第7話 潮騒
天を覆う竜の頭蓋から垂れ下がる巨大な標。
その光がわずかしか届かない薄暗い広場で、
四人の男女が腰を掛けていた。
「それで……マルクとか言ったか……どういうつもりだ?」
「どういうつもりもなにも……僕は美人が大好きだ」
「いや、説明になってねぇよ。
だって、メルンは海獣だろ!」
「それは些末なことだよ。美に種族は関係ない」
「ぜあんは……メルンのこときらいなのか?」
メルンの声が上ずる。
「いや、そういう意味じゃ……」
「にしても、本当に海獣なんだ……人型なんて初めて見たかも……とそんなことより、マルク、一つ訊きたいんだけど」
スリアがマルクに向き直る。
嫌な予感しかしない。
「ねぇ、マルク、あたしのことどう思う?」
「どうって?」
「あたしの顔についてよ……なんか、メルンちゃんには赤星の君とか呼んでたじゃん」
「ふむ……君からは美など感じられないが……」
「はっ、ふざけんな!」
「すまない。他意はないんだ」
「いや、他意しかないでしょ!
ちょっと、ゼアンも何か言い返しなさいよ。
あんたの女が馬鹿にされてんのよ」
「いつ、お前が俺の女になったんだよ」
「メルンは……ぜあんの女」
メルンが俺の腕に絡みつく。
「な、やめなさい!」
何故か俺よりもマルクが反応する。
「ゼアン……貴様はそこの器量の劣る娘と結婚しなさい。赤星の君は私がもらうから」
マルクはメルンに手を差し出す。
「ぷいっ!」
メルンは俺の腕に顔を埋めた。
そして、流れるようにマルクの手をスリアが払った。
「ちょっと、きりょうが劣るってどういう意味よ!
なんか知んないけど絶対にバカにしてるでしょ」
「ふっ、学の無さが容姿に表れているな」
「むっきー!」
スリアはマルクに飛びかかった。
「うわっ、やめろっ!」
なんだかんだ、こいつら相性がいいんじゃないか?
「メルン、俺たちは行こうか……」
情報は別のやつから聞き出そう。
「うん……」
立ち去ろうとすると、マルクとスリアが叫ぶ。
「ちょっと!」
「待ちたまえ!」
「なんだよ……俺たちは忙しいんだよ」
「キミたち二人の事情を伺おう。
赤星の君を傷つける気はないが、このまま見過ごすわけにもいかない」
「ようやく話す気になったか」
マルクを信用したわけじゃない。
だが、ある程度の信を得るには、こちらの事情を話すしかないか。
.。o○
カリナ村のことや、ここに来た経緯を伝えた。
話し終える頃には、先ほどまでの騒がしさが嘘のように、静まり返っていた。
「ザクト殿が……村の殲滅に関わっていたと……
しかし、カリナ村は謀反を起こしたのだろう?」
「そこは、俺にも断言できない……というか分からない」
「にしても……罪深いことだ。
……カリナ村にも美女はいただろうに……」
こいつの価値基準は全て美なのかよ。
「だから、俺たちはザクトに攫われたレイナを追っている」
「ええっと、ザクトって人なら、酒場で首都に行くって言ってたよ」
「スリア、本当か?」
思わず彼女の肩を掴み、揺さぶる。
「えっ、うん」
「わかった。
……それで、マルクはまだ、俺たちの邪魔をするのか?」
「いや……今回は目を瞑ろう。
しかし、海獣を連れ歩くなど、無謀もいいところだ。よしっ、僕も付き添おう」
「おいっ、どうしてそうなる」
「メルン……まるくきらい……」
「なっ、そんな……赤星の君……私は紳士だぞ?
こんな薄汚い男より富も教養もある。
君を不幸にはさせない」
「てか、マルク!
その前にあたしの家を直してよ!」
スリアがマルクに食ってかかる。
「家……あれが?」
「こいつ、殺すっ!」
再びスリアがマルクに飛びかかった。
「ぜあん……いくか」
「そうだな」
俺たちは首都に向けて歩き出そうとした。
その時だった。
――ウウウウウウッ!
耳をつんざく警報が、巨大な竜の頭蓋に反響した。
「警報! 海獣の襲撃か!」
マルクがスリアを押し退け、慌てて飛び起きた。
「ゼアン、貴様も手伝え」
「はっ? どうして俺が……」
「どのみち、海獣が去らないと、海には出られんぞ」
「ちっ、手柄が欲しいんじゃなかったのかよ。
独り占めチャンスだぞ」
「今回は嫌な予感がするからね」
「ったく、言い争っている時間がもったいねぇか。おい、スリア、メルンを頼む!」
「えっ、あたし?」
「お前しか頼れる人がいないんだよ!」
「えっ、それって……プロポーズ……」
スリアは何故か胸を押さえている。
「まって……メルンも行く!」
スリアに抱きかかえられたメルンが手を伸ばす。
「危ないから待ってろって!」
「そうよ、メルンちゃんはお姉さんと大人しくしていようね。私の婚姻が破談になっちゃうから」
こいつは……
「さあ、行こうか双葉の彦――」
「おい、マルク、それ俺の呼称か?」
「ふむ、気に入らなかったかい?」
「いや、よく分かんねえから、
俺を呼んでいることさえ分かればいい」
さっきまで殺し合っていたのに、何故か俺たちは並んで駆け出していた。
都市の周囲を無数の黒い影が囲っていた。
俺は蒼剣を構え、深海に飛び込んだ。




