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ブルーオーシャン  作者: 那須 儒一


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第6話 難波

街の外れにある壊れた貝家《シェル》で作られたあばら家。


藻紙《もし》に書かれた住所は確かにここを示している。


周囲は廃棄物の残骸に囲まれていて、酷い悪臭を放っていた。


「……メルンが住んでた洞窟の方がきれい……」


「メルン、それは言ってやるな。

たぶん辛い身の上があるんだ。それでも彼女は逞しく生きている」


意を決して扉を叩いた。


「はいはーい!」


明るい声が響く。


そこには、ラフな肌着を着た女性が出てきた。


青髪にそばかす……間違いなく店員だ。


「え、本当に来てくれたんだ!

上がってってよ!」


彼女は俺の腕を掴み強引に引っ張っていった。


「って、後ろの白い奴はなんなのよ?」


「え、メルンだけど……さっきも酒場で一緒にいたじゃん」


「えっ、そうなの?

舞い上がってて全然気づかんかった。男? 女?」


「メルンは……ないすばでぃー」


「メルン、変な対抗はしなくていいから」


「はいはい、女ね。

我が家は女は立ち入り禁止だから」


「おい、これをあげるから一晩泊めてくれ」


小石程度の火石《エルン》を彼女に手渡した。


「えっ、いいのか!

よしっ、二人とも入って」


「現金なやつだな」


家の中は想像以上に狭かった。

剥き出しの貝家《シェル》の隙間から、外の青白い光が差し込んでいる。


部屋の隅には使い古された寝具が一つ。


床と合わせても三人寝たらギリギリだな。


「俺の名はゼアン――あんたは?」


「あたしはスリア! よろしくねゼアン」


彼女の差し出した手を握り返した。


「メルンはメルン!」


メルンの差し出した手は、スリアの一瞥と共に払いのけられた。


「さっそくで悪いが聞かせてくれ」


「待って、その前に一つ確認したいことがある……」


スリアの声がかすかに沈んだ。


「なんだよ」


「あんたたち……付き合ってんの?」


は?

何を言ってんだ、この女。


「うんっ!」

「いや」


メルンは肯定して俺は否定した。

どうやら認識の違いがあるようだ。


「えっ、どっちよ!

夫婦ってこと?」


「そうっ!」

「違うっ!」


一向に噛み合わない。


「だから、どっちよ!」


「おい、メルン話がややこしくなるから黙っていろ」


「むぅ……」


「てか、そんなのどっちでもいいだろ」


「よ・く・な・い・わ・よ!」


食い気味にスリアの顔が迫る。


「男で大事なのは一つ!

結婚できるか、できないか!

それだけよ!」


「随分と偏った思想だな。

俺は結婚なんてする気はさらさらないぞ」


とんだ地雷女を引き当てたな。

俺は話を訊く相手を間違ったみたいだ。


「はっ、なんでよ!」


「ぜあん……けっこんしないのか?」


何故か、メルンまでスリア寄りの発言をしている。


「俺は……レイナを救わなきゃならねぇ」


無意識に拳を握り締めていた。


「だから、今はそれどころじゃないんだ」


「レイナって誰よ!

あたしとは遊びだったっていうの!」


スリアが激しく石台の机を叩く。


「うっ、ううっ……ぜあん……うわきしてたのか……」


もう、めちゃくちゃだ。

話が一向に進まん。


コンコン――


頭を抱えてたその時、腐った流木の扉がノックされる。


「はいはーい!」


カラッと切り替えたスリアが扉を開ける。


……そこには鼻を抑えたマルクが立っていた。


「くっ、酷い臭いだ。

おおよそ人が住んでいるとは思えない」


「きゃっ! また、男だ!」


手を合わせて喜ぶスリアを背後に庇う。


「なんだよ突然! つけてきたのか?」


「ふふ、キミたちには何かあると思ってね。

手柄の予感がしたのさ」


「それなら見当違いだぜ」


「その子、海獣《アビス》だよね?」


「うっ……」


背筋が冷たくなった。

狭い室内に、遠く城壁を叩く海流の低い唸りだけが響いていた。


「ふふ、独特な臭いがしたから。

それに、キミは嘘をつけないようだな」


「えっ、海獣《アビス》?

どゆこと?」


状況の飲み込めないスリアは、マルクとメルンを交互に見ていた。


「それが、分かってたなら何で街に入れた?」


「あの場では他の兵士や地上探検者《レンジャー》もいたからね。手柄を横取りされると思ってね」


「なるほど野心家だな。マルクとか言ったか?

お前は何者だ?」


「僕はAランク地上探索者《レンジャー》、

マルク・マルホスだよ。キミは?」


「俺はゼアンだ……ただのゼアン」


「そうか、ただのゼアン。

その子の膜装《ベール》を剥がさせて貰うよ」


バシッ!


マルクの伸ばした手をとっさに弾いた。


「痛いじゃないか!」


マルクの額に血管が浮き出る。


それは、一瞬だった。光が爆ぜ、気づけば城壁に衝突していた。


今、何が起きたんだ。


隣にはメルンとスリアが横たわっていた。


マルクはスリアの家があった場所に立っていた。

軽く五十メートルは離れていた。


なんだ……ここまで吹き飛ばされていたのか?


砕けた貝殻の破片が地面に散らばり、巻き上がった砂埃がゆっくりと晴れていく。


遥か頭上では、巨大な頭蓋骨の内側を標《ランタン》の光が照らしていた。


「二人とも大丈夫か?」


「うう……」


メルンがうめき声を上げていた。


「ぎゃぁぁぁ! あたしの……家が……」


スリアは……元気そうだな。

ただ、家は木っ端微塵に吹き飛んでいた。


にしてもAランクの地上探索者《レンジャー》だと?


Sランクのザクトよりは下か。

それなら、大したことはないな。


俺は立ち上がって、左手のヒレを伸ばし蒼剣を取り出す。


「ふむ。見てくれに似合わない美麗な剣だな」


マルクは俺に向けて真っ直ぐ手を伸ばした。


なんだ?

この距離で何をする気だ?


マルクの右手のヒレが筒状に巻かれる。


そして、その指先に眩い光が収束していく。


まずい!

あれの意味は分かる!


避けないと!


いや……

振り向くと倒れているメルンをスリアが抱きかかえていた。


出し惜しみしている場合じゃねぇな。


俺は右手の蒼剣を取り出した。


次の瞬間――収束された閃光がマルクの手から放たれた。


「ぐぅぅ!」

何とか、光弾を双剣で受け止める。


眩い閃光が火花を上げている。


「おらぁぁぁ!」


光弾を天井へ受け流す。


ボンッ!


頭上の巨大な頭蓋骨に閃光が炸裂した。


「ほほう。英雄の双剣か……だが、あと十発も撃てば死ぬだろう」


マルクの手が再び俺たちへ向けられる。


くそっ!

二人がいなければ躱して間合いを詰められるのに!


いや……メルンがいなければ、そもそも俺はあの時死んでいた。


双剣を握る指先が震えている。

それでも、後ろに下がるつもりはなかった。


「来いよ、十発でも二十発でも受け止めてやる!」


体内の残存光量《ルーメン》を燃やし、双剣が蒼く輝く。


「ぜあんを……いじめるな!」


俺の前にメルンが立ちはだかる。


衝撃でめくれた膜装《ベール》から、燃えるような赤い髪がこぼれ落ちていた。


その奥に覗く赤い瞳を見た瞬間、マルクの表情が凍りついた。


収束していた光が、音もなく霧散していく。


「はっ……」


一瞬の静寂――

何故か、マルクは腕を下ろした。


奴はゆっくりとこちらへ近づいてきた。


くそっ、光弾を受けた衝撃で、膝が笑ってやがる。


「メルン、逃げろ!」


「いやだ……逃げない!」


マルクがメルンの目の前で足を止める。


「まさか……白蓮《びゃくれん》の君は赤星《あかぼし》の君だったとは……なんて美しいんだ」


……こいつは何を言っているんだ?


マルクはメルンの前で片膝を付いた。


「赤星の君――僕と結婚してくれ!」


「「はっ!」」


俺とスリアの素っ頓狂な声が響いた。

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