第8話:里散策ー2
シラヌイおばあちゃんに連れられて、里の大きな広場の近くまでやってきたときだった。
カイルの背中で揺られながらふと前を見ると、広場の真ん中で、キラキラ光る細剣をものすごい速さで振り回している綺麗な大人の女騎士――レイラがいた。
その手前では、15歳くらいの半竜の女の子、エルザが「はぁぁぁ!」と大きな剣をいっしょうけんめい振り下ろしている。
(……あ、さっきの服をむしり取ろうとしてきた別動隊のふたりだ。危険。カイル、引き返して)
僕がカイルの服をツンツンと引っ張って、あたまの中で警告を発した、その瞬間だった。
「あーーー!!! アレン様がカイルの背中でお散歩されてるーーー!!! 可愛い、可愛すぎますっっ!!!」
いち早く僕に気づいたエルザが、持っていた大きな剣をガラガラガシャーン!!と地面に放り出し、こちらへ猛ダッシュしてきた。後ろからはレイラが「ちょっとエルザ、訓練中に突撃するんじゃないわよ! ……って、あらアレン様! さっき着替えたお洋服、やっぱりとってもお似合いですわー!」と、こちらも訓練用の剣をポイ捨てして走ってくる。
(ひ、ひぇぇぇっ!? 敵の突撃だっ!!!)
僕は大パニックになって、カイルの首元をぎゅっと掴むと、彼の背中に完全に顔をうずめた。
『 カイル!! 走ってくる!! 服はもう着替えたのに、また何かを剥ぎ取る気だ!! あいつらの突進は非合理的かつ生命の危機だーーーっ!!! 』
脳内ですさまじい悲鳴を上げながら、僕の手元は恐怖でガリガリと動く。
ノートに『きけんな女の騎士たちが突撃してきた。カイル、はやく迎撃して!! ぼくをまもって!!』と、涙目でとんでもない過激な防衛指令を書き殴っていた。
カイルは僕のノートを盗み見ると、お腹を抱えて「ぶはははは!」と爆笑しながら、エルザたちの突撃をひらりと身をかわして避けた。
『 あははは! アレン様、迎撃しちゃダメだからね!? ふたりともアレン様が可愛くて、ただおしゃべりしたいだけなんだからぁ〜! 』
「アレン様ーーー! カイル、その背中の聖域を私に譲りなさいっ!」
「そうよカイル、あんたのむさ苦しい背中より、私の洗練されたお洋服でアレン様を包み込んであげるべきよ!」
エルザとレイラが、カイルのまわりを「アレン様ー!」「こっちを向いてくださいー!」とワイワイ騒ぎながらグルグルと追いかけ回し始める。
カイルは僕をおんぶしたまま、「だーめ。アレン様は俺の背中が一番落ち着くんだもーん」とヘラヘラ笑いながら、ふたりの手をひょいひょいと躱していく。
(カイルのばか! 躱すだけじゃなくて迎撃してって言ってるだろぉぉぉ!!!)
声が出せない僕は、顔を真っ赤にして全力で首を横に振り、カイルの背中からふたりに向けてペシペシと威嚇の手を振った。だけどエルザには「きゃああっ! アレン様が私に手を振ってくださった……! 一生ついていきますっ!」と、さらに狂信的な勘違いをされてしまう。
僕はもう限界になって、ペチィィィン!!とものすごい勢いでノートを閉じると、完全にカイルの背中に引きこもった。
『 ……もう知らない。みんな頭がおかしい。カイルのばか。騎士たちもばか。ぼくはカイル以外だれともおしゃべりしないし、絶対にカイルから降りないんだから! 』
脳内では激おこプンプンで叫んでいたけれど、カイルが僕を絶対に捕まえさせないようにしっかりと守って走ってくれるのが、なんだかちょっとだけ楽しくて、僕はこっそりとカイルの服をぎゅっと握りしめ直すのだった。
カイルの背中で僕がパニックになっていると、それまで微笑みながら見ていたシラヌイおばあちゃんが、トントンと地面を杖で叩いた。
「これこれ、レイラにエルザ。アレン様が困っているでしょう? お散歩のあとは、みんなでおいしいおやつを食べようと思って用意してきたのですよ?」
おばあちゃんのその一言で、僕を追いかけ回していたレイラとエルザが、ピシッと動きを止めた。
「お、おやつ……! シラヌイ様の特製焼き菓子ですか!?」とエルザが目を輝かせ、レイラも「あら、それは大変。すぐにお茶の準備をいたしますわ!」と嬉しそうに口を動かす。
(おやつ……。あ、あまい食べ物のことだ……)
カイルにおんぶされたまま、里のきれいで大きなテラスの席へと移動する。
シラヌイおばあちゃんが持ってきてくれたのは、外側がサクサクで、中にあたたかくて甘いクリームが入った、見たこともない綺麗なお菓子だった。
レイラが淹れてくれた香りのいいお茶と一緒に、みんなの前にお菓子が並べられる。
僕はカイルの膝の上にちょこんと座ったまま、お菓子をじーっと見つめて、いつもの癖でガリガリとノートに文字を書いた。
『カイル。お前が代わりに食べて、僕が食べたことない物から危険だ』
脳内でも『 カイルのばか! よくわからないものは食べたらダメなんだからね! 』と、ツンツンしながらカイルを睨みつける。
カイルは僕のノートを盗み見ると、「あはは! 大丈夫だよアレン、おばあちゃんの作るお菓子はね、アレンでも絶対に美味しく食べられるから! ほら、あーん!」と、小さくちぎったお菓子を僕の口元へと差し出してきた。
まわりのレイラやエルザ、シラヌイおばあちゃんが、じーっと僕の反応をごくりと息を呑んで見つめている。
(……みんな、ぼくが食べるか見てる。食べないと非合理的で、失礼になっちゃうのかな。……じゃあ、一口だけ)
僕はカイルをうたがうような目で一瞬睨んだあと、意を決して、ぱくりと小さな口でお菓子をかじってみた。
サクッ、といい音がして、口の中に優しいお砂糖の味が広がる。
全然ベタベタしていなくて、なんだか木の実の香ばしい匂いが鼻にぬけて、ものすごく……おいしい。
(っ……! なにこれ、すっごく美味しい……!)
声が出せない僕は、驚きのあまり目をまん丸にして固まってしまった。
だけど、僕のあたまの中は大騒ぎだった。
『 カイル!! これ、すっごく美味しい!! 地下室で食べさせられていたパサパサのパンと全然ちがう! あたたかくて、サクサクしてて、ぼくこれ好きーーーっ!! 』
脳内でありえないくらい大はしゃぎしながら、僕の手元はやっぱり無意識にガリガリと動いている。
ノートに『シラヌイのお菓子は、甘さの計算が完璧で非常にぼくの好みに合致している。美味しい』と、今さっき念話で言ったことと同じ大絶賛をいっしょうけんめい書き殴っていた。
カイルは僕のノートを見ると、ぷっと吹き出して、それからすごく嬉しそうに顔をふにゃふにゃに崩した。
『 あはは! アレン様、頭の中でそんなに喜んでくれたの、俺に全部聞こえてるよ! ノートに難しい言葉で書き直さなくていいからね〜! 』
カイルの優しい念話が響く。
あ、と僕は手を止めた。またカイル相手なのに、いつもの癖でノートに同じことを書いちゃった。
僕は顔を真っ赤にして、ペチィィィン!!と勢いよくノートを閉じると、プイッとそっぽを向いてカイルの胸に深く隠れた。
『 ……うるさい。手が勝手に動いただけ。お菓子が合理的だっただけ。カイルのばか 』
「アレン様、お気に召しましたか!?」とエルザが涙を流して感動し、レイラも「よかった! 明日はもっと美味しいお茶を淹れますね」と微笑んでいる。
シラヌイおばあちゃんが「ふふ、おかわりはたくさんありますからね」と僕の頭を優しく撫でてくれた。
恥ずかしがってカイルの服をぎゅっと握りしめながらも、僕はもぐもぐとお菓子を口に運ぶ。
カイル以外はまだちょっと怖いけれど、この優しい味のする里なら、もうしばらくここにいてもいいかもしれないなと、6歳の僕の心は小さく満たされていくのだった。




