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第14話 居場所


 他国の竜王たちが僕の「お掃除」のせいで大騒ぎしているなんて夢にも思っていない僕は、次の日の午後、カイルの部屋のふかふかした絨毯の上で、ガイエン長老が置いていったピカピカの虹色リンゴをモグモグと食べていた。

カイルは僕の隣で、器用にナイフを使ってリンゴを小さく剥きながら、「アレン、美味しい?」といつものだらしないへらへら顔を見せている。


 お腹が落ち着いたところで、僕は昨日シラヌイおばあちゃんに見せてもらった大きな世界地図のことを思い出し、手元のノートを開いてガリガリと文字を書いた。


『カイル。お前はお外の国にたくさん行ったことがあるんだろ。風竜の国とか地竜の国って、本当はどんなところなんだ? ぼくを怖がらせるための嘘じゃなくて、合理的な事実だけを教えろ』


念話で『 カイル、お外の国ってやっぱりすっごく怖いの……? 』と、ちょっとだけ緊張した声を響かせる。


カイルは僕のノートを見ると、「お、外の国の話? いいよ〜!」と顔を輝かせ、あたまの中に楽しそうな声を響かせてきた。


『 外の世界は怖くないよ、アレン。むしろおバカなやつばっかりなんだから。たとえばね、風竜の聖域『ゼフィリア』の王様、テンペスト。あいつは青年みたいな見た目をしてるんだけど、とにかくじっとしていられないお祭り男でさ。俺が昔、アレンを探す手がかりを求めてあの国に行ったとき、あいつ、初対面の俺にいきなり『よお黒トカゲ! どっちが早く雲の周りを一周できるか勝負しようぜ!』って絡んできたんだよ 』


(くもの周りを一周……?)


『 そう。俺が『そんな暇ないんだけど』って断ろうとしたら、あいつ、勝手にひとりで『よーいドン!』って叫んで音速で飛んでっちゃってさ。俺が呆れてその場でリンゴ食べてたら、あいつ、息を切らせて戻ってきて『ハァハァ……俺の勝ち……!』ってドヤ顔するんだ。誰も勝負してないのに。ね、おバカでしょ? 』


念話で楽しそうに語るカイルの話を聞いて、僕は思わずパチクリと目を丸くした。


(な、なにそれ、すっごく非合理的。風の王様って、ただの目立ちたがり屋のバカじゃないか)


『 あとね、地底にある地竜の神殿『ガイア・ガルム』の王様、グラン・バルト。あのおじいさんは物静かなんだけど、一回眠ると何ヶ月も起きないんだ。俺が長老ガイエン様の紹介状を持って神殿の奥に行ったときも、王様は玉座で完全にガチガチの岩みたいになって熟睡しててさ。側近の人たちが『王よ! 秘境からの使者です!』って大声で叫んでも、全然起きないの。しょうがないから俺、王様の広い膝の上でお昼寝して待ってたもん 』


(王様の膝の上でお昼寝!? カイル、お前も頭のネジが外れてるんじゃないか!?)


僕はあきれ果てて、大急ぎでノートに文字を書き殴った。


『カイル。お前もその風のバカ王も、地底の居眠りじいさんも、全員まとめて非合理的だ。竜族のトップがそんなので、よく世界が滅びないな』


念話で『 竜族の王様って、みんなカイルみたいに変な人ばっかりなんだね…… 』と、呆れつつも、外の国への恐怖がすっかり吹き飛んだ、ちょっと笑いそうな声を響かせていた。


カイルはぷふっ!と吹き出して、それから僕の頭を優しくクシャクシャと撫で回した。


「あはは! アレンに『全員まとめて非合理的』って言われちゃった! でも本当だよ、みんな癖が強いけど、悪いやつらじゃないんだ。アレンが20歳になって、自分の意志で男の子か女の子か選んで立派な最高神になったら、あのバカ王たちも全員アレンの前にひれ伏して、大人しく言うことを聞くようになるからね!」


カイルのまっすぐな瞳と、あたまの中に響く頼もしい声。


『 ……ふん。ぼくが大人になったら、そのバカ王たちに一番合理的なスケジュール帳を作って叩き込んでやる。カイル、お前にもだ。お前はもうおしゃべりしすぎだから、静かにしろ、ばか 』


カイルが「はーい、おやすみアレン」と優しく囁き、背中をトントンと叩いてくれる。


カイルのくだらない思い出話のおかげで、僕にとってのお外の世界は、「暗くて怖い地下室」から、「おバカな王様たちが待っている広い世界」へと、ほんの少しだけ形を変えるのだった。




◇◇◇




 カイルの楽しい思い出話を聞いてから数日後、黒竜の秘境はかつてないほどの熱気に包まれていた。アレンが「お掃除」して直した竜脈の結晶から、清らかな魔力が里の隅々まで行き渡り、秘境を隠す結界の力が何倍も強くなったからだ。


「これなら人間どもの汚い組織も絶対に立ち入れんぞ!」と長老ガイエンやバザルおじいさんが大喜びし、そのお祝いとして、里の住人全員による「アレン様の公式歓迎パーティ兼・竜脈復活祭」が広場で盛大に開催されることになった。


 広場にはたくさんの松明が灯され、焼き肉や果物、シラヌイおばあちゃん特製の焼き菓子が山のように並んでいる。


「アレン様ーーーっ!!! 今日はお祝いのお祭りですっ!!! 一緒に美味しいお肉を限界まで食べましょうーーーっっっ!!!」


 案の定、エルザが突撃してきた。その後ろからはレイラが「ちょっとエルザ、主君の衣服に油が飛んだらどうするのよ! でもアレン様、今日のために仕立てた動きやすくて少し綺麗めな服、とってもお似合いですわ!」と、ふたりで僕の前にドサドサとお肉の乗ったお皿を並べていく。


(ひ、ひえぇぇっ……! やっぱりお祭りは人が多すぎるし、みんなの熱気がすごい……!)


 大パニックになった僕は、すぐさまカイルの背中へ音もなくダイブし、彼の首元にギュウウッと顔をうずめた。大勢の人混みは6歳の僕には刺激が強すぎる。


『 カイル!! 隔離してって言ったのに、なんでこんなに人がいる広場に連れてきたんだ! ぼくはお肉をこんなに食べられないし、みんながこっちを見てて恥ずかしすぎる、絶交だーーーっ!!! 』


 脳内でおろおろと最大ボリュームの悲鳴を上げながら、僕の手元はやっぱり大忙しでガリガリと動く。

ノートに『お祭りは非合理的。カイルのばか。みんながぼくを見てお辞儀をするから、恥ずかしくて死んでしまう。早くお部屋に帰る戦略をとるべきだ』と、涙目でいっしょうけんめい書き殴っていた。


 カイルはお腹を抱えて「ぶははは! アレン様、恥ずかしがってる姿も世界一可愛いよ〜!」と大爆笑しながら、僕をしっかりと背中におんぶしたまま、みんなの前へ一歩進み出た。

カイルは頭のなかで僕に優しく語りかける。


『 大丈夫だよ、アレン。みんなアレンに『ありがとう』って言いたくて集まったんだ。ほら、見てごらん 』


 カイルの念話に促されて、マフラーの隙間からこっそり広場を見渡すと、里の子供竜や大人たちが、みんな本当に嬉しそうな笑顔で僕を見ていた。

冷たい地下室で僕を虐待していた人間たちとは全然違う、心からの温かい感謝の目が、広場いっぱいに広がっている。


 長老ガイエンが「アレン様に最高の乾杯を――!」と音頭を取り、バザルおじいさんが「ハハハ、よく食えよチビ助!」と豪快に肉を噛みちぎる。

離れの席からは、シラヌイおばあちゃんが優しく手を振ってくれていて、少し離れた木陰では、偏屈な薬師のネフェル先生が「騒がしいお祭りだな」と言いたげにニヤニヤしながら、僕の好きなあの焼き菓子の香りがする特効薬の小瓶を振って見せていた。

 みんな、僕が「白竜」だからじゃなくて、里を救ってくれた「アレン」という存在を、心から歓迎してくれているんだ。


『 ……ふん。カイルが大げさだから、みんなまでおばかさんになったんだ。ぼくはただ、詰まってたのをお掃除しただけなのに 』


念話では思いきりツンツンと尖ってみせたけれど、カイルにおねだりするように彼の背中をツンツンと小突いた。


『 ……でも、あのおばあちゃんのお菓子と、レイラたちが持ってきたお肉は、おいしそうだから、カイルが僕の代わりに取ってきてよね。カイルの背中からは、絶対に降りないけど! 』


「はーい、アレン様のためなら喜んで!」


 カイルが嬉しそうに叫び、僕を背負ったまま御馳走の山へと歩き出す。僕の無色透明な魔力は、カイルの腕に甘えるように、そして里の温かい夜風に溶けるように、ふわり、ふわりと、これまでで一番あったかく巻き付くのだった。


 暗くて冷たかった僕の世界は、この賑やかで優しい黒竜の秘境で、本当の「僕の居場所」として新しく塗り替えられていくのだった。

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