とか頑張りましょうか」

「はい」



 そして、しばらくして……。

「いやぁあああ、桂さーん! たすけてぇええ!」

 またもこぴーだ。もこぴーの悲鳴が響いた。もこぴーを座らせた十三番テーブルに急ぐと、男三人組に囲まれていた。

「お嬢ちゃーん。悲鳴上げるなんてヒドイよー? 遊ぼうー?」

「でも可愛い悲鳴だね。僕らと遊ばなーい?」

「ああ、チョー可愛いよね。胸もあるし。これから一緒に街に繰り出さなーい?」

 チャラい連中にナンパされていた。

「ひぅ……」

 泣きそうだった。

 全くもって世話の焼ける娘だ。

「すみません、お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、ナンパ行為はおやめ下さい」

「俺らはぁー紳士的にぃー遊ぼうって誘ってるだけだよな、桃井ちゃん」

 名札を見て名前を憶えたらしい。

「あいにく、桃井は、あなた方には興味ございません。平和にお食事をお楽しみ下さい」

「うっせーブス」

 カチンと来た。

「お客様、お代は結構ですので、二度と来ないでもらえますか?」

 私は怒りに任せて、笑顔でそう言った。

「あーあ、しらけるー」

「ま、タダ飯食えたし良いんじゃね?」

「じゃあ、桃井ちゃん、今度はそのつるぺたブスが居ない時にまた来るねー」

 二度と来るなっつーの。

「ありがとうございましたー」

 私はチャラい三人組の席にあった伝票を見て、レジに怒りをたたきつけるようにキーを打ち、

「まったく……どこに置いてもあんたはトラブル作り出すのね……」

 とボヤいた。

「桂さん……あいにゃんみたい……」

「は? あいにゃん? 誰それ」

「霊界の友達。すごーくしっかりしてるんだよ」

 ああ、はいはい、そうっすか……。

「ほら、何でもいいから、さっきの席でおとなしく座ってなさい」

「はい!」

 もこぴーは、びしっと右手で敬礼すると先刻まで座っていた座席まで駆けて行った。

 あのチャラい三人組の飲み食いした代金も、私のバイト代から引いてもらうことにした。

 本当は、あそこで怒っちゃいけなかったな、とは思ったけれど……。

 ああ、余裕無いな、私。

 こんなんじゃ、もこぴーに強いこと言えないかも……。

「ウェイトレスさーん! ごはんマダー?」

「は、はーい! 只今ぁー!」


  ☆


 ――桂さん、今日は、ありがとう。大変だったね。

 ベッドに力なくダイブした私の脳内で、そんな音声が再生された。店長の苦笑いの顔と共に。

 あの後、なかなか減らない仕事を休憩なしでこなした。死ぬほど大変な仕事って、こういうものなのかな、なんて思ってみたけど、世の中にはもっと大変な仕事もきっとあるのだろう。弱音を吐いてもいられない。

 それにしても……嗚呼、長くてわけのわからない一日がようやく終わる。

 時田まことに会いに行って、過去最大級に忙しいバイトをして。

 あとは、えっと……。

 って、数え出してみたら二つの事しかしてなくて何だか損した気分になった。

「桂さん。今日は、楽しかったですね」

 そりゃあね、もこぴーは楽しかっただろうね。

「明日も、楽しい日だと良いですね」

「――っておい! ロリコン更生はどうした!」

 私はツッコミを入れた。

「わ、忘れてなんてないですよ!」





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