発進! ……しません
船内の探索は、想像していた以上に難航していた。
何しろ、ここは何千年、あるいは何万年ものあいだ眠り続けていたかもしれない超古代文明の船だ。
通路は複雑に枝分かれし、扉の多くは閉ざされたまま。壁面に刻まれた古代文字はアルテにも読めないものが多く、用途の分からない装置があちこちに並んでいる。
商会の調査員たちが何年もかけて調べてきたというのも、納得のいく話だった。
「……この区画は、居住区ではなさそうね」
アルテは手元の記録を確認しながら、通路の先を見つめた。
「壁面にある扉の配置からすると、複数の区画をつなぐ連絡通路かしら。ところどころに分岐があるけれど、どれも同じような構造……」
「つまり、迷子になりやすいということだな!」
隣を歩くレイラが、元気よく言った。
「そういうことではありません」
「そうか? 私はもう三回ほど同じ場所を通った気がするぞ!」
「それは姉様が、興味を引かれるたびに勝手に横道へ入るからでしょ!」
「むむっ。気になるものがあれば確認するのは当然だろう?」
「その結果、私たちがどれだけ歩き回ったと思っているんだよ!」
アルテはこめかみを押さえた。
もっとも、彼女も人のことを言えた義理ではない。
壁面の古代文字を見つけては立ち止まり、天井の配管を見つけては構造を推測し、用途不明の装置を見つけては記録を取る。
探索が一向に進まない原因の半分は、間違いなくアルテ自身にもあった。
そのことを指摘できる者は、今のところ誰もいなかった。
「……あっ」
不意に、アルテが足を止めた。
通路の先に、これまでとは明らかに異なる扉があった。
周囲の壁面に比べて装飾が多く、扉の両脇には縦長の金属板が埋め込まれている。
その中央には、円を組み合わせたような紋様が刻まれていた。
「これは……」
アルテは扉へ近づき、表面を注意深く観察した。
「どうした、アルテ?」
「ここだけ、明らかに造りが違うの。通路の扉というより、重要な区画への入口みたい」
「ほう!」
レイラの目が輝いた。
「つまり、宝物庫か!」
「どうしてそうなるの」
「古代の巨大船だぞ? 宝物庫の一つくらいあっても不思議ではないだろう!」
「そういう期待をしていると、がっかりすることになるよ?」
「ならば、確かめればよい!」
レイラは迷いなく扉の前に立った。
「姉様、待って。まずは――」
アルテが止めるよりも早く、レイラが扉に手を伸ばした。
低い駆動音が響く。
扉の表面に淡い光が走り、左右へとゆっくり開いていった。
「……また、開いた」
アルテは思わず呟いた。
やはり、この船はアルテの魔力を認識しているのだろうか。
それとも、先ほどの扉を開いた際に何らかの機能が復旧したのか。
考えるべきことは山ほどある。
だが、その思考は扉の向こうに広がる光景によって中断された。
そこは、これまで通ってきた通路とは比較にならないほど広い空間だった。
天井は高く、壁面には複数の階層が設けられている。
正面には巨大な壁面装置があり、その手前には円形の床が広がっていた。
そして、空間の中央から奥にかけて、いくつもの操作卓らしき設備が整然と並んでいる。
「……これは」
アルテは、ゆっくりと室内を見回した。
「船の中枢区画……?」
壁面には、これまでの区画では見られなかったほど多くの刻印がある。
操作卓の一つ一つにも、古代文字らしき記号が刻まれていた。
それらが何を意味するのかは、まだ分からない。
しかし、これだけの設備が一か所に集められているのなら、重要な区画であることは間違いないだろう。
「まさか……」
アルテの胸が高鳴った。
「ここが、この船のメインデッキ……?」
「メインデッキ!」
レイラが声を上げた。
「よく分からぬが、何だか強そうな響きだな!」
「強いかどうかは関係ないから!」
そう言いながらも、アルテは室内の構造を確認し始めた。
壁面装置の配置。
操作卓の数。
中央部から奥へ続く通路。
そして、室内の最も奥、高く設けられた一段の上にある、一脚の椅子。
周囲の設備とは明らかに異なる位置に置かれたそれは、まるでこの空間全体を見渡すために設計されたかのようだった。
「……あれは」
アルテが目を細める。
背もたれは高く、肘掛けも備わっている。
椅子の前には、ほかの操作卓とは少し異なる形状の台座があった。
「艦長席……かしら?」
「艦長?」
レイラが首を傾げる。
「船を指揮する場所だよ。これだけ大きな船なら、操船や指揮を担当する人間がいたはずだから」
「なるほど!」
レイラは、ぽんと手を打った。
「つまり、あそこに座れば、この船を動かせるのだな!」
「どうしてそうなるの!」
アルテの制止も空しく、レイラは階段を駆け上がった。
そして、最も高い場所にある椅子へ、どっかりと腰を下ろした。
背筋を伸ばし、胸を張る。
その姿は、本人なりに威厳を意識しているらしかった。
「よし!」
レイラは、室内を見渡した。
「では、出発だ!」
そして、右手を勢いよく振り上げた。
「ヤマト発進!」
…………。
………………。
何も起きなかった。
照明が点滅することもなければ、駆動音が響くこともない。
壁面装置は沈黙したまま。
操作卓にも変化はなかった。
船は、相変わらず何千年もの眠りについているかのように静まり返っていた。
「…………」
レイラは、しばらくそのままの姿勢で固まっていた。
やがて、ゆっくりと腕を下ろす。
「……おかしいな」
「何がおかしいのかな?」
アルテは額に手を当てた。
「そもそも、ヤマトって何なの!」
「いや、こういう巨大な船なら、そういうものではないのか?」
「どういうものだよ!」
「ほら、星を目指す船なのだろう? ならば、発進するときには、こう……威勢のよい掛け声が必要ではないか!」
「必要ありません!」
アルテは即答した。
そして、深々とため息をつく。
「……姉様は、どうしてこう……」
「うむ。どうやら、掛け声が違ったようだな」
「違いません!」
「では、もう一度!」
「もういいから!」
アルテは頭を抱えた。
「姉さんは大人しくあっちで遊んでて!」
「なっ!?」
レイラが目を見開いた。
「遊んでいるわけではない! 私はこの船の起動方法を探っているのだ!」
「椅子に座って叫んだだけでしょうが!」
「それも立派な試みだ!」
「どこがだよ!」
しばし、メインデッキに姉妹の声が響き渡った。
やがて、レイラは不満げに頬を膨らませた。
「ふん……。アルテは夢がないな」
「夢の問題じゃありません!」
「よい! ならば、私が別の場所を調べてくる!」
レイラは椅子から立ち上がり、階段を駆け下りた。
「姉様、勝手に設備を触らないでくださいよ!」
「分かっている!」
「本当ですか!?」
「たぶん!」
「たぶんじゃ駄目です!」
アルテの叫びを背に受けながら、レイラは扉の向こうへ走り去っていった。
「……もう」
アルテは、こめかみを押さえた。
この船の調査は、想像以上に骨が折れそうだった。
もっとも、レイラがいなくなったおかげで、ようやく落ち着いてメインデッキを調べられる。
そう考えることにした。
アルテは気持ちを切り替え、近くの操作卓へと歩み寄った。
「さて……」
表面には、大小さまざまな刻印が並んでいる。
その一部は、先ほどの扉にあったものと共通していた。
しかし、文字の意味はまだ分からない。
「この記号は……扉の認証装置にもあった。こっちは、船体を示すもの?それとも、区画の名称……?」
アルテは手帳を取り出し、見つけた記号を書き写していった。
操作卓の下部には、細い溝が何本も走っている。
その奥には、配線とも配管ともつかないものが収められていた。
どれも、現代の技術とはまったく異なる構造だ。
魔導兵を動かす技術ですら、現代の魔術師たちには理解できない部分が多い。
それなのに、この船は魔導兵とは比較にならない規模の技術を使っているように見える。
「……これを造った文明は、いったいどこまで進んでいたの?」
思わず、独り言が漏れた。
神話の中では、超古代文明は神々の怒りによって滅ぼされたとされている。
だが、その文明が実際に存在し、星を目指す船まで造っていたのだとしたら。
彼らは、何を知り、何を成し遂げようとしていたのだろう。
そして、なぜ滅びたのか。
この船には、その答えにつながる記録が残されているかもしれない。
アルテは、改めて室内を見渡した。
このメインデッキだけでも、調べるべきものは山ほどある。
まずは操作卓の記号を整理し、各設備の用途を推測する。
そのうえで、ほかの区画との関係を調べれば、船全体の構造も少しずつ分かってくるはずだ。
そう考え、アルテが手帳に新たな記号を書き込もうとした、そのときだった。
「アルテーッ!」
突然、通路の向こうから大声が響いた。
「アルテ! ちょっと来てくれーっ!」
「……姉様?」
アルテは顔を上げた。
聞き覚えのある声だ。
しかも、妙に興奮している。
「今度は何……」
嫌な予感を覚えながら、アルテは手帳を閉じた。
まさか、勝手に装置を動かしたのではないだろうか。
いや、レイラなら十分にあり得る。
何しろ、先ほどは艦長席に座って叫んだ人なのだ。
「姉様! 何か見つけたんですか\!?」
返事の代わりに、再び声が響いた。
「いいから、早く来い!」
「だから、何を見つけたんですか!」
「すごいものだ!」
……まったく説明になっていない。
アルテは大きくため息をつき、声のした方向へ歩き始めた。
メインデッキを出て、複雑な通路を進む。
角を曲がり、いくつかの扉を通り過ぎる。
すると、通路の奥からレイラが顔を出した。
「アルテ! こっちだ!」
「もう……。いったい何を――」
言いかけたアルテは、レイラの背後に広がる空間を見て、言葉を失った。
そこは、巨大な円形の区画だった。
天井はメインデッキよりも高く、壁面には幾重もの金属製の支持構造が張り巡らされている。
中央には、巨大な円筒形の装置がそびえ立っていた。
太い管が何本も接続され、その周囲には複雑な機械構造が幾重にも重なっている。
円筒の中心部には、何かを収めるための空間があるようにも見えた。
その大きさは、アルテがこれまで見てきた魔導装置とは比較にならない。
壁面に刻まれた古代文字。
装置の周囲に配置された複数の制御盤。
そして、床から天井へと伸びる巨大な構造体。
そのすべてが、中央の装置を支え、守るように配置されていた。
「……これは」
アルテは、ゆっくりと息を呑んだ。
頭の中で、いくつもの可能性が浮かんでは消えていく。
動力設備。
魔力の供給装置。
あるいは、船を動かすための何らかの機関。
しかし、これほど巨大な装置を必要とする船とは、いったい何なのか。
「すごいだろう!」
レイラが、誇らしげに胸を張った。
「見た瞬間、これはただ事ではないと思ったぞ!」
「……姉様にしては、珍しく正しい判断だね」
「むっ。どういう意味だ!」
「褒めているんです!」
「ならば、もっと素直に褒めよ!」
いつもの調子で言い合いながらも、アルテの目は装置から離れなかった。
彼女は、ゆっくりと一歩を踏み出す。
その表面には、これまでの設備とは異なる記号が刻まれていた。
いくつかは、魔導兵の装甲にあった刻印と似ている。
しかし、その規模も配置も、まるで違っていた。
「……まさか」
アルテは、中央の巨大な円筒を見上げた。
魔導兵は、魔力によって動く古代の兵器だ。
ならば、この船もまた、何らかの形で魔力を利用しているのだろうか。
そして、もしそうなら。
これだけ巨大な船を動かすために、どれほどの魔力が必要になるのか。
アルテは、ごくりと喉を鳴らした。
「……魔導炉?」
その言葉が、静かな区画に落ちた。
レイラが、ぱっと顔を輝かせた。
「そう! 私も、そんな感じがしたのだ!」
「感じがしたって……」
アルテは、もう一度装置を見上げた。
巨大な船の中枢。
星を目指したかもしれない古代文明の遺産。
そして、その船を動かすためのものと思われる、巨大な魔導炉。
もし本当にそうなら、この船は単なる遺跡ではない。
今もなお、動かすことのできる可能性を秘めた、古代文明の巨大な機械なのだ。
「……調べなきゃ」
アルテの声が震えた。
恐怖ではない。
抑えきれない好奇心と、未知の技術を前にした興奮だった。
「徹底的に調べなきゃ……!」
その目は、すでに研究者のものになっていた。
◇
そして、遠く離れたラポルナでは。
「……くしゅんっ!」
執務机に向かっていたラインが、突然くしゃみをした。
「……何だ?」
嫌な予感がする。
それも、かなり嫌な予感だ。
理由は分からない。
ただ、アルテたちが島へ向かってから、どうにも落ち着かなかった。
「……頼むから、物騒なものを見つけないでくれよ」
もちろん、その願いが届くはずもない。
マルマラ湖の小島では、アルテが巨大な魔導炉を前に、すでに調査計画を頭の中で組み立て始めていた。
そして、その魔導炉が何のためのものなのか。
それが本当に、星を目指す船を動かすためのものなのか。
答えは、まだ誰にも分からなかった。




