第13話 5人の竜王
シラヌイおばあちゃんは、広げた古い巻物のさらに奥、綺麗な絵と地図が描かれた部分を優しく指でなぞった。
「アレン様。この世界は、先代の最高神であられたあなたのお母様を中心に、『五人の竜王』が治める『五つの国』によって、平和が保たれていました。彼らはみんな、それぞれの属性で一番強い竜の王様たちなのですわ。」
(ごにんの王様……。ごつの国……)
僕は、お皿の焼き菓子をじっと見つめながら、おばあちゃんのお話をちいさな頭のなかで一生懸命に並べていった。
「まずは、私たちのいるこの場所。先代の黒竜――私の息子、そしてアレン様にとっては実父である先代守護竜ーーゲイルが治めていた、漆黒の山脈に隠された『黒竜の秘境』。ここは代々、最高神様を影からお守りする最強の盾の一族です。そして、ここから外へ出ると、四つの大きな国がありますの。」
おばあちゃんの細い指が、地図のあちこちを指していく。
「一つ目は、赤く燃える火山地帯にある、炎竜の帝国『ヴァルカニア』。王様は覇炎王ヴォルザード。バザルにも負けないくらい体が大きくて、とっても怖い武骨なおじいさん竜ですが、誰よりも規律を重んじるお方です。」
「二つ目は、美しい海に囲まれた、水竜の王国『アクア・ルミナ』。王様は蒼海女王セレニティ。世界のすべての水を操る、とても綺麗で冷徹な女王様ですわ。アレン様のお母様と一番仲が良くて、今まであなたをずっと探してくださっていました。」
「三つ目は、雲の上の天空都市、風竜の聖域『ゼフィリア』。王様は迅雷王テンペスト。若者の姿をした、お祭り騒ぎと戦いが大好きな気まぐれな王様です。そして四つ目は、地底の迷宮にある地竜の神殿『ガイア・ガルム』。王様は岩磐王グラン・バルト。ガイエンの古いお友達で、めったに動かない物静かな老王ですわ。」
おばあちゃんが優しく微笑む。
だけど、僕には、その「王様」たちがどれくらい凄いのか、イマイチよく分からなかった。
僕はカイルのお膝の上で、ノートに文字を書いた。
『シラヌイ。その王様たちは、ぼくを捕まえにくるのか? こんな強そうな人たちと戦うのは、生存確率の計算としてきわめて非合理的。どこか別の穴ぐらに逃げたほうがいい』
念話で『 カイル……ぼく、お外の怖い王様たちと戦うなんて絶対にイヤだからね……! 』と、少し不安げに眉をひそめて、カイルの服の裾をぎゅっと引っ張った。
カイルは僕のノートを盗み見ると、愛おしそうに顔をふにゃふにゃにして、あたまの中に優しくて力強い声を響かせてくれた。
『 あはは! 大丈夫だよアレン、絶対に戦わせたりしないから! それにね、その竜王たちは敵じゃないんだ。みんな白竜様のことが大好きだったから、アレンが本物の『白竜』として帰ってくるのを、ずっと待ってくれているんだよ。……本当に悪いのは、竜王たちの間に入り込んで、竜族同士を仲違いさせようとしている『裏の人間たちの組織』なんだ 』
カイルの大きな手が、僕の小さな頭を優しく撫でる。
カイルは頭のなかで僕の名前を優しく呼んだ。
『 アレン。今は白竜様がいなくなっちゃって、四つの国がバラバラになって小競り合いが起きそうになってる。……でもね、アレンが20歳になって、男の子か女の子か、自分で選んで立派な最高神になったとき、この五つの国はまた一つになれるんだ。それまでは、俺が世界一頑丈な『盾』としてアレンを守るから、何も心配しなくていいよ 』
カイルのあったかい念話が、頭の芯に心地よく響く。
自分が何者になるか。その未来の選択が、この広い五つの国をもう一度繋ぐ鍵になるなんて、6歳の僕にはまだ大きすぎるお話だったけれど。
僕はプイッとそっぽを向いてカイルの胸の中に深く隠れる。
『 ……あと14年もある。今から国の心配をするなんて非合理的だ。カイルのばか。でも……お前はお外の国に行くときも、絶対にぼくから離れるなよなっ 』
カイルは「うん、一生離れないよ、アレン!」と僕を抱きしめ回す。
シラヌイおばあちゃんが「ふふ、本当に仲がよろしいこと」と目を細めるなか、僕はカイルの胸のあたたかさに守られながら、まだ見ぬ五つの国の地図を、ノートの隙間からじっと見つめ直すのだった。
◇◇◇
アレンがカイルの胸のなかでぬくぬくと温まっているころ、黒竜の秘境から放たれた目に見えない「驚天動地の報せ」は、険しい山脈の結界を越え、世界の四方へと音もなく駆け抜けていた。
長年、主を失って灰色の停滞に沈んでいた「竜族の世界」の裏側が、たった一人の6歳の幼子によって、にわかに激しくうごめき始めていた。
ーー炎竜の帝国「ヴァルカニア」覇炎王の居城
赤くドロドロと沸き立つ溶岩の海に囲まれた、無骨な黒鉄の玉座。
そこに、巨岩のような体躯をした最強の武神、覇炎王ヴォルザードが腕を組んで座っていた。その眼光は、吹き出す火の粉よりも熱く鋭い。
彼の前に跪いた密偵の隠密竜が、声を震わせながら報告を上げていた。
「――報告いたします。長らく沈黙を守っていた『黒竜の秘境』にて、竜脈の結晶が完全な輝きを取り戻した模様。術式を施したのは、カイル・エクリプスが奴隷商から連れ帰った、魔力の見えぬ6歳の無性別の童とのこと……!」
その言葉を聞いた瞬間、玉座の肘置きがヴォルザードの凄まじい握力によってみしみしと拉げた。
「魔力が見えぬだと? 違うな。あまりにも圧倒的で、純粋すぎるがゆえに、並の術師の眼では『無色透明』に透けて見えただけだ。カイルの奴め、ついに見つけおったか……!」
ヴォルザードは、バザルにも負けない大音声で豪快に笑い飛ばした。しかし、その瞳の奥には地響きのような熱い期待が宿っている。
「先代(白竜)の血統、最高神の後継者……。6歳にして竜脈を指先一つで手懐けるとはな。よし、ヴァルカニアの全軍に告ぐ! 来たるべき日のために、いつでも動けるよう爪を研いでおけ!」
ーー 水竜の王国「アクア・ルミナ」深海の宮殿
世界のあらゆる水源と繋がる、美しくもひんやりとした深海の玉座の間。
蒼海女王セレニティは、水中に浮かぶ無数のパールの泡――世界中の偵察術式「水の目」が捉えた情報を、冷徹な瞳で見つめていた。
その泡の一つが、黒竜の秘境の結界が一瞬だけ「白く、清らかな魔力」で満たされた瞬間を映し出す。
「ああ……、間違いないわ。この波紋、このどこまでも澄んだ冷たい輝き。あの日、私たちが守れなかった、先代様の愛しい『卵』のハープだわ……」
セレニティの美しい顔から、いつも氷のように冷たかった表情が消え、柔らかな慈愛の涙がひとしずく、深海の水へと溶けていった。
彼女は、我が子が帰ってきたかのように、胸元をぎゅっと愛おしそうに抱きしめる。
「生き延びていてくれたのね、アレン様。……けれど、まだわずか6歳。それに、耳と声に深い傷を背負わされているだなんて……あの薄汚い人間どもの組織、絶対に許しはしません。」
女王の怒りに呼応するように、宮殿のまわりの深海がゴゴゴと激しく渦巻き始める。
「セレニティ、および水竜の一族は、これより次代の最高神の完全なる盾となります。カイル、アレン様を絶対に死なせるんじゃないわよ。」
そして、竜族の国々が期待に震えるなか、さらにその裏側――人間たちの領域の、光も届かない地下深くの会議室。
かつてアレンの卵を奪い、彼を地下室に閉じ込めていた奴隷商人たちのバックにいる『謎の組織』の者たちが、おぞましい仮面の奥で囁き合っていた。
「黒竜の秘境で、竜脈の結晶が起動しただと?」
「あの、耳も聞こえず声も出ぬ、出来損ないのトカゲ族のガキが……まさか、本当に白竜の生き残りだったというのか。」
「まだたったの6歳だ。覚醒し、20歳で『成人の儀』を迎える前に、今度こそ完全にその息の根を止めればいい。守護竜カイルごと、な……」
暗闇の中で、不吉な笑い声がいくつか響き、消えていく。
何も知らない6歳のアレンは、いまごろカイルの部屋で「虹色リンゴおいしい」とモグモグしている。
けれど、彼が何気なく放った「お掃除」の光は、すでに世界中の竜王たちを動かし、そして潜んでいた邪悪な敵をもおびき寄せようとしていた。アレンが背負う運命の歯車は、もう誰にも止められないほど、ものすごい勢いで回り始めていたのだった。




