12月4日 其の一 彼はロリコンでした
十二月四日。
つまり三日後のことだ。私は彼のことを少しでも知りたいと思った。だから、夜に突然彼の家に押しかけてみることにした。アポなしで。非常識な行為で少しでも自分の存在を印象づけたいという策略もなきにしもあらず。とにかく私は歩き出した。
彼が一人で暮らす家はマンションの六階にあったので、出てくる人のおかげで開いたエントランスから侵入し、エレベーターで六階まで昇り、少し歩いて彼の部屋の扉の前に立った。
少し躊躇った後、インターホンを押すと、しばらく無反応。
もう一度押すと、ガチャリと扉は開いて玄関の扉が少しだけ開いて、彼の顔が隙間から見えた。
「はい? え? か、桂はんなさん?」
そう。私の名は桂はんな。彼は驚き、慌てた様子でいた。
「や、混野。来ちゃった」
私はそう言って、扉を無理矢理開けた。
「ど、どどどどうしたの、こんな夜に」
「いやぁ、近くを通りかかったものだから」
大嘘だった。
「ヘェ、ソウナンダ」
彼は平静を装っていた。だがやはり少し様子が変だ。
と、その時、私の視界に入ったのは、揃えて置かれている小さな女の子が履くような赤い靴。
「その靴は?」
「あ、ああ、友――じゃなくて、妹の」
「あんた、妹いたっけ?」
「いるいる、生意気なのが」
嘘だと思う。明らかに怪しい。さっきから挙動も不審だし……。犯罪のにおいがする……。
どうするべきだろうか。逃げないと私も危険かもしれない。でも、気になる。私は勇気を出すことにした。何よりも、気になる彼が犯罪者じゃないことを証明したかったから。
「上がっていい?」
「あ、ああ。いいぜ」
彼はまたしても平静を装って、言った。そして私が靴を脱いで、揃え、上がりこんだのを確認すると、振り返って、こっちに来いとばかりに歩き出した。その時私は彼がトレーナーを前後間違えて着ていることに気付いた。やっぱり怪しい……何かある……と、私は確信していた。
「…………」
この部屋の構造は、どうやら2LDKのようだ。彼は、リビングへと私を通そうとしている。だが、常識的に考えて、そんな場所に秘密の何かがあるとは考えにくい。私は彼の隙を見て、リビング手前の部屋に続く扉を開けてその中へ、銃撃戦で乾坤一擲の飛び出しをするガンマンのごとく地面を転がりながら侵入した。
素早く立ち上がり、電気を点けてみると……。
「うぐっ……」
思わずそんな声が、私の口から漏れた。
「おい、桂! 何して……んだ……ぉぃ……」
背中から、少しずつ小さくなる声がした。混野は私の行動に気付いたらしく、私を止めようとしたのだろうが、もう遅かった。彼の秘密は、暴かれた。
「なに……この写真たち……」
その部屋にあったのは、大小の写真。ポスターのようにしていくつも貼られている。写っていたのは、高校の制服を着た、小学生のような少女の写真だった。それが、部屋のそこかしこに張られていて、部屋の中央にあるデスクには、パソコンと、また少女が写った写真が、立派な写真立てに入れて飾られていた。
「なに……この部屋……」
「…………」
彼は黙っている。
「もしかして……ロリコン?」
私が呟くように訊くと、
「社会的に、そう呼ばれるものなのかもしれないです……」
と元気なく呟いた。
そして私は、ある可能性を考えた。
「混野、あんた、まさか……」
私は、部屋のクローゼットを開けたり、別の部屋の押入れを開けたりして、幼女が監禁や軟禁されていないか確かめた。耳を澄ませてみる。誰もいないようだったので部屋に戻って、
「混野……重大な犯罪とか、してないよね……たとえば、誘拐とか、殺人とか」
訊くと、
「当り前だろう!」
怒ってきた。
「じゃあ、さっき玄関にあった小さな赤い靴は何?」
「想像力をかきたてるためのアイテム」
何を言ってるんだ、この男は。
「こ、混野は、こういう女の子が好きなの?」
訊ねたところ、低く渋い声で、
「桂。貧乳は、誇るべきだと思わないか?」
とか言った。それ私のコンプレックスなんですけど。
「誇れるようなものなの……?」
「胸が無い方が美しいんだよ。いや、胸だけではない、やはり発育し切れていない小さい子は可愛いんだよ」
「でもね、混野……ペドフィリアは、病気なんだよ」
ペドフィリア。それは、幼女を性的対象として見てしまう障害のことだ。
「…………何言ってるんだ、桂。俺はペドフィリアじゃないぞ」
「だとしても、少女や幼女を偏愛する性質は、すぐ性犯罪に繋がるし、性的児童虐待は重罪なのよ? アメリカじゃ村八分にされるわよ。日本でも当然そうだけど」
「はっははは。断言しよう。ロリコン=犯罪者では決してないのだと」
「ペドフィリアそのものが倒錯性癖で人権侵害なのよ! ロリコンであることはすでに性犯罪。社会的に許されるものではないわ! そんなこともわからなくなっちゃったの? ロリコンは病気で犯罪よ! きもちわるい!」
「いや、ちがう。俺はペドフィリアでは決して無い。どちらかといえばエフェボフィリアだ。だからギリギリ病気ではない。そしてギリギリ犯罪ではない」
「は? エフェ……なにそれ」
「十三歳から十八歳くらいにかけての少女に倒錯的な好意を向けて行為をしたいと思ってしまうことだ!」
「自分で倒錯してるってわかってんじゃないの!」
「ああそうだとも。わかっているともさ! だがしかし! これは個体差のある性的嗜好なのであって、そんなものにまで口を出す権利が、他人にあるものか!」
「あるわよ。そんな異常性癖のヤツが近くに居るだけで恐怖だもの。それが社会的人間が抱く普通の感情なのよ」
「だからって排斥されるというのか? ペドフィリア狂人にだって人権はあるはずだ! まして俺はエフェボフィリア! こんな性癖は男として普通なんだよ!」
「異常なあんたの『普通』を、さも世界人類の男性の『普通』であるかのように言わないで!」
「いいや、俺の周囲にはそういう男が多いんだ実際。さらに、もしもロリコンが社会的に認められないのなら、子供のような容姿をした成人女性の立場はどうなる! 結婚すれば『ダンナがロリコンなのね』とか影で言われたりしてしまうかもしれないぞ! もしそれが原因でダンナが別れを切り出すなんてことがあったら、ロリコンを社会的に否認する貴様のような存在が愛し合う二人を引き裂いたことになるんだぞ! それから、歴史を見てみろ、過去の権力者で若い子と結婚した偉人や有名人はいっぱい居るじゃないか。世界史でも、日本史でもそうだ。かつては幼女を娶ることが社会的に公認されていたんだよ! だから俺が少女を好きであることに何の問題もない!」
「なにその狭くて浅くて狂った理論武装。滅茶苦茶よ」
「だいたい! 俺は良識的で無害なロリコンなんだよ。少女の写真を見るくらい許してもらいたいものだね」
「それを何に使うかによるでしょうが」
「はっははは」
「笑って誤魔化してんじゃないわよ、この社会のゴミ!」
「いや、まぁ……わかってんだよ……わかってんだけど……止まらねえんだ……これは、恋とか、愛とか、そういうものだと思うんだよ」
「……恋……?」
私は呟き、もう一度周囲を見渡して気付く。
飾ってある写真たちが、全て同じ人物を写していたことに。
「この写真……皆同じ女の子ね……つまり、幼女全体を好んでるわけじゃなくて、この幼女のことが好きってこと?」
「ああ」
「っていうか、ちょっと待って。この子、どう見ても幼女じゃない。あんたの言ってたエフェ何とかっていう十三から十八歳に好意を向ける性癖とはちがくない? やっぱあんたペド――」
「その子、まことちゃんっていうんだけど、十六歳なんだぜ」
「……うっそ」
「だが容姿はどう見ても幼女だろ? だから俺だって悩んでるんだ。本当はペドフィリアで、精神病で、病院に行ったほうがいいんじゃないかって。でも、彼女は十六歳だし……それに、それは、この子、まことちゃんの女としてのプライドを傷つけやしないかと不安でもあるんだ」
やばい、こいつ、イカレてる、と私は思った。
「ねえ、混野。この写真、どうやって手に入れたの?」
訊くと、
「……違うぞ決して盗撮したわけではない。彼女の知り合いに頼んで撮って来てもらったんだ」
本当のところどうだか知れたものではない。
ただ、確かに少女は高校の制服を着ていて、写真のほとんどはカメラ目線だった。そこに違法性は感じられない。
「…………」
部屋を沈黙が覆ったその時、私は、彼に対する恋心がゼロになっていたことに気付いた。いや、違う、ゼロどころじゃない。マイナスだ。そして彼を犯罪者と決め付けて見るようになっていた。
私は立ち上がる。
「あ、おい……桂……」
「混野。私のこと、恨まないでね」
言って、彼に背を向けて、歩き出した。玄関の扉を開けて、外に出る。エレベーターに乗って、一階まで降りて、駆け出す。向かった先は……交番だった。
交番には警察官が一人、待機していた。
「おまわりさん!」
私は叫んだ。
「どうかしましたか」
警察官はパイプ椅子から立ち上がり、丁寧な口調で訊ねてきた。
「ロリコンがいたんです」
「は?」
「ですから、ロリコンを見つけたので、捕まえてください」
「その人は、何か具体的に、迷惑行為とか、そういったものは……」
「いえ、でも十六歳の幼い感じの女の子の写真を部屋に飾って毎日眺めているみたいなんです」
「申し訳ないですが、私ども警察は、その程度の、普通のことでは動くことはできません」
「何でですか! 明らかに彼の妄想の中でなぐさみものにされてるんです! 彼の妄想の中で少女が汚されているんですよ! それが普通なものですか!」
私は叫ぶように言った。
言ったのに、その警察官は、
「直接的に被害が出たわけではないのでしょう。私どもは、若者の痴話喧嘩に付き合っているほど、暇ではないのですよ」
相手にしてくれなかった。
でも私は確かに不快に思ったんだ。どうして、その感情を優先して動いてくれないんだ。腹立たしかった。
その後、どれだけ粘っても、動いてくれない。どれだけロリコンが危険かを説明してもわかってもらえなかった。ああ、そうか。なるほど。理解した。この男もロリコンなんだ。男の警官は信用できないと思った。
「お忙しいところすみませんでした……」
まるで、私が悪いことをしたみたいに、頭を下げながら交番を出た。
「お嬢さん、まぁ、色々あると思うけど、彼氏のこと、許してあげなよ」
「はぁ……」
彼氏じゃないっての。あんな犯罪者、好きじゃないっての。
「それでは……失礼します」
私は丁寧な口調で言って、ビシャンと乱暴に引き戸を閉めた。
だめだ。
この国はもうおしまいだ。
ロリコンが治安を守ってる社会なんて、限りなく狂ってる。
全く、警察なんてものをアテにした私が馬鹿だった。
深夜の街を歩きながら考える。
だけど、よくよく考えれば、確かな証拠もないのにあんな風に興奮しながら説明しても、ただの痴話喧嘩に思われても仕方なかったかもしれない。確かな証拠を掴んで、彼を更生させなければ、と思った。
と、その時だった。
「お、お困りですかー?」
女の人の声がした。
右、左、背後、確認しても誰も居ない。そして、もう一度前を向いたとき、視界に女の人が立っているのが見えた。胸が大きかったが、どこか子供っぽい雰囲気。桃色の服を着ていた。
それは、まさしくロリータというに相応しいような……。
「あなた、誰? 何か用?」
警官への怒りをぶつけるように、厳しい口調で私は訊いた。所謂、八つ当たりというものだ。
「ひぃ……」
こわがっていた。
「あ、ごめんなさい」
「いいえ、良いんですよ、桂さん」
「え……どうして私の名前を……」
「それは、あたしが霊界警察の者だからです」
「霊界……警察……?」
知らない言葉だった。そんなものの存在、学校で習わなかった。
っていうか、霊界って何だろう。
目の前に居る、この桃色衣服の女は幽霊だとでも言うの?
「あたしは、ロリコン根絶課の期待の新米。桃井もこです!」
「イモコさん?」
「ちがいます! もこです! もこぴーと皆には呼ばれてます!」
「皆って、誰よ」
「友達の、あいにゃんとか、まいぬーとか……って、あいにゃんもまいぬーも違う課だし、現世の人は誰も知るはずないから……そんなの言ってもどうしようもないんですけどぉ!」
「はぁ」
全く幽霊っぽくないな、と思った。幽霊って、もっとおそろしいものだと思っていたのに。
「ところで……桂はんなさん」
「はい?」
「ずばり、あなたは今、ロリコンで悩んでますね!」
「まぁ、そうですけど」
「その悩み、あたしが解決します!」
びしっと、指差してきた。
「どうやって?」
当然の疑問をぶつけてみる。
「えっと……マニュアルにあるのは……」
女はどこからか取り出した『マル秘! 持ち出し禁止!』と表紙に書かれたファイルをぱらぱらとめくり、
「あった、これだ。えっと、該当者の性的対象を特定し、その者に一時的な消滅の呪いをかけることで戒めとし、幼女を偏愛する性質の改善に繋げる」
とか言ってきた。
「は? 消滅の呪い……?」
「よくわかりませんが、まずは、混野ろり男さんが追いかけている幼女を特定する必要があると思います。何か写真とかありませんか?」
「写真がある場所なら、知ってるけど……」
「本当ですか? では、そこまで連れて行って下さい!」
「いいですけど……」
何だかおかしなことに巻き込まれているような気がした。
今日は、信じられないようなことばかり起こり過ぎる……。




