第8話 深淵
海中は既に酷い有り様だった。
兵士たちの肉片が浮かび、赤い目をした巨大な魚が捕食を繰り返していた。
地上探検者たちも応戦していたが、彼らが灯す光が一つずつ消えて暗い深海に呑まれていった。
ザクトのやつ……どうしてここにいないんだよ。
って、仇に頼っている場合か。
「どうした、怖じ気づいたのか?」
マルクが余裕の笑みを浮かべている。
「バカ言え」
俺は蒼い双剣を構えた。
人のヒレは白色が基本だ。
俺は伝承なんざ信じちゃいないが、俺の蒼い双剣には意味があるのかもしれない。
マルクの両手が筒状に変化する。
次の瞬間、光弾が深海を切り裂き、的確に海獣たちを撃ち落としていく。
そうだ、兵士や地上探索者たちは守るべき者のために戦っている。
「きゃぁぁぁ!」
一人の女に海獣の牙が迫る。
「はっ!」
すかさず、魚の海獣の鱗に双剣を見舞う。
ガキンっ!
っち、硬すぎる。
剣を海獣のエラに突き刺した。
「魚であることには変わりねぇ」
残存光量を燃やして、蒼剣の刃先を伸ばした。
「グォォォォォ!」
蒼い刃が反対側のヒレから突き出た。
そのまま海獣は海底へと落ちていく。
よしっ、まずは一体!
俺が一体倒す間に、マルクは何体ものアビスを撃ち落としていた。
すげぇ……これがAランク……残存光量も威力も桁違いだ。
正直、地上探索者を甘く見ていた。
ザクトだけじゃない。他にも化け物がごろごろいるのか。
俺も負けてらんねぇな。
“蒼十字”
双剣から蒼い光が溢れ、暗い海に十字の星を刻む。
斬撃は海獣の鱗を切り裂き、四つの肉片と化した。
「これは興味深い……」
低くくぐもった男の声が耳元で囁く。
振り向くと、黒髪に褐色の肌の男が立っていた。
「赤い目……まさか、人型の海獣……」
「ぐあっ!」
男が軽く腕を振ると、物凄い勢いでベルグの城塞へ打ち付けられた。
なんて膂力だ。
これが、メルンの同族……
遥か上を見上げる。
無数の光弾が人型の海獣目掛けて放たれた。
人型の海獣は優雅に遊泳を続け、光弾を素手で弾いた。
そして、マルクの前に迫る。
人型の海獣が素手を振ると、血飛沫が海中に走った。
赤い血が、淡い光の漂う海中へゆっくりと広がっていく。
「マルクッ!」
奴が腕を振り上げ――もう一振り……
とっさに海中を駆け、双剣を交差し人型の海獣の一振りを受け止める。
「ぐっ……」
「ふむ。やるじゃあないか。
これなら壊す前に話ができそうだ」
「話?」
今のうちに意識を失ったマルクをさっき助けた女に預ける。
「そうだ。我々の目的は一つ……姫君を探している」
「姫君?」
「そうだ……先日、暗い海の底で、姫の火石を感じ取ってね。知らないかい?」
「姫……」
一瞬、メルンの顔が横切った。
「……いや、知らねぇな」
「それは、何か知っている間だね」
人型の海獣が右腕を広げるとバチバチと何かが爆ぜる音が深海に響いた。
この音に聞き覚えがある……火石の発火音だ。
次の瞬間、男の右腕が赤く燃え盛る。
海中だというのに、その炎と熱は収まることを知らなかった。
“介錯の鋼”
再び赤熱した腕が振るわれた。
双剣で受け止めるが……
「ぐっ……なんて熱だ」
剣が焼き切れそうだ。
「凄いな……これでも耐えるとは……
どうだ人の子よ。姫の居場所を吐けば、見逃してやるが」
「あいつをどうするつもりだ?」
「どうするも何も、膨大な火石を生み出せるのは姫ぐらいのもの。彼女には、一生、牢で火石を生み出してもらわねば」
人型の海獣はやけに饒舌に説明してくれた。
「我々、海獣は他者が生み出した火石か人間の光玉を捕食せねば、いずれは死んでしまうからな」
「それなら、なおさら姫は渡せねぇな」
「どうしてだ?
姫さえいれば我々が人を食らうことも多少は減るやもしれぬ。それとも、無限の資源が目当てか……はたまた、我々の滅亡がお望みかな?」
「どっちでもねぇよ」
「は?」
「メルンが笑顔に暮らせるならお前たちに引き渡そうとも思った……でも、話を聞く限りそうじゃねぇみたいだ」
海獣の赤い瞳が、わずかに細められた。
「まぁよい……その反応で街に姫がいることは分かった。ならば貴様に用はない」
燃え盛る腕を受け止め、身動きの取れない俺の腹に、人型の海獣の蹴りが刺さる。
「ぐはっ!」
吹き飛ばされた俺は再び城壁へ激突した。
くそっ……
視界が徐々に暗くなる。
.。o○
黒髪に褐色の肌――赤い目の海獣が二人の屈強な門番の間を泳いでいった。
二人の兵士は槍を構えたまま身動きさえ取れなかった。
進むたびに、街中に絶望が広がっていく。
人々は悲鳴を上げるのさえ止め、ただ……絶望が自分に牙を剥かないか……息を押し殺していた。
人型の海獣は街の中央を抜け、二人の女性の前で立ち止まる。
「あ、あんた……誰よ……」
人型の海獣はスリアの言葉には反応せずに、スリアの腕に抱かれているメルンへと手を差し出した。
「姫、お迎えにあがりました」
「いや……メルンはぜあんといっしょ!」
「ゼアン?
はて……白髪に蒼い剣の人の子かな?」
「む……ゼアンに何かしたら……許さない」
メルンは人型の海獣に啖呵を切る。
「なら、条件を変えよう。
来ないとゼアンとやらを殺す」
「うっ……」
「ちょっと、メルンちゃんを泣かせてんじゃないわよ」
スリアが震えながら、声を張る。
その声は恐怖を押し殺そうと必死だった。
「なら、貴様の腕を斬り落として……姫を連れて行くか」
「ひっ……それでも離さないから!」
スリアは必死にメルンを抱きしめた。
震える指先がメルンの体に食い込んでいた。
「すりあ……」
メルンは、スリアの腕をそっと掴んだ。
「メルンちゃん……」
「……ぜあんをたのんだ」
「メルンちゃん、ダメ!」
メルンはスリアの腕を抜け、人型の海獣の前まで歩いた。
小さな背中を、スリアはただ見つめることしかできなかった。
「姫、それで良いのです。ただ、姉、共々逃げ出した罰として、四肢は焼き切らせてもらいます」
「いや……」
人型の海獣はメルンの腕を引っ張ると、燃え盛る右腕を振り上げた。
「たすけてっ! ぜあんっ!」
メルンの呼び声に呼応するように上方から、蒼い光が閃く。




