第12話 白竜
ガイエンが運んできた山盛りの御馳走を、カイルと2人で(というか、ほとんどはカイルがすごい勢いで)なんとか片付け、お腹いっぱいになった僕はベッドの上でごろんと横になっていた。
(……ふぅ。お腹が破裂しなくてよかった。虹色のリンゴ、すっごく甘くておいしかったな)
お腹も心も満たされて、パチパチと暖炉の火が爆ぜる音を聞きながらウトウトしかけていた、その時だった。
「ねえアレン。さっきガイエン長老も『次代の最高神』って言ってたけどさ……アレンが20歳になったら、男の子と女の子、どっちになりたいか今から一緒に考えようよ!」
カイルがベッドの横に座り込み、目をキラキラさせながら、あたまの中にものすごく気が早すぎる声を響かせてきた。
僕はガバッと跳ね起きて、冷たい目でカイルを睨みつけた。
そして、大急ぎでノートに文字を書き殴る。
『カイル。お前は本当に大バカ者だな。ぼくはまだ6歳だ。成人の儀まであと14年もある。今からそれを考えるのは、時間の計算としてきわめて非合理的だ』
脳内でも『 カイルのばか! あと14年だよ!? 今から考えるなんておばかさんなの!? 』と、あきれ果てた声を大音量で響かせる。
だけど、カイルは全くめげずに「へへ、だって気になるんだもん」と顔をふにゃふにゃに緩めた。
2人きりの部屋。
カイルは愛おしそうに、僕だけの名前を呼ぶ。
「アレンが男の子になったらさ、俺が直伝で剣を教えて、一族最高のカッコいい男神にしてあげる! でも、もし女の子になったら、世界一可愛くて綺麗なお姫様(女神)になるんだろうなぁ。うーん、どっちになっても俺、アレンの過保護な守護竜を辞められる気がしないや!」
カイルはだらしなく頬を緩めて、僕に抱きつこうと両腕を広げてくる。
僕はそれをちいさな手で冷酷にペシィッ!!と叩いて制止した。
(男の子とか、女の子とか。……本当に、ぼくが自分で決めていいのかな)
念話ではカイルをバカにしてみせたけれど、僕の胸の奥は、なんだかくすぐったいような不思議な気持ちでいっぱいだった。
奴隷商人の地下室では、明日生きているかどうかも分からなかったのに、いまは14年後の、自分が「何者になるか」という未来の話を、こうしてカイルと笑いながら話している。
僕はノートを閉じてから、プイッと暖炉のほうを向いて、毛布を頭からすっぽりとかぶる。
『 ……うるさい。どっちになるとしても、カイルより頭が良くて立派な大人になることだけは決定している。お前はもう静かにしろ、ばか 』
念話の声はツンツンと尖っているけれど、僕のからだから溢れた魔力は、カイルの腕に甘えるようにふわり、ふわりとあったかく巻き付いていた。
カイルはそれを見て『あはは! じゃあ、それまで俺がずーっとアレンの『盾』として守ってあげるからね!』と頭の中で優しく囁いた。
毛布の中で、僕は自分のちいさな手をぎゅっと握りしめる。
14年後の未来。自分が何者になるとしても、この温かい背中だけは、ずっと僕の隣にあってくれる。初めて信じられた最高の「相棒」と一緒に、僕はまだ見ぬ遠い未来へ、ほんの少しだけ期待の胸を膨らませるのだった。
◇◇◇
それから数日、僕の里での生活は驚くほど穏やかに過ぎていった。相変わらず、レイラやエルザが可愛いお洋服を持って部屋に突撃してきたり、長老ガイエンが「今日の竜脈の調子はいかがですか!?」と最高級の果物を山ほど持ってきたりして、そのたびに僕はカイルの背中へ大パニックで逃げ込んでいたけれど。
(……でも、ここは本当に安全で、みんなあったかいし、不思議なくらい、ぼくに優しい)
里の生活に少しだけ慣れてきたある日の午後、僕はカイルと一緒に、シラヌイおばあちゃんの暮らす静かな離れを訪れていた。
おばあちゃんは、僕の大好きな焼き菓子を机に並べると、優しい目で僕たちを見つめた。
「アレン様、里での暮らしは少しは慣れましたか? ……今日はね、あなたに、あなたの本当の『親御さん』のこと、そしてこの世界のお話を少しだけしておこうと思ったのです。」
おばあちゃんの真面目なトーンに、僕は持っていたお菓子をそっとお皿に戻し、いつものようにノートにガリガリと文字を書いた。
『シラヌイ。ぼくはただのトカゲ族の子供だ。ぼくの親も、きっと奴隷商人に捕まって死んでしまった、名もないトカゲ族に違いない。それ以外の歴史なんて、ぼくには関係ない』
念話で『 ぼく、むずかしいお話はよくわからないよ…… 』と、少しだけ不安そうな声をカイルに響かせる。
カイルは僕のノートを見ると、きゅっと胸を痛めるように目を細め、僕の小さな手を両手でそっと包み込んだ。
そして、2人きりのときみたいに、僕のあたまの中にまっすぐで優しい声を届けてくれた。
『 アレン。アレンの本当のお母さんはね、ただのトカゲ族なんかじゃないんだよ。世界の一番高いところで、すべての命を優しく見守っていた、先代の最高神――『白竜』だったんだ 』
(は、はくりゅう……? さいこうしん……?)
聞いたこともない大きすぎる言葉に、僕は思わず目を丸くした。
シラヌイおばあちゃんは、静かに古い羊皮紙の巻物を広げた。そこには、光り輝く美しい白い竜と、それを影から守るように寄り添う漆黒の竜の姿が、きれいに描かれていた。
「アレン様。7年前、この世界を揺るがす大きな襲撃がありました。謎の組織の手によって、先代の最高神――あなたの白竜のお母様は崩御され、まだ卵だったあなたが奪われてしまったのです。」
おばあちゃんの言葉に、僕の心臓がドクン、と大きく跳ね上がった。
奴隷商人の地下室。あの冷たくて暗い檻の中で、男たちが「最高神の生き残り」「とんでもない金になる」とニヤニヤ笑っていた光景が、パズルのピースみたいに一頭の中で一気につながっていく。
(ぼくが……神様の子供……?)
『 そうだよ、アレン 』
カイルの声が、今度は涙を堪えるようにきつく、熱く響いた。
『 俺たち黒竜の一族はね、代々その白竜様を影からお守りする守護竜の一族なんだ。あの日、俺の力が足りなくて、卵だったアレンを守りきれなかった……。だから俺は6年間、死に物狂いでアレンを探し続けたんだよ。アレンは出来損ないなんかじゃない。世界で一番気高くて、俺たちの本当の『光』なんだ 』
カイルの手が、僕の手を握る力がぎゅっと強くなる。
隣を歩くシラヌイおばあちゃんも、僕を愛おしそうに見つめながら静かに続けた。
「先代を殺め、アレン様の卵を奪った黒幕の組織は、いまも世界の裏側で暗躍しています。アレン様が20歳になり、真の最高神として覚醒するのを恐れているのですわ。だからアレン様、ここでは誰もあなたを傷つけさせません。あなたがゆっくりと力を蓄え、本当の自分を取り戻すための場所、それがこの黒竜の秘境なのです。」
(ぼくの、本当の、お母さん。ぼくを狙う、悪い人たち……)
あまりにも大きすぎる自分の出生の秘密と、世界の真実に、6歳の僕のあたまはパンクしそうだった。
自分がただのトカゲ族ではなく、世界を背負う特別な存在なのだという、重くて、でも誇らしい事実。
僕はカイルの胸の中に大慌てで顔をうずめた。
『 ……う、嘘つき。カイルもおばあちゃんも、大げさで行き過ぎだぞ。ぼくは神様なんてむずかしいもの、よくわからない。……でも、カイルがぼくの『たて』だったなら、これからも、ずっとぼくの隣にいろよな、ばか 』
思いきり態度はツンツンと尖ってみせたけれど、僕の魔力は、カイルの腕に「教えてくれてありがとう」と伝えるように、ふわりと温かく、これまでになく強く巻き付いていた。
カイルは『うん、一生離れないよ、アレン!』と頭の中で大号泣しながら、僕をこれでもかと抱きしめ回す。
自分の背負う運命の大きさに少しだけ震えながらも、世界一頼もしい相棒の胸の中で、僕はまだ見ぬ大きな未来へ向かって、確かに一歩を歩み出すのだった。




