星を目指した古代船と、魔導兵1500体
重い扉の向こうから、冷たい空気が流れ出してきた。
アルテは一歩、地下施設の中へ足を踏み入れた。
そこには1500体の魔導兵。
「ぽんた、タマ、ポチ…」
アルテが3体の魔導兵に近づき、抱きしめる。
「ごめんね、こんなところに置き去りにして…」
「預かってる魔導兵は、うちの商会で管理してるからね。壊れてはないはずだよ。」
シャルロッテが煙管を燻らせる。
倉庫内は、壁面に埋め込まれた照明が、薄暗い空間をぼんやりと照らしている。
かつてレムの地下で見たものに酷似した金属製の壁。
規則正しく並ぶ支柱。
床に刻まれた細い溝と、壁のあちこちに残る古代文字。
どう見ても、普通の地下倉庫ではなかった。
「ふむ……ずいぶん大掛かりな施設だな」
レイラが周囲を見回した。
「そうだろう?」
シャルロッテは、いつもの調子で答えた。
「この場所を見つけたのは、うちの商会の者なんだよ。島の地盤を調べていたら、不自然な空洞が見つかってね。調査を進めた結果、地下にこれだけの空間があると分かったのさ」
「見つけたのは、いつ頃?」
「何年も前だよ。もっとも、発見した当初は入口すら分からなかった。ようやく一部の区画へ入れるようになったのも、ここ最近の話さ」
「それで、何があるのかは分かったの?」
「分かっていることもあるし、分かっていないこともある」
シャルロッテは、通路の奥へ視線を向けた。
「少なくとも、ここが古代の施設であることは間違いない。けれど、何のために造られたのかは、まだ分かっていないんだ」
「……商会が何年も調査して、それでも?」
「商売の世界じゃ、金と人手をかければ何でも分かる、なんてことはないんだよ」
彼女は肩をすくめた。
「まして、相手は得体の知れない物だ。記録もなければ、使い方を知っている人間もいない。下手に触って壊すわけにもいかないだろう?」
「それは、そうだね」
アルテは素直にうなずいた。
その目は、すでに壁の刻印や天井の構造へと向いている。
御伽話の世界だと思われていた古代の技術。
しかも、商会が何年もかけて調査してきた未解明の施設。
彼女の好奇心を刺激するには十分だった。
「ねえ、シャルロッテ。もう少し詳しく調べてもいい?」
「そのためにきたんだろう? ただし、勝手に設備を動かすのは駄目だよ」
「分かってる!」
「本当に頼むよ……」
シャルロッテは、どこか遠い目をした。
古代の遺物を前にしたアルテが、どれほど周囲を忘れるか、十分に想像できた。
◇
通路を進むにつれ、周囲の様子が変わっていった。
壁の表面には、石材とも金属ともつかない素材が使われている。
継ぎ目はほとんど見当たらず、ところどころに刻まれた古代文字も、これまでアルテが見た遺跡とは異なる特徴を持っていた。
「この加工技術……」
アルテが壁に手を伸ばした。
「どうした?」
レイラが尋ねる。
「石を積み上げた構造じゃない。大きな部材を組み合わせているんだと思う。それに、この壁の厚さ……。外側を守るための装甲に近い造りなのかもしれない」
「装甲?」
「うん。何かから内部を守るためのものだよ」
アルテは、壁から手を離して天井を見上げた。
「でも、何から守る必要があったのだ?」
「敵じゃないのか?」
「それなら、もっと防御用の設備があってもよさそうだけど……」
アルテは首を傾げた。
通路には、武器らしきものも、兵士が立っていたと思われる詰所も見当たらない。
あるのは、複雑な配管と、用途の分からない装置ばかりだった。
「……ここ、何かの施設というより、大きな機械の内部みたい」
ぽつりと漏らした言葉に、シャルロッテが振り返った。
「それなんだけどね」
「何か分かったの?」
「いや、正確には、うちの調査員も同じことを考えていたんだよ」
シャルロッテは通路の壁を軽く叩いた。
「この地下空間は、島の地形に合わせて造られた施設じゃない。壁の曲がり方も、床の傾斜も、地上の地形とは一致しないんだ」
「……どういうこと?」
「どうやら、あたしたちは巨大な船の中にいるらしいんだよ」
「船?」
レイラが聞き返した。
「ああ。もっとも、何の船なのかは分からない。商船なのか、軍船なのか、それとも、あたしたちの知っている船とはまったく違うものなのか」
シャルロッテは、あっさりと答えた。
「そもそも、これだけ巨大な船が、どうして島の地下に埋まっているのか。それすら分からないんだ」
アルテの表情が変わった。
彼女は、改めて周囲を見回した。
継ぎ目のない壁。
異様に厚い構造材。
床に並ぶ用途不明の設備。
そして、地形に合わない通路の形。
「……地下に施設があるんじゃなくて、巨大な船が地下に埋まっている?」
「そう考えるのが自然だろうね」
「そんな……」
アルテは息を呑んだ。
古代の遺跡だと思っていたものが、実は巨大な船の内部だった。
それだけでも十分に驚くべき発見だ。
しかし、彼女の頭の中では、すでに別の可能性が浮かび始めていた。
船。
古代文明。
現代には残されていない技術。
そして、古代王朝の記録に残されていた、ある計画。
「……まさか」
アルテが、小さく呟いた。
「どうしたんだい?」
シャルロッテが尋ねる。
「まだ、何も分からない。だけど……もし、本当に古代王朝の船だとしたら」
アルテは、通路の奥を見つめた。
「星へ向かうために造られた船、という可能性もあるんじゃないかな」
「星へ?」
レイラが首を傾げた。
「夜空に見える星々のことだよ。古代王朝の記録には、大地の外に別の世界があると考えていた研究者たちがいたんだ」
アルテの声に、少しずつ熱がこもり始める。
「星々は、ただ空に浮かんでいる光じゃない。遠く離れた場所にある、別の世界かもしれない。そう考えた人たちが、そこへ到達する方法を研究していた……という記録があるの」
「ああ、星を目指して神の怒りに触れたって御伽話のアレか?」
「御伽じゃない!…でも、今の段階では、何も断言できない。でも、もし本当に星を目指すための船だったなら……」
アルテは言葉を切った。
その目には、抑えきれない期待が浮かんでいた。
「……実物が残っているなんて、信じられない」
「まだ船と決まったわけでもないんだろう?」
シャルロッテが釘を刺す。
「うん。だから、確かめたいんだ」
アルテは、力強くうなずいた。
「この先に何があるのか。どうしてこんな場所に埋まっているのか。そして、何のために造られたのか」
「分かったよ。案内を続けよう」
シャルロッテは管理人へ視線を向けた。
「奥の区画へ行けるんだろう?」
「はい。ただし、内部の一部は崩落の危険があるため、立ち入りを制限しております」
「なら、安全が確認できている場所だけでいい。案内を頼むよ」
管理人がうなずき、再び歩き始めた。
三人は、その後に続いた。
◇
やがて、通路の先に大きな扉が現れた。
これまでの扉とは比べものにならないほど巨大だった。
表面には、幾何学的な模様と、星々を思わせる無数の点が刻まれている。
その中央には、円形の紋様があった。
「この扉の先が、最も広い区画です」
管理人が説明した。
「これまでの調査では、内部に大型の設備が残されていることまでは確認できています。ただ、すべての設備を調べられたわけではありません」
「開けられるかい?」
シャルロッテが尋ねる。
「いえ。それが我々の力では傷ひとつつけられません。」
「…わたしがやります。」
アルテが扉に手を伸ばした。
低い駆動音が響く。
アルテに流れる古代人の血が、長い年月を経て、設備の眠りを覚ます。
ゆっくりと扉が開いていく。
その向こうに広がっていたのは、これまでの通路とは比較にならないほど巨大な空間だった。
天井は高く、壁面には幾重もの足場が設けられている。
そして内側には、さらに別の区画が広がっている。
長大な通路。
大型の格納庫。
用途の分からない機械設備。
そして、奥へと続く巨大な隔壁。
「……すごい」
アルテの声が、かすかに震えた。
彼女は一歩ずつ、船体へ近づいていった。
壁に刻まれた文字を確かめ、設備の形を観察し、天井に走る配管を見上げる。
「この規模……。単なる輸送船じゃない。人が長期間滞在することを前提にした構造なのかもしれない」
「星へ向かうため、ということかい?」
シャルロッテが尋ねた。
「まだ分からない。でも、もしそうなら、食料や水を保管する区画も、船を動かすための動力設備も必要になるはずだよ」
アルテは、周囲を見回した。
「それに、船内で生活するための設備も……」
そのとき、彼女の目に、壁の一角に並ぶ文字が映った。
アルテは息を止めた。
見覚えのある文字の並び。
以前、古代の金属片を解析したときに見つけたものと、よく似ている。
「……あれ?」
彼女は壁へ近づいた。
刻印の形を、一つずつ確かめる。
「この記号……。記録にあったものと似ている」
「読めるのかい?」
シャルロッテが尋ねた。
「全部は無理。でも、いくつかは意味を推測できるかもしれない」
アルテは慎重に文字を追った。
そして、ある箇所で指を止めた。
「……星」
小さな声が漏れた。
「星を示す文字がある」
「それだけで、星へ向かう船だと分かるのかい?」
「分からないよ。星を観測するための施設かもしれないし、星の位置を記録するための設備かもしれない」
アルテは、首を横に振った。
「でも、もしこの船が古代王朝のものなら、星へ向かう計画と関係している可能性はある」
彼女は、船の奥へ視線を向けた。
まだ、調べていない区画がいくつもある。
動力設備も、航行に関する記録も、船が何のために造られたのかを示す証拠も、すべてはこれからだ。
それでも。
アルテの胸には、確かな予感があった。
この船は、ただの古代遺跡ではない。
人々がまだ知らない世界を目指し、遠い空の向こうへ手を伸ばそうとした者たちの遺産なのかもしれない。
「……もっと調べたい」
アルテが呟いた。
「もちろん、そのつもりだよ」
シャルロッテが笑った。
「ただし、今日はここまで。管理人の話じゃ、まだ確認できていない区画も多いそうだからね。まずは安全に調査できる範囲を把握する。無理は禁物だよ」
「分かってる」
アルテはうなずいた。
その返事に、シャルロッテは少しだけ安心した。
……本当に、少しだけだが。
「それで、シャルロッテ。この船の中には、ほかに何があるの?」
「さあね。あたしも、全部を把握しているわけじゃないんだ」
「えっ?」
「商会が見つけたのは、この地下施設だ。船だと分かったのも、調査を進めた結果にすぎない。何せ今日未知への扉が開いたんだ。奥に何があるかなんてこれからだよ」
シャルロッテは、船体の奥を見つめた。
「御伽話じゃあ古代人の文明が栄えたのは何千年も前なんだろ?そもそも、どうしてこの島の地下に埋まっているのか。誰が造り、何を目的にしていたのか。まだ何一つ、確かなことは分かっていない」
その言葉に、アルテは静かにうなずいた。
分からないことだらけ。
だからこそ、調べる価値がある。
古代の人々が何を考え、何を目指し、どこまで到達したのか。
その答えが、この船の中に残されているかもしれないのだ。
「……絶対に、何か手がかりを見つけよう」
アルテは、そう決意した。
レイラも、船体を見上げて拳を握る。
「難しい事は私にはわからぬが、この船が動くなら、ぜひ乗ってみたいものだな!」
「動かせるかどうかも分からないんだよ?」
「ムムッ?なら、動かせるようにすればいいではないか!」
「いや、だから…」
シャルロッテが呆れた声を上げた。
それでも、口元には笑みが浮かんでいる。
この島で、商会が何年もかけて調べてきた謎。
その正体が、少しずつ見え始めていた。
◇
その頃、ラポルナ。
「……何だ、この嫌な予感は」
俺は、執務机の前で胃薬の瓶を見つめていた。
アルテたちは、島の管理状況を確認するだけだと言っていた。
魔導兵の数と状態を調べて、すぐに戻ってくる。
そのはずだった。
「……頼むから、余計なものを見つけないでくれよ」
もちろん、そんな願いが届くはずもない。
遠く離れたマルマラ湖の小島では、アルテが古代の巨大船を前に、すでに次の調査計画を考え始めていた。
そして、その船の内部には、千五百体の魔導兵が眠っている。
俺がその事実を知るのは、もう少し先のことになる。
……胃薬を買い足しておいたほうがよさそうだ。




