第八話:光の矢は降り注ぐ
――放て。
その言葉は、百万イル(約百キロメートル)彼方に位置するオルティジア王国の王都レム、その地下深くへと瞬時に伝播した。
「魔導通信、陛下より『放て』の符牒を受信! 繰り返す、作戦フェーズ、最終段階へ移行!」
王都の中央塔、その最下層に位置する魔導炉。
普段の冷静さを完全に脱ぎ捨て、狂熱に瞳をぎらつかせたアルテが、魔導書簡を送る。
魔道炉前に並ぶのは、鈍い金属光沢を放つ五百体の魔導兵。王都が保有する総戦力の実に三分の一にのぼる異形の兵器群が、複雑な魔導回路によって直列接続されていた。
「サジタリアス=レイ、五百基直列、過負荷駆動! 照準、島中央・オルティジア平原、大亀裂後方三百イル(三百メートル)!」
アルテに、レムの技師から魔導書簡が届く。
「アルテ様、正気ですか!? 五百体もの同時接続など前例がない! 魔導炉が、最悪の場合は中央塔ごと吹き飛びます!」
「黙りなさい!」
怯える技術官僚の言葉を、アルテは冷徹に一蹴した。
「今撃たずして、いつ撃つというのだ!前例がない? 当然でしょう。これは我が主、聖王ライン陛下が組み立てられた、大陸の軍事常識を根底から覆す包囲殲滅戦術なのです。陛下が放てと仰っている。ならば、世界が崩壊しようとも回路を繋ぐのが私たちの役目です。――撃ちなさい!!」
「し、しかし…こんな大掛かりなもの、初めてで……」
「フッ…君の兄さんはもっと大掛かりなものを扱っていたぞ…。」
「アルテ様…俺…一人っ子っす!!!くそう!なるようになれえー!!!」
技官の手のレバーが引き絞られ、五百体の魔導兵が一斉に駆動音を響かせる。
王都中央塔の尖端から、天をも穿つほどの巨大な白銀の光柱が、大気を引き裂きながら遥か東の空へと突き抜けていった。
◇
「……な、何だ、あれは!?」
オルティジア平原。
王都から離れたその激戦地で、帝国軍の総大将ギュンター中将は、自らの目を疑った。
遙か西の地平線から、天空を焼きながら迫る一筋の閃光。
それは、放物線を描くことすらなく、光速の領域で大平原を駆け抜け――。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
帝国軍三万の、まさに『最後尾』へと垂直に突き刺さった。
大地が爆砕し、強烈な衝撃波が平原を震わせる。国家級戦略兵器サジタリアス=レイの光撃は、着弾点にいた数百の鉄甲兵を一瞬で消滅させ、その余波たる焦熱の炎が、幅数百メートルにわたって燃え盛る巨大な壁を作り出した。
「ば、馬鹿な……っ! 報告では、サジタリアス=レイの射程は十万イル程度のはず! ここは王都から百万イル以上離れているのだぞ!? 届くはずがない!」
ギュンターが血相を変えて叫ぶ。
だが、彼の狼狽を嘲笑うかのように、平原の亀裂に密集していた三万の軍勢の耳に、さらなる絶望の音が届いた。
バラバラバラバラッ!!
谷の両脇、ただの深い草むらだと思われていた丘陵地帯から、一斉にカモフラージュ用の擬装網が剥ぎ取られる。
そこに姿を現したのは、セシリアとレイラが率いる、『魔導多連装砲』の銃口だった。
「――お待たせ。ラインの完璧な盤面、汚すわけにはいかないよね」
セシリアが冷徹な笑みを浮かべ、魔導銃を突き出す。
「全門、斉射。ゴミ共を磨り潰しなさい」
次の瞬間、逃げ場のない狭い谷底へ向けて、数千発もの魔導弾が豪雨となって降り注いだ。
ドガガガガガガガッ! と大気を震わせる連続爆音。
帝国軍の誇る重装甲鉄甲兵は、正面からの物理突撃には無類の強さを誇るが、頭上から降り注ぐ広範囲の魔導面制圧に対しては、ただの「動きの鈍い鉄の塊」でしかなかった。密集しているがゆえに、一発の着弾が十数人を巻き込み、パニックに陥った兵士たちが互いを踏みつぶし合う地獄絵図が形成されていく。
「ひ、引き返せ! 後方に退却しろ!」
「無理です! 後方は砲撃の炎で塞がれています! 戻れば焼き尽くされます!」
「ならば前へ進め! 大亀裂を突破するんだ!」
ギュンターが必死に声を枯らし、前進を命じたその時。
谷の出口側、後退していたはずの王国軍五千が、一斉に足を止めた。
「全軍、反転――突撃ぃぃぃ!!! 陛下が最高の、これ以上ない舞台を作ってくださったぞ!」
騎士団長レオンの、地を裂くような怒号が響き渡る。
これまで「負ける演技」を強いられ、屈辱に耐えていた王国軍兵士たちの士気が、ここで爆発した。
「一兵たりとも、この谷から出すな! 聖王ライン陛下の御名の下に、獅子の牙で帝国の傲慢をここで噛み砕け!」
「ウオオオオオオオオオオッ!!!」
反転した五千の突撃が、大混乱に陥り、前後に詰まった帝国軍の先頭を容赦なく突き刺す。
前方からはレオンの猛攻。
左右からはセシリアとレイラによる多連装砲の絶え間ない弾幕。
そして後方は、彼方から放たれたサジタリアス=レイの拒絶の炎。
――完全なる三方包囲。
「ああ……なんということだ……」
城壁の上からその光景を見ていたアルベルト男爵は、恐怖のあまりその場にへたり込み、失禁していた。
もやしっ子の無様な敗走だと思っていたものは、三万の軍勢を一人残さず磨り潰すための、冷徹極まる手招きに過ぎなかったのだ。
「ギュンター中将が……帝国が、一方的に蹂躙されている……。ライン、貴様は、最初からこれを見るために、我々を嘲笑うように泳がせていたのか……!」
そして、平原を見下ろす高台の上。
俺は白馬の背に跨り、手綱を握りしめたまま、ただ静かにその光景を見つめていた。
(……ああ、本当に、グロいな)
いつもの俺なら、あまりの凄惨さに胃液をぶちまけ、今すぐ逃げ出していたかもしれない。
だが、連日の寝不足と胃痛、そして「ここでやらねば全員死ぬ」という極限のプレッシャーは、彼の精神を異常なまでに形に嵌めていた。冷え切った脳が、ただ冷酷に戦況をカウントしている。
ここで生ぬるい同情を抱き、敵を残せば、次は王国の民が、自分の家族が、スローライフの未来が失われる。
だから、これでいい。
ラインの、感情の消え失せた冷徹な眼差しが、炎に焼かれる戦場を貫いていた。
「聖王、ライン……っ」
血反吐を吐き、多連装砲の爆風に吹き飛ばされながら、ギュンター中将は高台の白馬の影を睨みつけた。
もやしっ子などという情報は、すべてこの怪物が敵を油断させるために流した虚偽だったのだと、彼は死の間際に確信する。
「貴様は……最初からすべてを仕組んでいた、化け物か……っ!!」
帝国軍三万の壊滅が決定づけられる中、ただ冷然と佇むラインの横顔とともに、平原は静寂へと向かって磨り潰されていく。




