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魔導兵再起動す

 セシリアが査察に訪れてから、数日が経った。


 農地の調査は一段落し、商取引についてもシャルロッテが用意した帳簿のおかげで、ひとまず問題なく説明できたらしい。


 ただし、村の魔力炉とラポルナセブンについては、まだ調査が続いている。


 セシリアは納得していない。


 俺も、納得していない。


 何に納得していないのかといえば、村人たちが相変わらず「五行調和の儀式」だの「奇跡の舞」だのと騒いでいることだ。


 ……頼むから、余計なことを言わないでくれ。


 そんな平穏とは程遠い日常の中、アルテが俺のところへやってきた。


「ライン。前にレイラが持ち帰った金属片、覚えてる?」


「……ああ。あの妙な遺跡から持ってきたやつか」


「うん。解析が終わったよ」


 俺は、読んでいた書類を置いた。


「本当か?」


「うん。古代文字の一部は欠けていたけど、重要な部分は読み取れた」


 アルテの表情は真剣だった。


「魔導兵に関係する記述があったの」


 ……嫌な予感がする。


 魔導兵。


 かつてレムの地下から発掘された、古代技術によって作られた兵器。

 オルティジア王国が解体される際、その存在が帝国に悪用されないよう、隠されたという話は聞いていた。


「それで、何が書いてあったんだ?」


「魔導兵へのマナの充填方法」


「……は?」


「魔導兵は、外部からマナを充填することで稼働できるみたい。しかも、そのために専用の魔力炉を使う必要があるんだって」


 なるほど。


 結局、魔導兵はマナを補充しなければ動かせないということだ。


「その魔力炉は、どこにあるんだ?」


「それが……」


 アルテは少し言いよどんだ。


「この村の魔力炉でもいいみたい。」


「……ああ、そうか」


 俺は椅子に深く座り直した。


 なるほど。


 この村の


 ラポルナの魔力炉…。


 そうか…


「って、はぁぁあぁぁぁぁあぁ?」


◇


「オルティジア王国が解体された際、魔導兵はマルマラ湖に浮かぶ小島へ移されたのは知ってるね?」


 後から話に加わったシャルロッテが、そう説明した。


 彼女は村の交易について相談に来ていたのだが、アルテの話を聞くなり、当然のように席に加わった。


「島は、あたしの商会の所有地だからね。今も管理人を置いて、立ち入りを制限している」


「……ああ、知ってる。」


「王国が解体されたとき、あそこに運び込むのを手伝ったのも、あたしだからね」


 シャルロッテは、いつもの余裕ある笑みを浮かべた。


 だが、その目は真剣だった。


「帝国に渡せば、魔導兵は軍事転用される可能性がある。だから、商会の資産として島を確保して、秘密を守ってきたんだよ」


「商会は解体したんじゃなかったのか?」


「表向きはね。全部を手放したわけじゃないさ」


 なるほど。


 シャルロッテが、ただの商人ではないことは知っていた。


「それで、魔導兵は今も動くのか?」


「さぁ?レムを離れたら動かなくなるんだろ?島の施設も、今は最低限の管理しかしていないからね」


「レムから500イル以上離れたらマナ切れで動けなくなるからな。」


 俺は黙り込んだ。


 魔導兵が再起動する。


 そのための魔力炉は、すでにラポルナにある。


 ならば、話は簡単だ。


 魔導兵をラポルナまで運んでくればいい。


「……だが、今さら取りに行ってどうする?」


 俺は現実的な問題を口にした。


「船がない。島へ渡る手段もない。それに、帝国の監視がある中で、そんな場所に近づいたら目立つだろ」


「確かにね」


 シャルロッテはあっさりとうなずいた。


「レムは今や帝国の属州。湖の周辺には帝国の船も出入りしている。商船ならともかく、怪しい動きをすれば、すぐに目をつけられるだろうさ」


「じゃあ、無理だな」


「……ライン。話はまだ終わっていないよ?」


「いや、十分だろ。行けない場所にあるものを、どうやって取りに行くんだ」


 俺は、これ以上面倒な話に関わりたくなかった。


 魔導兵など、俺には関係ない。


 俺はただ、静かに暮らしたいだけなのだ。


 ところが。


「泳いでいけばいいだろう!」


 レイラが、胸を張って言い放った。


「……は?」


「湖を泳いで渡ればいい。船がないなら、自分の足で進めばいいだけだ!」


「いや、湖だぞ?」


「ムッ!?何が問題だ?」


「距離を考えろ!」


「ただ泳ぐだけだぞ?できない奴がいるのか?」


「出来ねえよ!」


 レイラは本気だった。


 この女、山道を歩くのと同じ感覚で湖を渡ろうとしている。


「私は以前、川を泳いで渡ったことがあるぞ」


「川と湖は違う!」


「なら、長く泳げばいい!」


「そういう問題じゃない!」


 そもそも、泳ぎの得意な人間でも、装備や天候、流れ、距離によって危険は大きく変わる。

 ましてや、島までの距離も正確に分からない状態で、泳いで渡るなど無謀にもほどがある。


 ……って何真剣に考えてる。無理なものは無理だ。


「なぁレイラ。普通の人間は、お前みたいにはいかないんだ」


「……そうなのか?」


「そうだよ!」


 レイラは納得していない顔をしていた。


 頼むから、実行に移す前に理解してくれ。


◇


「まあ、泳ぐのは却下として……」


 シャルロッテが指を組んだ。


「あたしが協力してあげようじゃないか」


「……何をする気だ?」


「船を出すのさ」


 俺は顔を上げた。


「船があるのか?」


「商会の船は、今も何隻か残してある。表向きの仕事にも使っているからね。マルマラ湖を航行すること自体は難しくない」


「だったら、最初からそう言え」


「おや? 坊やは、あたしと二人きりで船旅がしたいのかい?」


「どうしてそうなる!」


 シャルロッテは、楽しそうに笑った。


「冗談さ。まあ、船を出すだけなら簡単だけどね。問題は、島に近づく理由と、帝国の目をどうかわすかだよ」


 そう言われると、確かにそうだった。


 だが、問題は島へ渡ることだけではない。


 魔導兵を船に積み込み、マルマラ湖を渡り、そこからラポルナまで運ばなければならないのだ。


 マルマラ湖は、西方にある。


 ラポルナは、帝国領の東部辺境にある。


 つまり、魔導兵を運ぶには、帝国領を横断しなければならない。


「……待て。魔導兵を、どうやってラポルナまで運ぶんだ?」


 俺は、ようやく最大の問題に気づいた。


「湖を渡るだけなら、まだ何とかなる。だが、そこから先は陸路だろ?」


「そうだね」


「魔導兵を何体も積んだ荷車を、帝国領の中を通すのか?」


「普通に考えれば、無理だろうね」


 シャルロッテは、珍しく笑みを消していた。


「魔導兵は一体でも相当な重量になる。専用の運搬車が必要だし、隠して運ぶことも難しい。帝国の検問を通るたびに、積み荷を調べられるだろうさ」


「しかも、ラポルナは東部辺境だ。西の湖から、帝国領を横断して運ぶことになる」


 アルテが地図を広げた。


 マルマラ湖からラポルナまで、一本の道が伸びているわけではない。


 街道を使えば検問がある。


 裏道を使えば山や荒野を越えなければならない。


 どちらにしても、魔導兵を運ぶには目立ちすぎる。


「帝国に知られれば、魔導兵は没収される。いや、それどころか、俺たちが反逆者として追われる可能性もある」


「その通りだね」


 シャルロッテは地図を見つめた。


「船を用意するだけなら、あたしにもできる。島から魔導兵を運び出すことも、何とかなるかもしれない。だけど、ラポルナまで運ぶとなると話は別だよ」


「じゃあ、無理だな」


「……ライン。すぐに諦めるんじゃないよ」


「諦めるも何も、帝国領を横断するんだぞ?」


 俺は地図を指でなぞった。


「西のマルマラ湖から、東部辺境のラポルナまで。途中には帝国の都市も、軍の駐屯地も、検問所もある。魔導兵を隠したまま通り抜けるなんて、どう考えても無理だ」


「魔導兵を分解して運ぶのは?」


 アルテが提案した。


「分解できるなら、部品として運べるかもしれない」


「それも簡単じゃないだろ。分解した状態で運んで、ラポルナで組み立て直せるのか?」


「記録が残っていれば、可能性はあると思う。でも、魔導兵の構造が完全に分かっているわけじゃない」


「それに、部品だけでも相当な量になるだろうね」


 シャルロッテが続けた。


「魔導兵の装甲、骨格、動力部。どれも普通の金属じゃない。荷車に積めば、かえって怪しまれるかもしれない」


 俺は頭を抱えた。


 魔導兵を再起動するための魔力炉は、ラポルナにある。


 だが、魔導兵そのものは、はるか西のマルマラ湖に眠っている。


 その間には、帝国領が横たわっている。


 まるで、再起動させるなと言わんばかりに。


「……どうして、魔力炉を島に残しておかなかったんだ」


「魔導兵が見つかるまでは、存在自体が御伽話だったからね。」


 アルテが答えた。


「古代文明が栄えていた時代、魔力炉は世界中にあった。たまたま残っていたラポルナの魔力炉を、おじいちゃんが復元しただけ。」


 シャルロッテがため息をついた。


「まったく、古代人は後世の苦労を考えていないよ」


「古代人に文句を言っても仕方ないだろ」


 俺は地図から目を離せなかった。


 魔導兵を運ぶ。


 マルマラ湖を渡る。


 そこから陸路で東へ向かう。


 帝国領を横断する。


 そして、ラポルナの魔力炉で再起動する。


 計画としては、あまりにも無謀だった。


「……まずは、魔導兵が何体残っているのか確認しよう」


 アルテが言った。


「一体だけなら、運搬方法も考えやすい。全部を運ぶ必要があるとは限らないから」


「一体でも十分に大変だと思うがね」


 シャルロッテが苦笑した。


「それに、帝国領を横断するなら、正規の商隊に紛れ込ませる必要がある。あたしの商会の名前を使うにしても、積み荷を偽装しなければならない」


「商隊に紛れ込ませるって……何を運ぶことにするんだ?」


「大型の魔導具か、鉱山用の機械。あるいは、解体した部品を複数の荷車に分けて運ぶ」


「どれも怪しいな」


「怪しくない荷物なんて、帝国領を横断する商隊にはほとんどないさ」


 シャルロッテは、地図の上に指を置いた。


「問題は、どの街道を使うか。帝国軍の監視が薄い道を選ぶか、逆に大規模な商隊に紛れて堂々と通るか。どちらにも危険はある」


「裏道を使うなら?」


「道がない場所を通ることになる。魔導兵を積んだ荷車では、山道や湿地を越えられないだろうね」


「堂々と通るなら?」


「検査を受ける回数が増える。魔導兵を隠しきれなければ、その場で終わりさ」


 どちらを選んでも、簡単な道はない。


 俺は深く息を吐いた。


「……魔導兵を動かせるかもしれないと分かったのに、再起動する前から詰んでいるじゃないか」


「まだ詰んではいないよ」


 シャルロッテが言った。


「ただ、船を出して島へ行けば終わり、という話ではなくなっただけさ」


「それを詰んでいると言うんだ」


「おや。坊やは、あたしが何とかできないと思っているのかい?」


「お前なら何とかするかもしれないが、俺は何とかしたくない」


「はいはい。そういうことにしておくよ」


 シャルロッテは、楽しそうに笑った。


「まずは島へ行く。魔導兵の状態と数を確認する。それから、運搬方法を考える。ラポルナの魔力炉が使えるなら、そこまで運ぶ価値はあるからね」


「帝国領を横断する方法が見つかれば、だろ」


「方法は探すものさ」


 シャルロッテは、俺の肩を軽く叩いた。


「安心しな。あたしがついているんだ。船も、島へ入る手段も、帝国領を抜ける道も、何とかしてみせるさ」


「……最後の一つまで、勝手に追加するな」


「その代わり、船旅の間はお姉さんの膝の上に座ってもらおうかね」


「条件をつけるな!」


◇


 その夜。


 俺は一人、机に向かっていた。


 魔導兵。


 マルマラ湖の小島。


 ラポルナの魔力炉。


 そして、帝国領を横断する陸路。


 点と点が、少しずつつながっていく。


 だが、つながった先にあるのは、あまりにも長く危険な道だった。


 魔導兵は何体残っているのか。


 どこまで損傷しているのか。


 分解して運べるのか。


 帝国の検問をどうやって抜けるのか。


 そして、ラポルナまで運び込んだとして、本当に魔力炉で再起動できるのか。


 どれも、現地を見なければ判断できない。


「……隠居生活って、こんなに忙しかったか?」


 俺は胃薬の瓶を手に取った。


 蓋を開ける。


 残りは少ない。


「……シャルロッテに、次の分を頼んでおくか」


 薬の心配をしている場合ではない。


 そんなことは分かっている。


 分かっているのだが。


 帝国領を横断して魔導兵を運ぶ計画を立てる前に、胃薬を確保しておくくらいは許されるだろう。


 俺は瓶を机に戻した。


 マルマラ湖の小島。


 そこには、かつて王国が隠した秘密兵器が眠っている。


 そして、その秘密を再び動かすための魔力炉は、ラポルナにある。


 西の湖から東部辺境へ。


 帝国領を横断しなければ、魔導兵は再起動できない。


 ようやく見つかった再起動の鍵は、あまりにも遠くにあった。

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