第4話:黒竜の秘境ー2
カイルが僕を抱きしめてデレデレしていると、後ろの方から「あらあら、随分と賑やかね」と、おだやかで優しい声が聞こえてきた。
カイルがパッと顔を上げて、「おばあちゃん!」と声をあげる。
そこに立っていたのは、とても上品で優しそうなおばあさん――先代の黒竜、つまりアレンの父親の母あるシラヌイだった。シラヌイは、まだピリピリしているバザルや長老のガイエンを、キロッと鋭い目で睨みつける。
「バザル、ガイエン。6歳の子どもを寄ってたかって脅すなんて、恥ずかしくないのですか? アレン様は、あの恐ろしい奴隷商人のところから、一生懸命に生き延びて帰ってきてくださったのですよ?」
シラヌイが僕の前にしゃがみ込んで、あたたかい手をそっと差し出してくれた。
だけど、僕はカイルの首元をぎゅっと掴んだまま、おばあさんの手をじっと見つめるだけで、絶対に触ろうとはしなかった。
(……優しそうだけど、騙されないぞ。カイル以外はみんな敵かもしれないんだから)
僕が徹底的に人見知りを発揮してカイルの影に隠れると、シラヌイは困ったように、でも愛おしそうに目を細めた。
「あらあら、カイル以外にはまだ心を閉ざしているのね。無理もありませんわ。」
「だーまーれー! おひげの長老様!」
今度は、元気な声と一緒に15歳くらいの半竜の女の子が飛び出してきた。カイルが「お、エルザ。相変わらず元気だね」と声をかける。
騎士見習いのエルザは、長老のガイエンの前に立ちはだかって、僕を守るように両腕を広げた。
「アレン様は耳がお聞こえにならないし、お声も出せないんです! なのに、こんなに気高くてかっこいいんですよ!? 私は今日から、一生をかけてアレン様をお守りする狂信的な騎士になりますっ!」
「これ、エルザ。お前はまたすぐに熱くなって……。長老相手に失礼でしょう」
エルザの頭をコツンと小突いたのは、スラリとした細剣を腰に下げた、すごくオシャレで綺麗な大人の女騎士だった。カイルの幼馴染らしいレイラは、あきれた顔でカイルをパシッと叩く。
「カイル、あんたがヘラヘラしてるからエルザが暴走するのよ。それにしてもアレン様、なんてボロボロの服を着せられていたの……! 私が明日、世界一かっこよくて動きやすいお洋服をたくさん仕立ててあげますからね!」
シラヌイ、エルザ、レイラ。
3人の女性陣が僕のまわりでワイワイと騒ぎだして、急に里がにぎやかになる。
(……え?)
エルザの言葉に、僕はカイルの胸の中でピクッと固まった。
いま、なんて言った?
『耳がお聞こえにならないし、お声も出せない』……?
(なんで……? ぼくが耳も声も駄目なこと、カイルしか知らないのに。なんでこの人たちが知ってるの?)
恐怖が、一気に背筋を駆け上がる。
奴隷商人の地下室で、僕を「出来損ない」と嘲笑っていた男たちの顔がフラッシュバックする。カイルだけが知っているはずの僕のことを、どうしてこの初対面の人たちが当然のように口にしているんだ。
頭の中は大パニックだった。
『 カイル!! なんで!? なんであいつら、ぼくの耳と声のこと知ってるの!? お前が教えたの!? ぼくを売るために、ぼくの弱点をみんなにバラしたの……っ!? 』
脳内で涙声になって叫びながら、僕の手は恐怖でガタガタと震えていた。
それでも、染み付いた習性のせいでノートに『カイルの裏切り者。ぼくの弱点をバラしたな!みんな敵だ!』と、めちゃくちゃな文字をガリガリと必死に書き殴る。
「アレン、違う! 違うんだ、アレン!!」
カイルの声が、あたまの中にものすごい勢いで響いた。
いつものヘラヘラした気配なんて木っ端微塵に吹き飛んで、カイルの顔は真っ青になっている。
カイルは僕を優しく、でも絶対に離さないように強く抱きしめると、まわりの大人たちに向かって、見たこともないような恐ろしい声で怒鳴りつけた。
「全員、今すぐ黙れ!!! アレン様の前で、その話をするな!!!」
一族最強の男が放った、本物の怒りの咆哮。
その凄まじい威圧感に、さっきまで騒いでいたシラヌイも、レイラも、エルザも、長老のガイエンさえも、一瞬で顔をこわばらせて完全に口を閉ざした。里全体が、凍りついたように静まり返る。
みんな、カイルがどうしてここまで激昂したのか分からずに困惑している。
カイルの首にある守護竜の紋章が、ドクドクと赤く脈打っているのがマフラーの隙間から見えた。
カイルはすぐに僕へと向き直ると、あたまの中で、今にも泣き出しそうな必死の声で語りかけてきた。
『 アレン、ごめん、俺のせいだ! 俺がアレンを見つけるよりずっと前……アレンが生まれる前、俺たち守護竜の一族は、先代の『卵』が奴隷商人に奪われたことを知ったんだ。そのとき、あまりのストレスで卵の中のアレンの魂が傷ついて、耳と声に枷を背負ってしまったのを、一族の術式で察知してたんだよ……! 』
カイルの必死の弁明が、あたまの中に流れ込んでくる。カイルの手が、僕の肩を包み込みながら微かに震えている。
『 俺がアレンを裏切るわけないだろ……っ! アレンを傷つけるやつは、たとえ里の仲間だろうが俺が全員ぶっ飛ばす! だから、俺を疑わないで……アレン……っ 』
(あ……)
カイルの頭の中から伝わってくるのは、僕を騙そうとする汚い悪意なんかじゃない。
僕を失うことを何よりも恐れている、痛いほどの「執念」と「愛」だった。
僕はハッとして、自分のノートを見た。
恐怖のせいで、僕を世界で唯一守ってくれる相棒に、ひどい八つ当たりをしてしまった。
僕は顔を真っ赤にして、ペチィィィン!!と、今日一番の勢いでノートを閉じた。そして、カイルの首元に、今度は自分からぎゅっと顔をうずめる。
『 ……う、嘘つきって言って、悪かった。手が勝手に動いただけ。カイルが裏切り者じゃないなら、もういい 』
脳内でツンとそっぽを向きながらも、僕の無色透明な魔力が、カイルの腕に「ごめんね」と言うようにふわりと巻き付く。
カイルは「よかったぁぁぁ……!」と頭の中で大号泣しながら、僕をこれでもかと抱きしめ回した。
まわりの大人たちは、突然ブチ切れたかと思えば、次の瞬間には僕を抱きしめて泣いているカイルの様子に、「本当に重症の親バカね……」と、呆れた視線を送り合うのだった。




