古代の魔導炉は、でかければいいというものではない
「……魔導炉?」
アルテは、目の前にそびえ立つ巨大な円筒形の装置を見上げた。
天井に届きそうなほどの高さ。
表面を覆う銀色の金属には、細かな溝が幾重にも刻まれている。その溝は装飾ではないらしく、一定の間隔で複雑な紋様を描きながら、装置の下部へと続いていた。
そして、中央には透明な結晶のようなものが埋め込まれている。
ただし、結晶は濁りひとつなく澄み切っているものの、内部に光はない。
完全に沈黙していた。
「ラポルナのものとよく似ている。これが、この船の動力源……?」
アルテは、ゆっくりと装置へ近づいた。
「おい、アルテ。あんまり近づくなよ。なんだか、すごく大きいぞ」
「見ればわかるわよ、姉さん」
「いや、そういう意味じゃなくてだな。ほら、こんなに大きいんだ。きっと、ものすごく強いぞ!」
「……その感想、今必要?」
レイラの言葉に、アルテは心底あきれた顔をした。
その後ろでは、シャルロッテが尻尾をゆっくり揺らしながら、装置全体を観察していた。
「アルテ、これが動いた場合、何が起きるんだろうね?」
「わからないよ」
「あら即答」
「だって、まだ何も調べていないから」
アルテは悪びれもせずに答えた。
「ただ、これほどの規模の装置が、単なる照明や空調のために存在しているとは思えない。船全体に魔力を供給するためのもの……あるいは、船を動かすための動力源でしょうね」
「船を動かすため、ねえ」
シャルロッテは、改めて魔導炉を見上げた。
彼女は商人だ。
価値のあるものを見つければ、どれほど危険であろうと利益を計算する。だが、利益を計算できることと、利益を得られることは別だった。
目の前にあるのは、商会が何年働いても手に入らないほどの価値を持つかもしれない古代の遺物。
同時に、扱いを間違えれば島ひとつを吹き飛ばしかねない代物にも見えた。
「……これ、もし暴走したらどうなるんだい?」
「さあ?」
「アルテ…」
「冗談だよ。たぶん、島全一つ吹き飛ばすくらいの爆発になるんじゃないかな。これほど大きな装置なのだから、魔力の供給量も多いから、相当な規模になるはずだよ」
「たぶん、ね。」
「現時点で確実なことなんて、何ひとつないもの」
アルテは、目を輝かせながら魔導炉の周囲を歩き始めた。
シャルロッテは小さく息を吐いた。
この娘は、危険性を理解していないわけではない。
理解したうえで、知りたいという欲求を抑えられないのだ。
そして、そういう人間は往々にして、危険性を理解しただけで満足してしまう。
実際に危険を回避できるかどうかは、また別の話だった。
◇
「ねえ、アルテ」
魔導炉の側面にある細い溝を調べていたアルテに、レイラが声をかけた。
「これ、叩いたら動くんじゃないか?」
「動かないわよ」
「ムッ!どうしてわかる?」
「今までレイラ姉様が叩いて動いたことあった?叩いて動かすものではないよ。」
「でも、動くかもしれないだろう?」
「…動いたらどうするの」
「喜ぶ!」
「そういう話じゃない!」
アルテの怒声が、広い空間に響き渡った。
シャルロッテは、こめかみを押さえた。
「レイラ。お願いだから余計なことはしないでね」
「わかっている。まだ叩いていない」
「まだ、という言葉が非常に気になるのですが」
「安心しろ。壊れそうなら叩かない」
「壊れそうかどうか、見ただけでわかるんですか?」
「……たぶん?」
「アルテ…この子を何とかしておくれよ」
「姉さん! そこから離れて!」
アルテが振り返ると、レイラは魔導炉の根元にある、平らな金属板の前にしゃがみ込んでいた。
その手には、いつの間にか取り出したフランジメイスが握られている。
「何をするつもりなの!」
「いや、ここなら装置の本体から離れているし、少しくらいなら……」
「少しでも駄目!」
「むう……」
レイラは不満そうに頬を膨らませた。
「古代人は不便だな。こんなに大きなものを作ったのに、叩いて動かすこともできないなんて」
「古代人が聞いたら泣くよ!」
アルテは額に手を当てた。
古代文明の遺産を前にして、どうしてこの姉は毎回、発想の出発点が破壊なのだろう。
魔導兵を見たときもそうだった。
あのときは、叩いても傷ひとつつかない装甲を見て、むしろ喜んでいた。
レイラにとって、頑丈なものとは壊すために存在するのかもしれない。
そんなことを考えている場合ではなかった。
「とにかく、姉さんはそっちで大人しくしていて。私は調査を続けるから」
「わかった。何かあったら呼べよ」
「何も起こさないで!」
「……注文が多いな」
レイラはぶつぶつと文句を言いながら、魔導炉から離れていった。
その背中を見送り、アルテはようやく調査に戻った。
◇
魔導炉の周囲には、いくつかの小さな装置が設置されていた。
いずれも金属製で、表面には古代文字と思われる記号が刻まれている。いくつかは壁面に埋め込まれ、別のものは床から伸びた支柱の先端に取り付けられていた。
アルテは、そのひとつに目を留めた。
「……これは」
装置の表面を指先でなぞる。
そこに刻まれた紋様は、彼女が以前に見た古代遺跡のものとよく似ていた。
魔導兵の内部にあった、魔力を制御するための機構。
地下施設の扉を開いたときに反応した、魔力の波長を認識する仕組み。
それらと同じ系統の技術が、この装置にも使われているようだった。
「やっぱり、共通する技術がある……」
アルテの声が、わずかに弾んだ。
古代の魔導兵は、単独でも現代の魔術師を凌駕するほどの戦闘能力を持っていた。
しかも、あれだけの数が存在する。
それを可能にした技術が、目の前の巨大船にも使われているのだ。
ならば、この船は一体どれほどの力を秘めているのだろう。
魔導兵を動かすための魔力と、巨大な船を動かすための魔力。
同じ仕組みを利用しているとしても、必要な出力は比較にならないはずだ。
「魔力を集めて、変換して、各機構へ供給する……。でも、これだけの規模なら、単純に増幅するだけでは足りない。何か別の仕組みがあるはず……」
アルテは独り言を呟きながら、装置の下部を調べた。
しかし、肝心の動力機構は完全に沈黙していた。
魔力の流れも感じられない。
破損しているのか、それとも単に停止しているだけなのか。
今の段階では判断できなかった。
「シャルロッテ。周囲に魔力の流れは感じられる?」
「少なくとも、私には何も感じないよ」
「そう……」
アルテは少し考え込んだ。
「装置そのものが壊れている可能性もあるけれど、これだけの構造が残っているのなら、停止状態にあるだけかもしれない」
「つまり、動かせる可能性があると?」
「ええ」
その言葉を聞いた瞬間、シャルロッテの耳がぴくりと動いた。
「……アルテ、念のために確認だけど、動かす必要はあるのかい?」
「もちろん。動かなければ、内部構造を調べられないもの」
「動かさずに調べる方法は?」
「あるかもしれないけれど、限界があるわ」
「なら、動かした場合の危険性を確認してからでも……」
「それはそうだね」
アルテは、意外なほど素直に頷いた。
シャルロッテは少しだけ安心した。
この娘にも、最低限の慎重さは残っているらしい。
「まずは、魔導炉の周辺にある装置を調べるよ?起動に関係するものがあるかもしれないし、停止状態を維持するための機構もあるかもしれない」
「それなら、私も手伝おうか。」
「助かるわ。姉さんは……」
「おーい! アルテ!」
遠くから、レイラの声が響いた。
アルテは目を閉じた。
嫌な予感がした。
「……何?」
「ちょっと来てくれ!」
「何をしたのよ!」
「何もしてないぞ!」
その返事が、かえって不安を煽った。
アルテはシャルロッテと顔を見合わせ、声のした方向へ歩き出した。
そこは魔導炉の裏側にある、小さな区画だった。
壁面に埋め込まれた金属板の前で、レイラが腕を組んで立っている。
その足元には、何かを引きずったような跡があった。
「……姉さん」
「なんだ?」
「その跡は何?」
「少し調べていただけだ」
「何を?」
「この板が動くかどうか」
「動かしたの!?」
「いや、動かなかった」
「そういう問題じゃない!」
アルテは思わず頭を抱えた。
しかし、怒鳴りながらも、金属板の形状が目に入った。
壁面の一部が、周囲とは異なる構造になっている。
表面には文字が刻まれているが、魔導炉本体の装飾とは違う。
これは、操作盤かもしれない。
「……ちょっと待って」
アルテはレイラを押しのけるようにして、金属板の前に立った。
指先で表面をなぞり、刻まれた文字を確かめる。
いくつかの記号は読み取れた。しかし、文章としての意味を理解するには情報が足りない。
それでも、中央に刻まれた紋様だけは見覚えがあった。
魔導兵の起動時に見たものと、よく似ている。
「これは……」
アルテの表情が変わった。
「もしかしたら、魔力を認識するための装置かもしれない」
「ということは、触れば動くのか?」
「まだわからないよ」
「試してみよう!」
「姉さんは黙っていて!」
アルテは深呼吸をした。
ここで焦ってはいけない。
古代の技術を理解するためには、ひとつずつ確認する必要がある。
そう自分に言い聞かせ、彼女は金属板の前に手をかざした。
魔力を流すのではない。
まずは、反応があるかどうかを確かめるだけだ。
そのつもりだった。
だが。
指先が金属板に触れた瞬間。
――淡い光が、ひと筋だけ走った。
「……え?」
アルテが息を呑む。
金属板の表面に刻まれた紋様が、ほんの一瞬だけ青白く輝いた。
それは、魔導炉の中央にある透明な結晶へ向かって、細い線のように伸びていった。
そして、沈黙していた結晶の奥に。
小さな光が、灯った。
◇
同じ頃。
ラポルナの屋敷で、ラインは書類の山を前にしていた。
領地の収支報告。農地の開墾計画。住民から寄せられた陳情書。
どれも、平穏な辺境伯領を維持するために必要な仕事だった。
少なくとも、今のところは。
「……よし。今日はここまでにしよう」
俺は最後の書類を脇へ置き、椅子の背もたれに体を預けた。
ようやく仕事が終わった。
今日も広場から聞こえる「ソイヤッ!ヤーレン!」
何も起きない一日。
なんと素晴らしい響きだろう。
このまま夕食を食べ、風呂に入り、早めに寝る。
明日も同じような一日が続けばいい。
そう思った、その瞬間。
「……っくしゅん!」
唐突に、くしゃみが出た。
「誰か噂でもしているのか?」
俺は鼻をこすった。
もちろん、ただのくしゃみだ。
そうに決まっている。
だが、なぜだろう。
ここ遠く離れた島の地下で、何かが目覚めかけているような気がした。




