12月5日 其の三 英輝学院の屋上で
フェンス付きの屋上に着いた。時田まことは、屋上のど真ん中で立ち止まると、振り返って、
「それで、用事とは何ですか?」
私に直球で訊いて来た。
「はっきり言えば、このままだとあなたは消えます」
私も直球を投げ返してみた。
「へ?」
不思議そうに小首を傾げる姿が、子供みたいで可愛らしかった。
「ほら、もこぴー、説明して」
もこぴーに説明をしろとうながす。
「え? ああ、はい。ええとですね、時田まことさんには、あたしたちに協力してもらいます。どうしようもないロリコンがこの世に存在していて、そのロリコンに時田さんは想いを寄せられているんです。十六歳でありながらありえないほどに幼い容姿をしているまことさんに目を付けた変態が、理論武装しながら時田さんの貞操を狙っているんです。そんな変態を何とか更生させるのがあたし、新米刑事・桃井もこの仕事で、ロリコンを根絶することで世界を平和に保とうとしているんです!」
これは、極秘ファイルを見ないでも言えた。
ああ、部下の成長を感じて何だか感激しそうだわ――って、私は別に、もこぴーの上司じゃなかった。
「……私が子供っぽいのは、まぁ誰がどう見てもそうだから、何とも言えないですけど、でも、どうしてあなたたちに他人の趣味嗜好にまで口を出す権利があるのです?」
時田まことの眉が不快感を表明した。
すると、もこぴーは、
「それはあたしが霊界警さ――」
「こらこら、言っちゃダメなんでしょ」
「おっと、そうでした。とにかく、そういう機関の人間なんです。なので、時田まことさんはどう転んでも消滅する運命にあるんです」
「言ってる事が、よくわからないですけど……」
そんな、私に助けを求めるような目を向けられてもわからないし、そもそも私は霊界警察の人間じゃないし、霊界警察がどうしてロリコンを根絶しようとしているのかもさっぱりだし、彼女が消えなければならない理由も当然、わからない。どうすればいいのか……。
「どうして、私が消えるですか?」
もっともな疑問を、私にぶつけてきた。
「たしかに」と、もこぴー。
って、ええええ。なにそれ。霊界警察に所属してるってのに、もこぴーにすらわからないのかい。
しかも、何で二人して私に助けを求めるような目を向けるんだ!
私は何も知らない現世の一般人で、どちらかといえばロリコンなんて病的で犯罪的な人種とは関わり合いになりたくないとすら思っている常識人で、決して新米刑事の尻拭いを生業としている女じゃないのに!
「こんな時こそマニュアルが生きるんじゃないのかな、もこぴー」
「あ、あぁ、そうか、さすが桂さん! 使いどころがわかってるぅ」
わかってるぅ、じゃないよ。
もこぴーはペラペラと極秘マニュアルを捲り、目的のページを見つけて、読み上げた。
「何故、該当者の性的興奮の対象を消滅させるのか、という問題に関しては、『伝統だから』としか言えません」
霊界警察、どうなってんの……。
ていうか今さらだけど消滅って何だろう。
神隠しみたいなものなのだろうか。
「なお、消滅させる対象者は次の二つの選択肢のうち一つを選択することができる。一つは、担当者と接触した時点で消滅し、その後は精巧に作られた偽者が消滅対象者の代理として振舞うという選択肢。もう一つは、ロリコンである該当者の更生を自身で見届け、更生に成功しなかった場合に消滅するという選択肢…………だってさ。……ねえ、桂さん。これ言葉むずっかしくて、よくわかんないんですけど、どういう意味ですかねぇ」
何で私に訊くの……。
「簡単に言うと、今消えるか、後で消えるかということじゃないかな」
私はそう言った。たぶんそうだと思ったから。
「ああ、なるほど!」
ぽむん、と右拳で左の掌を上から叩いたもこぴー。
あんたがわかんないでどうするんだーい、と言って卓袱台をひっくり返したい気分だが、私はもう大人。高校の制服なんぞ着ていても大人オーラがはみ出すくらいの大人なんだ。そんな頑固親父のような子供っぽい行為は絶対にしない女だ。
「で、何か他に質問は?」
私が時田まことに訊ねたところ、何故か桃井もこぴーが質問してきた。
「桂さん、ロリコンって何の略なの?」
「今さらかーい!」
私はついつい卓袱台をひっくり返す頑固親父のジェスチャーでツッコミを入れていた。そして続けざま、
「ロリータ・コンプレックス!」
叫ぶように言った。
「どうしてそう呼ぶの?」
「――調べてから来やがれ!」
ナボコフとかいう昔の作家の小説のタイトルが『ロリータ』で、内容が中年男性がロリータという少女に恋して色々しちゃうお話で、それが語源になったという話をどこかで聞いた。思い返してみると、先日の同窓会で混野ろり雄に聞かされた話だったかもしれない。混野は「ネットで調べた」とかって言ってた気がする。
興奮してハァハァいってる私を冷静に一瞥した時田まことは質問する。それで私もようやく落ち着いた。
「あのぅ、お二人に質問なんですけど、私が消えないために何かできることって無いんですか」
「無いです!」
即答するもこぴー。
「いや、何かあるでしょ、ほら、時田まことちゃんがロリ脱却して急に育つとか、混野がロリコンじゃなくなるとか」
「そんなの非現実的じゃないですか。まことちゃんが急成長なんて無理ですし、混野さんは既に手遅れなレベルで狂ってて、荒療治が必要なんですよ」
だけど、人一人が一時的にとはいえ消滅するんだ。
現世の一般人である私にとって、それは抵抗したいこと。
そこで私は提案する。
「あ、こういうのはどう? 時田さんがわざと混野ろり雄に嫌われるように接するの。混野側で努力するだけじゃなくて、時田さん側でも努力すれば丸く収まるはずよ、ね?」
「でもでも、今回は初めての仕事だから、なるべく該当者の性的対象者は出会ったときに消滅させて精巧な偽者を使うようにって……その方が失敗しても成功しても円滑に全てが済むからって、課長さんに言われて……」
「でも、時田まことさんは消えたくないでしょ?」
私は時田さんに訊いた。
「はい、絶対に、一秒たりとも消えたくないです。消えるなんて、意味わからないです」
小さな声で、でも力強く答えた。
「じゃあ決まりね、混野ろり雄の更生に賭けましょう」
「私、頑張って嫌われます!」
時田まことは胸の前で両拳をぐっと握り締めた。
「わ……わかりました……では、そのように課長に申請しますね」
もこぴーは不安で仕方ない、というような表情をしていた。




