第6話:性別の選択
ちゅんちゅん、と窓の外から聞こえる鳥の声(空気の振動)で、僕は目を覚ました。
ふかふかのベッドはとても暖かくて、奴隷商人の地下室とは比べものにならないくらい気持ちいい。
(……よく眠れた。カイルは?)
隣を見ると、カイルがベッドの横の床で、僕の手を握ったまま器用に丸くなって眠っていた。大きくて強い黒竜のくせに、寝顔はなんだか情けない。
僕が体を起こした、その瞬間だった。
ドガァァァン!!!
「アレン様ーーー!!! 朝ですっ!!! お着替えとお世話に参りましたーーー!!!」
「ちょっとエルザ、扉を蹴り破るんじゃないわよ! アレン様、おはようございます!」
鍵をかけていたはずの頑丈な木の扉が、ものすごい勢いで吹き飛んだ。
飛び込んできたのは、騎士見習いのエルザと、その後ろで大量のきらびやかな衣装を抱えた女騎士のレイラだった。
「ひぇっ!? なに、敵の襲撃!?」
カイルが飛び起きて即座に戦闘態勢をとるけれど、レイラとエルザはカイルなんてまるで目に入っていない。ふたりは僕のベッドに突撃してくると、僕の前に山のようなお洋服をドサドサと積み上げた。
「さあアレン様! まだ20歳前で無性別な今だからこそ着こなせる、男の子っぽくも女の子っぽくもある、最高に洗練された中性的なお洋服をたくさん仕立ててきましたわ!」
「アレン様! まずはこちらの、きらきらのフリルがたくさんついた聖歌隊のようなドレスを! いえ、こちらのきりっとした王子様のような白いタキシードも捨てがたいですっ!!」
(な、なになに、なんなのこの人たち……っ!?)
ふたりから放たれる「可愛いお人形を着せ替えたい」という凄まじい執念(覇気)に、僕は完全に圧倒された。
すかさずカイルの背中に逃げ込もうとしたけれど、レイラに「はい、カイルは邪魔よ!」とカイルごとペシッと突き飛ばされる。
『 カイル!! たすけて!! 敵の別動隊だ!! ぼくの服を脱がそうとしてくる!! 衣服の剥奪は生存の危機であり、きわめて非合理的だーーーっ!!! 』
脳内でおろおろと大パニックを起こしながら、僕の手元は恐怖でガリガリと動く。
ノートに『女の人がふたりでぼくを襲ってきた。服がむしり取られる。カイル、早くこいつらを斬れ!!』と、涙目でとんでもない過激な命令を書き殴っていた。
カイルは僕のノートを見て、お腹を抱えてベッドの上をのたうち回った。
『 あははは! アレン様、斬っちゃダメだからね!? ふたりとも可愛い服を着せたくて、目がハートになっちゃってるだけだからぁ〜! 』
「アレン様、まずはこのフリルから……!」
「いえ、こちらのショートパンツにニーハイソックスの組み合わせこそ至高です!」
エルザとレイラが、僕の両手を掴んでグイグイ引っ張る。
アレンは顔を真っ赤にして全力で首を横に振り、カイルの枕をふたりにポカポカと投げつけた。
(ぼくはトカゲ族だぞ! ドレスもタキシードも、いらないじゃないか!!)
『 カイルのばか!! 笑ってないでどうにかしてって言ってるだろぉぉぉ!!! 』
脳内で最大ボリュームの悲鳴を上げながら、僕はカイルの背中に向かって必死にダイブする。
カイルは「はいはい、お着替えは俺が手伝うから、ふたりとも一回下がって!」と笑いながら僕を抱き上げてくれた。
朝一番から始まった賑やかな「着せ替えパニック」に、僕は里の生活が奴隷商人の地下室よりある意味で過酷かもしれないと、本気で頭を抱えるのだった。
◇◇◇
なんとかレイラとエルザを部屋から追い出して、動きやすいシンプルな中性的な服に着替えた後、僕はベッドの上でハァハァと荒い息を吐いていた。
(……あいつら、本当に非合理的だ。なんでぼくにドレスとかタキシードを同時に着せようとするんだ。ぼくはただのトカゲ族の子供なのに)
納得がいかなくてプンプン怒っている僕の頭に、カイルが「お疲れ様」と優しく手を乗せてくれた。そして、あたまの中にぽつりと、とても真面目な声を響かせてきた。
『 ねえ、アレンはさっき、レイラたちが男の子の服と女の子の服をどっちも持ってきて、不思議に思ったでしょ? 』
僕はカイルの顔を見つめた。
そして、いつもの癖でガリガリとノートに文字を書く。
『不思議だ。ぼくはぼくだ。男とか女とか、そんなの奴隷商人のところではどうでもよかった。生きていられればそれでいい。』
カイルは僕のノートを見ると、愛おしそうに目を細めて、僕の前にしゃがみ込んだ。
『 冗談じゃなくてね、俺たち竜族はね……20歳になるまでは、男の子でも女の子でもないんだよ。みんな、完全な『無性別』なんだ 』
(む、無性別……?)
聞いたことのない言葉に、僕は思わず目を丸くした。
『 そう。生まれた時はみんな性別がなくてね、20歳になったときに『成人の儀』っていうのを行うんだ。そのときに、自分の心や、魂が『こうなりたい』って強く望んだ性別に、初めて体が変化するんだよ。男になるか、女になるかは、アレンが大人になるときに自分で選んでいいんだ 』
カイルのまっすぐな声が、僕のあたまの中に優しく染み込んでくる。
(ぼくが……男か、女かを、自分で決めていい……?)
奴隷商人の地下室では、僕のすべてが他人に決められていた。食べるものも、座る場所も、生きるか死ぬかさえも。それなのに、自分が「何者になるか」という一番大きな選択を、自分の意志で決めていいなんて、6歳の僕の頭ではにわかには信じられなかった。
僕は驚きを隠せないまま、急いでノートを開いてペンを走らせる。
『カイル。お前の言っていることは本当か? 嘘を吐いたらだめだぞ。本当に、ぼくがどっちになるか自分で決めていいのか?』
脳内でもおろおろと『 カイル、本当に……? 』と、同じことを繰り返してしまっている。
カイルは僕の手から優しくペンを取ると、僕の目をじっと見つめて、あたまの中で力強く微笑んだ。
『 本当だよ。だから、レイラもエルザも、アレンが将来どっちの性別を選んでもいいように、今から両方の服を試させようとして大張り切りしちゃったんだ。ちょっと気が早すぎだけどね 』
カイルが優しく頭を撫でてくれる。
その手の温かさに、僕の胸の奥が、ほんの少しだけぽかぽかと温かくなった。
自分が出来損ないのトカゲ族ではなく、未来を自分で選べる「竜族」なのだという不思議な事実。
僕は真っ赤になった顔を隠すように、ペチィィィン!!と勢いよくノートを閉じると、毛布を頭からすっぽりとかぶった。
『 ……あと14年もある。今から考えるのは時間のむだだ。カイル、お前も気が早すぎるぞ。ばか 』
脳内ではツンツンと怒ってみせたけれど、毛布の中で、僕は自分の小さな手をじっと見つめていた。
自分の未来を、自分で決めていい。その初めて知った「自由」という光に、僕の小さな心は、ほんの少しだけ未来への希望で震えるのだった。




