第2話 藻屑
焼き鯖の香ばしい匂いが貝家の中を満たす。
焼き石の下で火石が赤く光っている。
「最近――火石の値段も高騰してんだろ?」
空気に触れると熱を持つ不思議な石……俺は馬鹿だから原理はわからねえ。
この村では貝家の中でしか使えねえからなあ。
「うん……火石を取りに行こうにも、地上探索者自体少ないからね。みんな、海底一万メートルで怯えながら暮らしているよ……九千メートルより上は海獣の巣窟だから……
ねえ、ゼアン……私たち死ぬのかな……」
調理をしているレイナの背中が震えていた。
「大丈夫だ。俺が地上の楽園に連れてってやるよ!」
「ふふっ、今はあんたのバカみたいな夢物語でも少しは元気になるわ。ありがとう……」
「うっせえ……今に見てろよ、ただの夢物語じゃないって、絶対に証明してやる!」
.。o○
ふぅ……食った食った。
しっかり栄養を取って、残存光量を回復させねぇと……
さて、休息をとって光を溜めるかね。
俺たちの体で生成できる光には限界がある。
でも、地上には無限の光が広がっていると伝承が残っている。俺はいつか、その光を体いっぱいに浴びてみたい。
それに、レイナの母さんに頼まれたからな……
資源さえあれば、レイナが笑って暮らせるようになる。
俺が――暗い海底を照らす光になってやる。
.。o○
ヴォォォォォォ――
村全体にけたたましいホラ貝の警報が鳴り響く。
何事だ――海獣か?
残存光量の生成量からして、深夜三時――
貝家から出ると、白い槍を持った軍隊が村を包囲していた。
暗闇の中、無数の白い穂先が不気味に揺らめいている。
普段は静かな村に、硬い膜装の擦れ合う音だけが響いていた。
「この村で――謀反を企てている者がいるとの密告があったが?」
黒い仮面をつけた男が凛とした声を張る。
「わ、私どもの村のどこに、そのような戦力がありましょうか……」
村長であるレイナの親父さんが必死に弁明する。
「そ、そうです……私たちは日々の漁で精一杯なのよ!」
レイナの奴、相変わらず強かだな。
下手に反感を買わねえといいが。
……ま、俺も人のこと言えた口じゃねえか。
俺は岩陰に隠れ様子を窺う。
「女……その瞳は?」
仮面の男はレイナのエメラルドの瞳に目をつける。
「ささ、軍人さん方……もし、よろしければ村でおもてなしをしますゆえ……」
レイナの親父さんが露骨に話を逸らす。
「貴様、それ以上近づくと……斬るぞ!」
仮面の男から殺気が放たれる。
レイナの親父さんの握られた拳が震えていた。
それは、恐怖からではなかったと次の言葉で分かった。
「皆の衆――やれ!」
親父さんの声が深海に響く――
突如、村民たちが一斉に白いヒレを伸ばし、軍隊に襲いかかる。
どういうことだ……まさか、本当に謀反を企てていたのか?
「馬鹿が……」
仮面の男の左腕から、ヒレが伸び、身の丈の倍以上ある銀刀を形作る。
……そんな……あの刀は……
直後、レイナの親父さんが真っ二つに両断された。
赤黒い血が海水に広がり、白い砂をゆっくりと染めていく。
「いやぁぁぁぁ! お父さんっ!」
レイナの悲鳴が海中に響く。
「おい……この女を連れて行け!」
……くっ、まずいっ!
俺は水中を駆け――左手に剣を持ち、仮面の男を斬りつける。
「くっ……」
男の仮面が海底に揺らめき――落ちてゆく。
銀髪に鋭い眼光――そして、白銀の長刀。
「お前……やっぱり、英雄ザクトっ!」
「ほほう……こんな、若者にまで知られているとは、私もまだまだ捨てたものではないな」
ザクトは長刀を構える。
一括りに結ばれた彼の銀髪が、揺れる。
「ゼアン! 逃げてっ!」
「聞けない相談だ……
お前の母さんに誓ったんだよ!」
俺はヒレを伸ばし左手に剣を構える。
「ほほう、蒼剣か……綺麗だな」
ザクトの白銀の瞳が俺を見据える。
「離しなさいよっ! 痛いってば!」
こうしている間にもレイナは連れ去られようとしていた。
「待てっ!」
俺が飛び出そうとした時、ザクトが斬りかかってきた。
――くっ、速い!
とっさに左手の剣で受け止めた。
“燕返し”
衝撃で、ひるんでいると――返した刀が左腕を掠める。
「くっ……妙な剣術を使やがって……」
俺はすかさず距離を取った。
「古代の剣技だよ……少年。
……しかし、存外やるな……斬り落とすつもりだったんだがな」
こいつが、格上だってことはわかっている。
水域五千メートルの海獣と一人で渡り合った化け物。
……だが、こいつは化け物でも所詮、人だ。
海中を蹴り疾走する――左手の剣を奴の刀に打ちつけた。
「少年、速いが打ち込みが甘いな」
「くっ、余裕ぶってんなよっ!」
俺は無手だった右腕のヒレを伸ばし、奴の喉元に剣を突き立てる。
「くっ……」
ザクトは身を翻し、俺を蹴飛ばした。
「まさか、蒼い双剣……ここにも英雄の血筋が残されていたとは……危うく死にかけたぞ」
ザクトの首筋から漏れる赤黒い血が海中に溶ける。
くそっ……千載一遇のチャンスを棒に振っちまった。
レイナも連れ去られた。
これ以上はもたもたしてらんねぇ。
目を瞑り体内の残存光量を燃やす。
瞳が熱を帯びる。
両腕のヒレから光が漏れ――深淵の果てまで伸びる蒼い光剣となる。
「ほほう……残存光量の体外操作までやってのけるか……面白い!」
「そこをどけぇぇぇ!」
“蒼十字”
双剣が海底を裂き、十字の斬撃が走る。
ザクトは迫る斬撃に正面から長刀を振り下ろした。
一閃――十字の斬撃が断ち切られ、蒼い光の粒子が海中に散る。
「なっ……」
次の瞬間、銀色の斬撃が飛んだ。
えっ……?
俺の体に一筋の線が走る。
「レイナ……」
手を伸ばすが、彼女は暗い海の先へと消えていた。
指先から力が抜け、視界がゆっくりと傾いていく。
大量の血が海水に溶け、俺の体は暗い海底へと沈んでいった。




