↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
81/86

内海の孤島へ

 結局、俺たちはマルマラ湖へ向かうことになった。


 もちろん、俺が同行するわけではないがな!


 帝国から監視されている身である以上、何日も領土を空けることはできなかった。


 それに船とかもう嫌だろうが。


「……俺、留守番でいいよな?」


「うむ。今回は仕方ないだろう」


 レイラが腕を組み、当然のように答えた。


「なぜだ!」


「ライン殿が領土を離れれば、帝国に余計な疑念を抱かせる。監視がある以上、長期間の外出は避けるべきだ」


「それなら、最初から俺を誘うな!」


「まぁ、ここまで坊やが来る前提で話が進んでいたからね」


 シャルロッテが、悪びれもせずに笑った。


「それに、今回はあたしとアルテ、レイラの三人で向かう。現地の確認と調査なら、それで十分だろう?」


「本当に大丈夫なのか?」


 俺が不安そうに尋ねると、アルテがにこりと笑った。


「大丈夫だよ。必要なことを調べて、すぐに戻ってくるから」


「その『すぐ』が信用できないんだが……」


「魔導兵を見つけても、勝手に動かすなよ」


 俺は、特にレイラへ向けて念を押した。


「分かっている」


「本当か?」


「確認するだけだ!」


「その目は、確認したあとに動かす目だろ!」


「案ずるな!動かすかどうかは、確認してから考える!」


「考えるな!」


 こうして、俺は領土に残ることになった。


 帝国の監視を欺くため、普段どおりに執務を続ける必要がある。

 同行できないことに安堵している自分がいる一方で、完全に安心しているわけでもなかった。


「何かあったら、すぐに連絡を寄越せ」


「分かってるよ」


「帝国の巡視船を見たら、無理に近づくな」


「分かっている」


「島で妙なものを見つけても、勝手に触るな」


「それはレイラ姉様に言ってね」


「全員に言っている!」


 俺は最後まで不安を拭えなかった。


 その姿を見て、シャルロッテは楽しそうに笑った。


「坊やは心配性だねえ」


「誰のせいだと思っている!」


「それじゃあ、行ってくるよ」


「聞け!」


◇


 アルテたちは、シャルロッテが手配した馬車で湖畔の港へ向かった。


 馬車で西へ数日。

 マルマラ湖畔の港には大小さまざまな船が並び、荷を積み下ろす商人や船員たちが忙しそうに行き交っている。


 潮の香り。


 木材の軋む音。


 遠くから聞こえる船乗りたちの掛け声。


 ……うん。


 普通の港だ。


 少なくとも、見た目は。


「おや、アルテ。船旅は初めてだったかい?」


「何度か乗ったことはあるよ」


「そうかい。じゃあ、船酔いでお姉さんに甘える心配はなさそうだね」


「誰が甘えるか!」


 レイラが即座に反応した。


「私も甘えたりはしない」


「レイラは船酔いするのかい?」


「分からぬ。試したことがないからな」


「試すものではないだろう?」


 アルテが苦笑する。


 シャルロッテは楽しそうに笑いながら、港の奥へと歩いていく。


 彼女が向かったのは、一般の商船が停泊している場所ではなかった。


 荷揚げ場を二つ越え、倉庫の陰を抜けた先。


 そこには、黒褐色の船体を持つ中型船が停泊していた。


 派手な装飾はない。


 船体には商会の紋章が小さく描かれているだけだ。


 だが、船員たちの動きには妙な統一感があった。


 荷物を運ぶ者。


 船体を点検する者。


 周囲を見張る者。


 誰もが無駄なく動き、三人が近づくと、何人かがさりげなく視線を向けた。


「……普通の商船にしては、ずいぶん警戒が厳しいね」


 アルテが呟いた。


「そうかい?」


 シャルロッテは、何でもないことのように答えた。


「荷物を運ぶ船だからね。盗賊や密輸業者に気をつけるのは当然だろう?」


「そういうものか?」


 レイラが尋ねる。


「そういうものさ」


 ……本当か?


 船員の一人が、シャルロッテに近づいてきた。


「お待ちしておりました、旦那様」


「準備は?」


「完了しております。予定どおり、北側の航路を取ります」


「分かった。港を出るまでは通常の商船として振る舞いな。余計な荷物は積んでいないね?」


「はい。申告した積み荷以外はありません」


「よろしい」


 短いやり取りだった。


 だが、俺は聞き逃さなかった。


 北側の航路。


 通常の商船として振る舞う。


 申告した積み荷以外はない。


 ……どう考えても、ただの船旅の会話ではない。


「シャルロッテ」


「何だい、アルテ?」


「私たちは、何をしに来たんだっけ?」


「島の管理状況を確認するんだよ」


「それだけか?」


「それだけさ」


 シャルロッテは笑った。


 笑っているが、目は笑っていなかった。


 アルテとレイラは顔を見合わせた。


 俺が同行していない分、余計な騒ぎは避けたい。


 だが、シャルロッテが何かを隠していることは明らかだった。


◇


 船に乗り込むと、船長が出迎えてくれた。


 日に焼けた顔に、古い傷。


 船員たちと同じく、無駄口を叩くような人物には見えない。


「船長のダリオです。航海中は船長の指示に従っていただきます」


「分かった。よろしく頼む」


 シャルロッテが答えると、ダリオは一瞬だけ三人の顔を見た。


 何かを確かめるような視線だった。


 だが、すぐに表情を戻す。


「出航準備!」


 船員たちが一斉に動き始めた。

 係留索が外され、帆が広げられる。

 船体がゆっくりと岸から離れていった。


 港が少しずつ遠ざかる。


 湖面には陽光が反射し、風が頬を撫でた。


「気持ちいいね」


 アルテが手すりに寄りかかりながら言った。


「ああ。こうして何も考えずに船に揺られているだけなら、悪くない時間だ」


 シャルロッテが答える。


「魔導兵のことは気にならない?」


「気にならないと言えば嘘になるさ」


「なら、やはり楽しみなんだな」


 レイラが言った。


「楽しみというより、確認だよ。古代文字の解析結果が正しいのか、実物を見て確かめたい」


 アルテは湖面に目を向けた。


「実物を見れば、金属片に書かれていた内容も、もっと理解できると思う」


「そうだな。だからといって、運び出す方法まで見つかるとは限らないぞ」


「うん。それでも、調べる価値はあるよ」


 アルテの声には、いつもより強い熱がこもっていた。


 古代技術に対する好奇心。


 それだけではないのだろう。


 魔導兵が本当に再起動できるなら、帝国に対抗する手段が生まれるかもしれない。


 王国を失った者たちにとって、そして反帝国の旗の元に集った者たちにとって、それがどれほど大きな意味を持つのか。


 俺にも、分からないわけではなかった。


 だからこそ、簡単に動かすべきではないとも思う。


「……まあ、まずは現物を確認するだけだ」


「うん」


「その先の話は、それから考える」


「うん」


 アルテは素直にうなずいた。


 その横では、レイラが船縁から湖を眺めていた。


「なるほど。確かに、泳いで渡るには少々距離があるな」


「今さら気づいたのか!」


 シャルロッテが叫んだ。


「だが、船が沈んだ場合は泳ぐしかないだろう?」


「沈む前提で考えるな!」


「安心しろ。私が全員を引っ張っていく」


「その自信はどこから来るんだよ!」


 船員たちが、こちらをちらちらと見ていた。


 やめてくれ。


 俺たちを遭難前提の一団だと思わないでくれ。


◇


 出航からしばらくして、船は予定していた航路を外れた。


 大きく迂回するように、北側へ進路を変えている。


「……港を出る前に、北側の航路を取ると言っていたな」


 アルテがシャルロッテに声をかけた。


「ああ、言ったね」


「どうしてだ?」


「この時間帯は、湖の中央を帝国の巡視船が通るからさ」


 シャルロッテは、遠くの水面を指さした。


 目を凝らすと、湖の向こうに小さな船影が見えた。


 確かに、こちらへ向かっているように見える。


「……知っていたのか?」


 レイラが尋ねた。


「もちろん」


「なら、どうして出航前に教えなかった?」


「教えたら、アルテはともかく、レイラが面倒だと言って船に乗らなかっただろう?」


「私は乗る」


「本当かい?」


「魔導兵があるなら、多少の危険は問題ない」


「ほらね」


 シャルロッテは、アルテへ視線を向けた。


「こういう調子だから、余計なことは言わないほうがいいのさ」


「私のせいにするな」


 シャルロッテは、悪びれる様子もない。


「心配しなくてもいい。こちらから近づかなければ、向こうもわざわざ追ってはこないよ。商船が航路を変えることくらい、珍しくもないからね」


「……本当に大丈夫なんだろうな?」


 アルテが尋ねる。


「少なくとも、今のところはね」


 その言い方が一番不安になる。


 三人は、巡視船の姿を目で追った。


 帝国の船は、しばらく湖面を進んだあと、別の方向へと去っていった。


 船員たちの動きに変化はない。


 シャルロッテも、いつもどおりの笑みを浮かべている。


 だが、彼女が巡視船の位置を正確に把握していたことが、アルテの頭から離れなかった。


 単なる商人が、そこまで詳しく航路を把握しているものだろうか。


 いや。


 シャルロッテは、以前から普通の商人ではなかった。


 オルティジア王国が解体されたとき、彼女は商会を解体しながらも、すべての資産を手放したわけではないと言っていた。


 この島も、その一つだ。


 ならば、船や船員も。


 アルテは、シャルロッテの横顔を見た。


「……あなたは、いったい何をどこまで残しているの?」


「さてね」


「答える気がないな?」


「商人には秘密が必要なんだよ」


「それ、便利な言葉だね」


「そうだろう?」


 彼女は、楽しそうに笑った。


◇


 さらに船を進めると、湖面に浮かぶ小島が見えてきた。


 周囲を木々に覆われた、細長い島だ。


 高い建物は見えない。


 桟橋らしきものも、遠目には分からなかった。


 ただ、島の東側に、人工的に切り開かれたような細い入り江がある。


「あそこが目的地さ」


 シャルロッテが言った。


「……本当に、何もない島に見えるな」


 アルテが呟く。


「そう見えるようにしているからね」


 さらりと返された言葉に、アルテは顔を向けた。


「今、何と言った?」


「何もない島に見える、と言ったのさ」


「いや、その前だ」


「聞き間違いじゃないかい?」


 ……絶対に聞き間違いではない。


 船は、島の正面を避けるように進んでいく。


 入り江へ向かう直前、船員が甲板の一角にある木箱を動かした。


 その下から、小さな金属板が現れる。


 船員は金属板に刻まれた印を確認し、別の船員へ合図を送った。


 すると、島の木々の間で何かが動いた。


 遠すぎて、はっきりとは見えない。


 だが、枝葉の隙間から、一瞬だけ金属の光が反射した。


「……今のは何だ?」


 レイラが尋ねると、シャルロッテは湖面を眺めたまま答えた。


「管理設備の一部さ」


「管理設備?」


「島を守るためのものだよ」


「商業施設を守るにしては、ずいぶん物々しいな」


「大切な資産だからね」


 彼女は、ようやくレイラを見た。


「それに、ここには、失うわけにはいかないものがある」


 いつもの軽い口調ではなかった。


 三人は、言葉を返せなかった。


 シャルロッテは、王国が解体されたとき、この島へ何かを運び込んだ。


 帝国に渡さないために。


 その秘密を守るために、今も人を置き、船を動かし、周囲の航路を監視している。


 ただの商人が、そこまでのことをするだろうか。


 いや。


 彼女は、ただの商人ではない。


 それは、ずっと前から分かっていたことだ。


◇


 船は、島の陰に隠れるような入り江へと入っていった。


 木々の向こうに、石造りの小さな建物が見える。


 倉庫だろうか。


 それとも、管理人の詰所か。


 少なくとも、外から見える範囲に、魔導兵が保管されているような施設はなかった。


「ここから先は、あたしが案内するよ」


 シャルロッテが立ち上がった。


「ただし、勝手に動き回らないこと。管理人の指示には従うこと。それから、見たものを外で不用意に話さないこと」


「……ずいぶん厳しいな」


 アルテが言った。


「当然だろう?」


 彼女は微笑んだ。


「この島は、商会の所有地だからね」


 その言葉を聞いて、アルテはため息をついた。


 どうやら、ただ島を見学して帰るだけでは済みそうにない。


 船が桟橋に接岸する。


 待っていた数人の男たちが、無言で三人を出迎えた。


 全員が、シャルロッテに深く頭を下げる。


「お帰りなさいませ」


「ああ。変わりはないかい?」


「はい。定期点検も、周辺監視も、これまでどおりです」


「そうかい。なら、案内を頼むよ」


 男の一人がうなずき、島の奥へと歩き始めた。


 三人も、その後に続く。


 木々の間を抜ける道は、見た目以上に整備されていた。


 人が頻繁に通っている証拠だ。


 そして、道の脇には、ところどころ不自然なほど新しい金属製の杭が立っている。


 ただの境界標ではない。


 何かを区切り、何かを監視するための設備。


 アルテは、周囲を注意深く観察した。


 すると、シャルロッテが小さく笑った。


「アルテ。あんまりきょろきょろすると、管理人たちが緊張するよ」


「……あなたが秘密だらけだからでしょう」


「商人は秘密を守るものさ」


「だから、その言葉で全部済ませるな」


 シャルロッテは答えず、ただ前を向いた。


 その先には、木々に隠れるようにして、地面へ続く石造りの階段があった。


 階段の先は暗く、奥の様子は見えない。


 管理人が立ち止まり、シャルロッテへ確認するように視線を向けた。


 彼女は一度だけうなずいた。


「開けておくれ」


 重い扉が、ゆっくりと開いていく。


 その奥から、冷たい空気が流れ出した。


 ……地下施設か。


 俺は、嫌な予感を覚えた。


 島の管理人。


 周辺の監視。


 偽装された入り江。


 そして、地面の下へ続く階段。


 どう考えても、普通の島ではない。


「シャルロッテ」


「何だい、アルテ?」


「あなたは、私たちに何を見せるつもりなの?」


 彼女は振り返った。


 いつもの、余裕たっぷりの笑み。


 けれど、その瞳の奥には、長年守り続けてきた秘密の重みがあった。


「それは、見てからのお楽しみさ」


「……帰っていいか?」


「駄目だよ」


 即答だった。


 この状況を見れば、きっと俺はこう言っていただろう。


 ――だから行きたくなかったんだ、と。


 そして、三人は地下へと続く階段を下り始めた。


 その先に眠っているものが何なのか。


 まだ、俺たちは知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。